悪役令嬢は涙する
お読み頂き有り難う御座います。
ストレス展開ですが、ご容赦くださいませ。
さわさわと葉擦れの音がする、今は5月。
間もなく、私の性格が変わり……轟さんを苛めるようになってしまうイベントが起きるようで御座います。
轟さんのお言葉はどうやら多大なるネタバレを含んでいるらしく、殆どがノイズに遮られてしまいました。
それはサポートキャラの三和さんや、悪役令嬢である私だけではなく、隠し攻略キャラである若君にも。
………どういう力が働いているのかは分かりません。
この学園に有る筈だった女神像の仕業なのでしょうか。
確かにゲーム内では何故か好感度アップアイテムがお供えしてあったり、セーブ出来たりはしましたが……。
山茶花坂の家に帰る事で、私に悪いことが起きる。
一体何が起こるのでしょう。恐ろしいことが起きるのでしょうか。ですが、一時的に逃げて、どうにかなるものなのでしょうか。
それに、若君はどうなるのでしょう。
「あの、轟さん。事件が起こるとして、若君は大丈夫なのでしょうか」
「お邪麿ぼったんは………で……になっちゃうけど、ミズハちゃんがマトモなら………になるんじゃないかな!多分!!」
ああ、またノイズが掛かっています!!
「………野良ブス、筆談とか有るだろ。知能が枯渇してません?」
…………筆談!!思わず轟さんと顔を見合わせて、愕然と致します。気が付きませんでした!!
「………琴子天才だね!流石私のサポートキャああいったい痛い!!琴子痛い!」
「早く書け」
うっ、シャーペンの消しゴム部分で轟さんの手の甲をグリグリされておられます。とても痛そうでした。止められなくて申し訳無いです。
「うう、酷いよ琴子。そんな忌み嫌わなくてもよくね!?」
「忌み嫌ってない。ウザいんですよ」
「此処までサポートキャラに嫌われてるヒロイン有る!?私か!酷い運命destiny!fortuneが欲しい!!若しくはlucky!」
…………轟さんは本日もテンションが高いですね。少し慣れて参りました。何気に発音が綺麗ですし、英語の成績は宜しいようで羨ましいです。
私の成績は……若君より悪くはない程度です。父が侍従たるものでしゃばるな、との事で。
「えっと、唸れ私の左手!!ネタバレ召喚の………アルウェェ!?痛い痛い!!」
「何だコレ。ふざけてんですか野良ブス?」
確かに轟さんはシャーペンでそこに文章を綴った筈です。でも。
其処には……。
「お前、この期に及んで飛び飛びで文章書くたあいい度胸ですね」
「違うよ冤罪濡れ衣!!文字が消えてるんだよおお!!」
「ハア?お前、筆談なんて古来から有効なんですよ。どうせシャーペンの芯引っ込めたまま……紙の凹凸もない!?」
三和さんのお言葉に……背筋に冷たいものが滑り落ちた気が致しました。
私も恐る恐る、メモ帳に触れました。普段なら、筆圧で凹凸が残る筈です。
ですが、メモ帳には……句読点や、助詞、結び言葉なんかにポツポツと私の名前が散らばっている状況。
…………強制力は、実に強いようです。
「くそおおおお!!ヒロイン補正は死んだのにネタバレ回避機能とか超要らないよおおお!!」
「使えない野良ブス!お前、本気で何とかする気有ります!?」
目の前には、知り合ったばかりの……本来なら私の側にはいらっしゃらない筈のおふたり。
私の性格が変わるなら……この私の為に悩んでくださっているおふたり。
そして、若君にも辛く当たるかもしれません。
性格が変わった私……悪役令嬢は、苛烈なようです。
シリーズの悪役令嬢は、皆……残酷な性格をしていました。
2の日向アリアは殺人までは起こしませんでしたが、3のアレッキア、4のフィオールは実に苛烈で残忍にヒロインを追い詰め、殺したバッドエンドが有ったのです。
……そのような結末に、ならないとも限りません。
「……母と暮らせないか、聞いてみます」
目の前の優しい彼らを、巻き込めません。父には侍従失格と叱責を受けるでしょうか。
そして母のアパートに帰ったその夕方。
ドアを開けてくれた母は、驚きながらも歓迎をしてくれました。
「そんな思い詰めた顔をしてるって事は、あのバカにパワハラを受けたのね!?」
