名乗るほどの者では御座いませんが
名乗り回ですね。
前回三人称で御座いましたが、今回より主人公の一人称となります。
苦手な方はお気を付けを。
きし、きしと廊下が鳴ります。古いもので安普請……ではなく、鶯張りと言うそうです。
侵入者を排除するための造りだとか。理屈は知っていますが……お前太った?重いんだよ、なーんて廊下に悲鳴を上げられているようで私は好きでは有りません。
被害妄想では御座いません。妙齢の女子の繊細な神経として当然です。小さい頃は怖いもので御座いましたし。
目の前からギッシギッシ音を鳴らして、中年の眼光鋭い男性が歩いてきます。
私の実父です。
「ミズハ、今日も恙無く若君にお仕えせよ」
「承りました、父上」
………はあ、何です?この時代がかった遣り取り。家来ですか?家臣ですか?
時代劇マニアの家ですか?そうなら宜しかったんですが。
いえ、私の家……では有りますが、正確には違います。
私の住まいとしての家はこの敷地内に有る住まいでして……二世帯同居とも違います。
私の家は……古来から続く高貴なお家に使える家臣の家柄です。
……主家の歴史を諳じる必要があるそうですが、恥ずかしながら未だ覚えられていません。
「今ぁ生き残ったある何処の家も、各々古来から脈々と血筋が受け継がれてるやん。
何でウチだけ偉そうに古来やら伝統守れやら煩いの、ありえへんわえづくろし」
若君がぼやいていますね。何故かこの標準語真っ只中の中、関西弁です。
あ、お車の準備が済んだ合図です。其れどころじゃないわ。
「若君、御仕度が整いました」
「へえ、ありがっとおさん、ミズハ。………何や未だ未だ花冷えするんやねえ」
すくっと立ち上がられた若君はお寒いのか、猫背気味に立ち上がられました。切れ長の黄色の目が私の持つ鞄を一瞥され、のそのそと摺り足で玄関に向かわれました。
……ウチの母が柱時計の長針を見ながら苛々していますね。
「早う帰りたい」
若様の口癖です。通学は勿論、何時も何処かへ出掛けられる度仰います。どれ程怠惰なのか。お家大好きっ子なんですよね、若君は。
無言で引っ張り込むのもルーチンワークです。
「あーれー!乱暴しなやあー!セクハラやあー」
何故か毎回回られながら車に乗り込まれます。毎朝の事なので、誰も反応致しません。
言えば気が済むようなので、乗り込まれたのを確認しながら、私も若君の横に乗り込みました。
「若君、今日のご予定は?昨日はファーストフードにご学友と行かれたとか」
「せやの。案外美味しいで。何やのご学友て。クラスメイトやろ?言い方ダサいなあ」
「若君のお言葉の乱れで私が怒られるんです。使われるなら学校内でお願いします」
「へえへえ。喧しこっちゃね」
若君はそのままヘッドレストに頭を預けて眠ってしまわれました。
何時もの事です。
見慣れた景色を眺めながら、私はふと、自分の考えの中に沈み込みました。
私には好きなゲームが有ったんです。
有った、と表現するのは、それが本当に有った事なのか立証できないからです。
何故立証できないか。
それは、この世界にそれが存在しているようで、存在していないから、とでも申しましょうか。
この世界は、乙女ゲームの世界なんです……。若しくは、類似した世界……なんでしょうか?
ええ、何を言っているのか、どう説明していいか、私にも分からないんです。
タイトルは……何でしたっけ。前世の記憶が、有る筈なのに、本当に朦朧としています。
申し遅れました……。私、悪役令嬢、不破ミズハで御座います。。
私が好きだったゲームの、悪役令嬢……の、筈です。……ええ、ポジションはその筈です。多分、ええ、きっと。ボンヤリとそんな気が致します。
悪役令嬢と言う割に……何故か、名家のお嬢様ではなく……若君のお付き添い?従者?侍女?的な立場です。
……意味が分かりませんよね、私もです。
最早悪役かどうかは置いても、何より『令嬢』では御座いません。そこの根本から違います。ライバル役?でしたら……可能なんでしょうか。いえ、主人公であるヒロインさんと争う気は……でも、若君が絡んで来たら立ちはだからざるを得ないんでしょうね。
若君、お顔立ちは浮世離れしたように宜しいので。
そして、肝心な所ですが……本来の彼女がどういう性格だったかは……正直ふわっとしか知らないのです。
苛烈な性格、なんだと思います。ええ、他のシリーズの悪役令嬢から考えるにその筈です。
そう、何を隠そう……このゲーム、私の乏しい記憶によると、このシリーズの1作目だけプレイしていないんですよ!!
他の作品はやったんです!!ただね、1作目が出て暫くしてから2作目に嵌まり、後は3作目、4作目と……やろうとは思っていたんですよ!!
