ルートは曲げて反らされた
お読み頂き有り難う御座います。
3人は相談します。
若君のご様子に後ろ髪引かれつつ、おふたりに促され校舎の裏に着きました。
……今日もお花が綺麗に咲いていますね。紫色のあれは……グラジオラスでしょうか。一体何方がお世話をされているのでしょう。早朝のお水撒きくらいなら許されるでしょうか。
「ミズハちゃん、ハーフアップも似合うね」
「あ、有り難う御座います」
流石にひとりで縦ロールは巻けませんので……手早く髪型を纏めて来たのですが案外大変でした。奥様から頂いた髪留めも多くは山茶花坂の自室に置いてありますし……父が取り上げているかもしれませんね。高価そうな物も有りましたし。
少しズキリと心が軋みます。父にもう期待も未練はありません……けれど。
私は昨日の事をまだ消化出来ていないようです。
「脈絡がねーんですよ。話を進めろ野良ブス。まあ手入れが大変なら切って似合うとは思いますけど」
「は、はあ。有り難う御座います」
三和さんにも褒められました。
……確かにもう、伸ばす必要のない髪。切ってもいいかもしれません。そうです。私は前を向かなければ。
「それで、ミズハちゃん。
何を壊されたのかな。ガラスの土偶?玉虫琵琶?茶器白塗?名刀多減有納豆宮?あいえたあっ!」
スパーン!!とキレのいい音に思わず先程の涙が引っ込みました。
三和さんが轟さんを下敷きで叩いたようです。何時の間に鞄から出されたのでしょう。
ど、土偶?玉虫?白塗?そしてターヘルアナトミアって……えっとそれ刀の名前でいいんですか!?本ですよね?
「お前野良ブス!!ふざけてんですね?」
「違う違う誤解だよおおおお!!激マジガチ本気でルートによって冤罪で壊される物が変わってくるのおおお!!あっでも聞こえてるんだねやったあ!ノイズ滅ぶべし!!」
ノイズが聞こえなくなったのは、喜ばしいことです。
ですが……ポカン、と間抜けにも空いた口が塞がりませんでした。
まさかそんな馬鹿な、としか……。
「はー!?くっだらねえ!冤罪にバリエーション加えてくるのが腹立つんですけど!!」
「プレイ当時はネタだったけど、こんな切実に関わってくるとは思わなかったの。ブラックジョーク過ぎだよ……。ミズハちゃんが何をしたってんだよお」
自らの事のように怒ってくださるお二方に、危うくまた涙が出るところでした。
……いけません。メソメソしては。出来うる限り顔を引き締めます。
「あの、家宝の壺だそうです。詳細は不明ですが」
「……壺か。新しいね」
「お前の宣った変な代物よかフツーですけどね」
「いや私が考えた訳では無いからね!?因みに土偶は大王で、琵琶は関白、茶器は大名で、名刀は瓦版屋ルートなの」
一応攻略対象である彼らのふたつ名の時代に則しているよう……なのでしょうか。大王の敬称って古墳時代でしたっけ?土偶は縄文時代の物では?いえ、そんな所を拘っても仕方ないのですが。
そんな変な代物……いえ、珍品が山茶花坂の家に有るなんて。それも全て私の冤罪へ使われるアイテムだなんて。
長年お勤めしましたが……聞いたことも無かったです。
特に知る必要も無く良かったような悪かったような。
「つーことは、野良ブスがどいつのルートも入ってないって事ですね」
「自分で言うのもなんだけど、あれでルート分岐してたらビックリだよ琴子。ぐおおダメージ大!!」
轟さんは胸を押さえておられます。やはり、攻略対象と恋愛をされたかったですよね。
………申し訳無いことをしました。
「すみません、私のせいで」
「いやいやいや!!一時の浮わついたミーハーでひとりの罪無きおにゃのこを不幸にする方が問題だよ、ミズハちゃん!」
「野良ブスにしてはいーこと言いますね。ただ、闇堕ちイベントは起こってますけど。ちょっと威力を削いだだけで」
「何故に此処で強制力が働くんだよお!!曲げたったんだから闇堕ちイベントも消失してよおおお!!中途半端酷いよお!!」
轟さんと三和さんがいらっしゃらなければ、闇堕ち……どうなるのかは不明ですが、もっとメンタルがボロボロだったでしょう。
「………いえ、片鱗は有ったんです。父は私には……あまり愛情を掛けて貰った事は有りませんし、私が嫌い、なんだと」
いけません、また涙が睫毛に染みてきました。私ってこんなに涙腺が弱かったのでしょうか。
「ぐおおお何ちゅう鬼野郎オトン!!」
「出来るだけ避けるしかないですね」
「母は離婚する気のようです。ただ……父は母の申し出を受けないかもしれません」
父は母には未練がとても有るようですし。その割には別居してから何もアクションを起こさなかったのですよね。
母の気性では例え何かをプレゼントされても簡単には許さなかったでしょうが。
……そもそも、父は何時、何をして母の逆鱗に触れたのでしょう。
小さい頃にはもう、両親の夫婦としての仲に亀裂が生じていたような気が致します。
「別居が未だマシか。そっちはミズハのお母さんに任せるしかねーでしょうね」
「うう、転校とか有りうるのかなあ。ミズハちゃんとミズハちゃんママの安全第一とはいえ、離れんのツラいよ」
「轟さん、有り難う御座います。
私も折角仲良くして頂いたおふたりと離れるのは辛いです」
しかし、この流れでは転校も考えられますね。
ゲームでは私……『悪役令嬢の不破ミズハ』が必要ですから、少なくともゲームが終了するまで転校はしなかったことでしょう。
しかし、現実問題として両親が離婚することになれば、山茶花坂の家とも関係が切れます。お金も掛かりますし、この学園に通うことは無いでしょう。公立の高校に転入することになるかもしれません。となると、私はゲームから脱落することになりますね。
……では、もうゲームが終わるということでしょうか?