「いえ、若君にはその、何もされてないよ?」
「父親の方よ。あんな若君みたいな怠け者はこき使っても、能動的にパワハラしないでしょ!」
母の若君への評価も低いですね……。元からあまり良くは思っていないと思っていましたが。
ですが、母が父の事をそう思っていたなんて。
「お父さんに……」
「本当にお給金は出ているの?通帳はあのバカに預けているんでしょ?」
「あの、本当に何もしてないし、何もされていないよ」
今は、ですが。何かする方に回ってしまう可能性が高いので此処に逃げてきた訳を話したいのですが、無理です。
本気で心配してくれる母には申し訳無いのですが、理由を上手く話せません。
……幾ら何でも此処はゲームの世界で、前世の知識がある友達に私が闇堕ちすると教えて貰ったとは言えませんし。
………凄く厨二病ですね。山葵様のようです。あんなに色々とポーズは付けられませんが。
「良いのよ。どの道、年頃の娘に遅くまで同年代の男の世話をさせるって時点で唾棄すべき事態だわ。王族でもないのに」
「……そういうもの、でしたから」
「大体、ミズハに何かあったら、どう責任を取らせる気なのかしら。あのバカ野郎は主家大事さに娘の方を切り捨てそうよね。やるわ、あのバカ野郎なら」
母の父への怒りが止まりませんね……。
ですが、確かに分からなくも有りません。
父は私に対して小さい頃から上司のように振る舞っていましたので……切り捨てられるのも、分かるのです。
期待は、幼少期に失くしたというか……。前世の記憶が有ったからでしょうか。
親身な母でなく、父には……嫌いではありません。そういうものだと思っていたからです。複雑、といえばそうですが。
かと言って、同調するのも何だか居心地が悪く、私は無言で母のチキンのトマト煮を平らげることに専念致しました。柔らかいのに香ばしい焼き目のチキンの煮込みは、大変美味しかったです。
そしてその日の深夜、怒号と共に電話が掛かってくるまでは……平和だったのです。
「ミズハ、貴様。………山茶花坂家に古くから伝わる家宝の壺を壊したと言うのは本当か!?だからそっちに逃げたのだな!?ヒモトが現場を見ておったと言っていたぞ!!早く戻って頭を擦り付けてお詫びせよ!!」
……………私を全く信じていない、父の言葉を聞くまでは。
スピーカーフォンにしていたので、母の顔色がみるみる変わっていくのが間近でよく見えました。
音を立てて……さあっと。
私も同じ顔をしていたかもしれません。仮に端から見物している方がいらっしゃるなら、指摘が有る程に似ていた事でしょう。
他人事のように、父の怒鳴り声が耳を滑って行きます。
「………私は、壊していません。家宝の壺の置き場も存じ上げません」
「嘘を付くな!!あれは貴様の今までの僅かな蓄えすら吹っ飛ぶ額……いや、それよりも当家に伝わる由緒と伝統の有る代物だぞ!?早く戻って来い!!御当主様にお詫びするのだ!!」
「壊していません」
「お前は本当に役立たずの上、嘘まで吐くのか!?その場には山葵様もお出でだったと聞いたのだぞ!?」
「私は、ここ一年、山葵様と顔を合わせた事すら御座いません!!」
「黙れ!!嘘を吐くなと言っている!!早く戻って謝れ!!」
成程、これは。
電話とはいえ、本当に心に来るものですね。
母が真っ青になって唇を震わせていながら、私の手を握っていてくれなければ。
顔を付き合わせて、従兄弟と共に糾弾されていれば。
………心を壊されていたかもしれません。
絶望して、他人への態度が……180度変わるかもしれないくらいに。
実の父親に、何か期待をしていた訳では有りません。
ですが、この……裂かれるような痛みは、何なのでしょう。
どうして涙が止まらないんでしょう。
どうして信じてくれないの?お父さんの言う通りに頑張っても、認めても誉めてもくれないの。
「今日帰ってもないのに、ミズハに割れる訳無いだろうがっ!!大体そんな所にミズハが入れる訳ないだろうが考えろ無能!!この、血も涙も無い下衆なバカ野郎!!二度と私の娘に近寄るな!!」
母が怒鳴って電話を代わりに切ってくれても、私の涙は止まりませんでした。
お父さんは普通に酷いですね。