ただ、何となく!!何となくこう、有りません!?ゲーマーさんなら解ってくださると信じてるんですが、気分が乗らなかったり、金欠だったりで機会を逃してやり損ねた的なゲームなんです!!
そして……リメイクと言うか、ディレクターズカット版?が発売するとの事で、確か楽しみにしていたんですけどね。
隠されていた設定が確か明らかになって……的な記事を読んで、買おう!と思っていた筈なんです。
本当ですよ。ええ、本当ですとも。忘れっぽくなんて御座いません。
そして、多分ですが、コレはそのリメイク版だと思うんです。
昔の作品とは違って、少し作家さんのデザインの雰囲気と言うか、初期作から変わっていますし。
覚えている4のデザインに近い感じ、だと思います。
この……肩甲骨の辺りで揺れる不本意な白い縦ロールに赤っぽい目という、見た目も雑誌そのままですしね……。
私の趣味では決してなく、縦ロールは私の趣味じゃ無くて奥方様の御趣味で……!!若君が殿方なので、女子の私を飾られることを趣味にされており、命令違反も出来ず、されるがままと言うか!!奥方様の調髪を担当される小関さんがノリノリで困ると言うか!!今日も抗えぬまま、ド派手なバレッタを装着されてしまいました。
校則違反とか、無いんでしょうか。そもそも御付きの立場の私が若君より目立ってどうするんでしょうか。そんな主従関係聞いた事有りません。ですが誰も放置で若君は興味すら持たれません。いえ、別に良いんですけど。三度の食事と寝るのが大好き怠惰な若君に、今更容姿を褒められる方が気持ち悪いですし。
って、そんなのはどうでもいいですね……。
この舞台、いいえ、此処はどう観察してみても現代日本、のような世界。
だけど、道行く人達の頭はカラフルな色合い。カラフルな目の色……。
まるで、漫画やアニメ、ゲームなんかの二次元の世界のような……。
……私の記憶では、とても有り得ない。でも現実味がある世界。
此処は、多分、恐らくゲームの中。
ですが、……何の役立ちそうな知識も思い出され無いまま、時が過ぎております。
……白塗りの車が止まったのは、女神学園。
名前が恐ろしく変なので、此処はかなり有力な立証ポイントだと思っております。
後、2の舞台もこんな名前の学園だったような気がします。2はサラッとやったので、あまり記憶に無いのが残念ですが……。4が良かったのに!!やり込んだのに!!
ただ、……何故か校門前に有った筈の女神像が無いのです。其処が不気味な所でしょうか。
「山茶花坂様、今日も麗しい……」
「今日も侍従の君は素敵ね……」
「お美しいわ、ミズハ様……」
道行く女生徒の若君へのお褒めの言葉は分かりますが、何故私への賛辞が多いんでしょう。嬉しくありません。
大体何ですか侍従って。普通、侍女でしょう。
いやそれも微妙な話ですね。平安時代ですか。
と、兎に角私にも奇妙な渾名が付いております。益々悪役令嬢っぽく有りません。
……やはり、此処は似て非なる世界なようです。
手紙…と言うか、あの謎の文章が入れられて、3日が経ちました。
穏やかな日々が続いている……と言いたいところですが、今、私の目の前では……。
信じられない光景が繰り広げられています。
これは何ですか?私は夢を見ているのですか?
「この……野良ブス!!何の為に俺がこんな格好迄してやってると思ってんのでしょうねえ?
アァーーン!?聞いてますかああああ!?」
「ひえええええ!!ごめんなさあーーーいいいーー」
此処は裏庭です。
たった今、ヒロインがサポートキャラに因縁付けられてるのを目撃しています。
悪役……令嬢では無いけどポジションは悪役令嬢な私が、です。
初っぱなから、下手くそな英語の例文みたいな感想ですみません。
いえ、でもホントに、……何でですか?
サポートキャラは、主人公と仲良しなものではないんですか?
いや、そんな定説通りにはいかないんでしょうか?
私が知らないだけかもしれません。
ですけど、サポートキャラって、主人公のサポートをする女の子、ですよね?
流石にこんなカツアゲ現場みたいな……いえ、ええ?百歩譲って、攻略対象に苛められるヒロインなら分かりますけど、えええ!?
でも、主人公を罵るサポートキャラの話なんて……ありましたっけ?
有ったら凄く話題になっていそうですし、私も覚えている筈……なんですが。
いえ、悪役令嬢が攻略対象の侍従ってだけでリメイク変わり過ぎ!?ですけれど。
最早うろ覚えもいい所の初代が雲散霧消しましたよ!!思い出せないんですが!!
今回の悪役令嬢は不破ミズハと申します。渾名は侍従の君です。
見た目がド派手なので、悪役令嬢で良しと……なりませんかね。
悪役侍従なんでしょうか。悪役侍女?
若君は山茶花坂牡丹と、実にア行と花びらの数が多い名前となっております。
そしてヒロインとサポートキャラ。いきなり修羅場で御座いますね。