離婚して転校しても、あの父は非を認めないでしょう。逆ギレして追ってくるでしょうか。逃げることでは私の冤罪は解決はしないかもしれません……。でもどうすればいいのでしょう。
「しかし、『壺』のルートは誰の仕業なんでしょうね」
「はい?」
「壺のルート?琴子、どゆこと?」
三和さんの表情は固いままでした。
「本来は変な土偶だのなんだのが壊されて、ミズハが鬼親父に冤罪でイビられる訳でしょう?」
「そ、そうだよ。それで各攻略対象のルートが一時決定するんだよ。その後は努力次第でそりゃフラれたりバッドエンドルートに行ったりもするけど」
「お前のバッドエンドはどーでもいいです。どの道モテねーよ」
「琴子ガチヒドス」
「それよりも、壺は攻略対象のどいつのルートでも無い。何故それが冤罪に使われたんです?偶然?このネタバレ禁止やら制約の激しいバカみたいな仕様で?」
………壺に意味が有るとは考えも付きませんでした。
確かに、未だ先程ノイズが掛かる若君との会話からして……ゲームが終わったとは思えません。
「あの、三和さん。それでは攻略対象以外の別のルートが始まっていると?」
「可能性アリですよね。野良ブス、お前ミズハとの友情エンドが無いって言ってたよな?」
友情エンド?ああ、有れば宜しかったのに。
このおふたりと笑顔のエンディングか有れば……本当に嬉しいのですが。
微妙な顔の私に申し訳なさそうな顔を向けられた轟さんは、ゆるく首を横に振られました。
「ゲームでは無かったよ。フルコンプ勢として保証する」
「じゃあ、ハーレムルート。ああ、逆ハーレムってんでしたっけ?」
「いやー、このゲームにはんなもん無いよ。現実にさ、かわゆくてもフツーの女子高生がイケメン5股してたらフルボッコだよ」
「そうですね。ゲームのシリーズは『普通の女の子』が主役ですから」
「4は元皇女様だけんど、おかーさんが皇帝に見初められたってんで元々農家の子だしね」
「そう言えばそうですね」
4のフォーナも大変そうな立場でした。彼女と対峙する悪役令嬢フィオールは妹ですしね。……彼女はかなり苛烈で恐ろしい悪役令嬢でした。サポートキャラのニックも彼女の手に掛かってよく死ぬルートが有りましたし。
……3のアレッキアもかなり沢山の人を巻き添えにして殺してましたね。命が失われないだけマシ……。転生したのが3と4でなくて良かった……んでしょう。
「大体逆ハーなんて維持がチョー大変だよ。ありのままのメアリでは無理ゲーだよ。ゲームじゃ選択肢事前に知ってるから、君の色に染まっちゃう!なお答え出来るけどさ」
「ハッ!失敗した洗濯物みたいですね、気持ち悪ィ」
そ、そう言われてしまえば身も蓋も有りませんね。
確かに轟さんの仰る通り、逆ハーレムは物理的に無理でしょう。
「そもそも、ありのままのお前の性格じゃ『正しい選択肢』を選んでもくっついた後が維持出来ねーと思いますよ」
「………げふふん!!分かってるよ!!」
「そんなお前の為の乙女ゲームなのに、ぶっ壊されたのは壺。一体誰が手を下したんでしょう?」
手を下した……誰が?
父とヒモトが私を排除する為に企んだ事では無いのでしょうか。
「父とヒモトでは無くてですか?」
「関白も絡んでるんでしたよね。でも、何でしたっけ。壊されたのは奴のルートが決まる化粧の濃そうな名前の茶碗?」
「いや玉虫琵琶だよ琴子。玉虫の……いや何でもない。リアルだとホラーだね」
……考えてみると中々なお品のようです。山茶花坂のお家では何故そんな物を所持しておられるのでしょう。見たことが無くて本当に良かったです。虫は得意では御座いませんし。
「兎に角、関白が絡んでるのに奴のルートではない。と言うことは、他の誰かがねじ曲げてる可能性が有りません?」
「他の誰かって?」
「ゲームの内容を熟知してて、野良ブスに成り代わりたい電波がお近くにいますよね」
…………私と轟さんは顔を見合わせました。
「そもそもアイツは瓦版屋の件で充分『ゲームシナリオ』を事前にねじ曲げてます。
ミズハが闇堕ちするよう、誰かに入れ知恵して何処ぞに入り込んだ可能性は?」
轟さんの顔が青白くなっていくのが分かり、カタカタと震える手を思わず握りました。
「………お姉、そーいやおかーさんにバイトするって言ってた」
「何処に」
「………は、博物館。あのヒステリック怪人電波お姉に勤まる訳ナイナイと思ってた。けど、そうだ、ゲーム中、攻略対象のお家にお邪魔するイベントが有るの。各お家の間取りも設定資料集に公開されてて………」
設定資料集はどのシリーズも分厚くて、充実していました。
2も攻略対象のお家の内装や間取り図が公開されてていて……。
「か、監視カメラ付いてたよね!?あ、でも旧式……」
「そ、そのようです」
設定資料集にはそんな細かい事も載っていたんですね。他のシリーズも攻略対象の家の事は詳細でした。載っていないことと言えば、悪役令嬢の家くらいでしょうか。サポートキャラの設定はページが取られていなかった気が致します。
「じゃあ例えば……白い縦ロールのカツラ被った女が堂々と壺を壊しに行く事も可能ですよね。内部の手引きが有れば、余計完璧です」
………犯罪では無いのでしょうか。
山葵様かヒモトが、轟エミリと手を組んだ……?私を陥れる為に!?
「つまり黒幕は電波お姉が……!?やべえガチしっくり来るね」
「納得は出来ます。ただ、壊したのが電波お姉だって証拠がない」
「古い監視カメラェ……」
「外部犯を疑わなかったから、実の娘より大事な主家の御宝壺とやらの破損は警察に届けても無いんでしょーね。でも家宝なら保険とかどーすんでしょう?修理だって莫大でしょう?贋作でも作らせるんでしょうか?」
確かにその通りです。
父は屋敷内に居なかった私が壊したものと決めて掛かっていましたし、外聞と面子を大事にするので、外部の手が入るのをトコトン嫌っています。
……御当主様には事後報告でしょうが、どのように申し開きをするのでしょう。やはり私を罵るのでしょうか。……考えるとズキズキ胸が痛みます。
「父は内輪で片付ける気だと思います。御当主がお戻りで無い以上、私に……全てを負わせる気かもしれません」
「お前の父親、フツーに酷いです。耐える必要無いですよ」
「………」
口調の割に、俯いた私の頬を撫でる三和さんの手はお優しく、また涙が滲んでまいりました。
「でもでも!ミズハちゃんは闇堕ちしてないよ!!」
「そもそも闇堕ちさせた所で、主人公でもねえエミリを苛める訳ねーのに。あの怪人電波は何をさせたいんでしょーね」
た、確かに。『悪役令嬢』は主人公の前に立ち塞がる存在ですが、その兄弟姉妹や周りに手を下すことは……3と4では御座いましたね。ですが。2の日向アリアは主人公の轟メアミ以外の人物に害を成しては居なかった筈で御座います。
「……ま、まさかと思うけど。お、お姉が自分の逆ハー作りたいとか思ってるのかな?」
「無理です。少なくとも瓦版屋が潰えてんでしょ。あの校内新聞で大王と大名も無理でしょーし」
「じゃあ、ままましゃか、山茶花坂ブラザーズ狙い!?」
………そんな。
轟エミリは、御兄弟を毒牙に掛ける気だったのですか。
だから邪魔な私を排除しようと……!?
「………あの腰巾着も何を悪巧してるのか吐かす必要が有りますね」
「いやそりゃミズハちゃんに………で……なんだけど!!あんにゃろめ!」
「聞こえねーんですけど」
「うおおおい!!何で此処で私ったらひとりノイジーマイノリティ!」
「使い方違いますし意味がダブってますけど、ノイズ吐きのボッチ女ですしね」
若君に災禍が及ぶとなったら……闇堕ちがどういうものか分かりませんが、轟エミリの前に立ちはだかる気は致します。
ただ、山茶花坂の家から追い出されても、若君のお役に立ちたいとその時思えばですが。今はグラグラと気持ちがぐらついているからか、自信は御座いません。
それに……不気味なのはヒモトです。何を考えているのでしょう。彼に恨まれるような事をした覚えが無いのですが……。それは父に対してもでした。
無印とリメイクが変わりすぎ!!と評判のゲームって有りますよねえ。




