悪役令嬢は5月に生まれる
お読み頂き有難う御座います。
想いは中々伝わりませんね。
「どわあわあわあんリアルイケメン攻略者我が前に参上仕る……!?いや、この場合は私が参上仕ってる!?ヒイイ!!」
「噂の轟、想像以上に変なんやね」
「オジャ……さ、山茶花坂君ですよね!?わ、私を遠巻きにしないんですか!?今ならまだ間に合いますよ!?」
「何に間に合うねん」
轟さんは狼狽え過ぎでは無いでしょうか。手を顔の前で振り回したり、方々をキョロキョロしたり、頭を抱えたりと……。
いえ、そんなに皆さんに蔑ろにされていらっしゃったんでしょうね。
……ふ、不憫な方。いえ、哀れむのは失礼で御座いますね。
例え隣の三和さんがゴミに向けるような目を向けておられても……私はそんな目をしてはいけません。
それにしても本当にお嫌いなんですね……。ですが、サポートキャラなのでヒロインと常にお出でにならないといけないのは分かりますが、本当に強制力が働いているようです。
「何か言う事が有るんでしょ、野良ブス」
「……お前、口悪いやっちゃねぇ。何なん野良のブスって悪口渾名やん」
「山茶花坂兄くんが気にするこっちゃあ有りませんよ、放っといてくださいな」
……そして、若君にも全力で喧嘩を売って来られます!!
「そそそそそうでした!!さ、山茶花坂君!!」
「何か用なん?」
「ヒエエエ和風美人眩しい神々しいしっとりキラキラ!!琴子もイケメンだけど種類が違う!!」
「何かよぉ分からんけど、何で三和と比べられんねん」
若君の目にも三和さんは女子だと映っているようですね。
致命的にネタバラシしていただかないと気付かなかった私が言うのも何ですが。
ただ、若君はボーっとしているようで何気に野生の勘的な物が働くかなと……。同性ですしね。
そんな都合よくは参りませんでした。
轟さんが意を決したように立ち上がり、若君の前へ出られました。
膝が凄く震えてガニ股になっておられますが……此処は指摘する所では御座いませんね。
「あのね、この後直ぐ位にミズハちゃんに……が起こるの。犯人は……で、……も疑ってかかるし……に……がいなくなるんだけど、ミズハちゃんのご主人の山茶花坂君は知っておいて欲しいんだ!!」
……き、聞こえません。こんなに間近だと言うのに、聞こえません!!
ですが、お話の断片を伺うに……私の事のようです。
轟さん、アプローチをなさるものだとばかり思っていたのに、私の為に若君に何かを……。何を仰っているのかはサッパリ分かりませんが、あの必死さからして……きっと何か良さげな事を仰っておられるのでしょう。ええ、恐らくで御座いますが。
お喋りは早口でいらっしゃいますが、根は良い方なようですし。
「……どっかスピーカーの故障か何かなん?えらいガーガーピーピーうっさいで」
……若君にも、聞こえないんですか?
「……嘘」
「嘘ちゃうわ。ミズハが何なん?犯人って何や」
「いやだかね!!お家で……が起こって、……が実はミズハちゃんを……と思っていて!!」
聞こえません。
我々の間とテンパる轟さんの間に、深い溝が横たわっているようです。
「って、全員聞こえてないのおおおお!?こんな所でネタバレ禁止が働くの!?
何でよどうなってんだ此処で働いちゃダメでしょ強制力!!好感度ラブに傾いちゃう方向へ働いてよおおお!!」
「……ネタバレ禁止に好感度ラブって何やの。やっぱり予想通り結構ヤバげな女子なんやね」
「ヒエエエエ!!ふ、不審者扱い!?ちょ、ちょっと待って山茶花坂君!!私は怪しいかもしれないけど話自体は怪しく無いの!!」
「いや怪しいねんて」
「そりゃ横で聞いてても、お前の言動態度は不審です。俺もおかしいと思いますよ野良ブス」
「のおおおおん!!」
いえ、三和さんがそう援護射撃されてはいけませんよね!?
て言うか俺って仰ってますけど、隠す気が無いんでしょうか!?
「あ、あの、若君!!」
「ミズハ、友達は選びや。チラ見に来たけど予想以上にヤバそうで不安やわ」
「うおおおお!!お願い山茶花坂君!!ミズハちゃんを信じて!!……や……が寄ってたかって……をしてくるだろうけど、ミズハちゃんは善人だから!!」
「……何処のスピーカー壊れてるん?」
「お願い!!私をこれから遠巻きにしてくれて構わないから、ミズハちゃんを信じて!!」
「……帰るわ、ミズハ。これがホンマもんの電波なんやね」
「あっ、若君!!」
若干気味悪そうに轟さんを見ながら、若君は立ち去ってしまいました。
……若君にとっては、薄気味悪く映ったのでしょうか。……だとしても、若君のあの態度は……。いつもは他の女子生徒の……こう言っては何ですが、中身と意味の解らないトークにも笑顔で接しておられますのに。
「……御免なさい、轟さん。若君が失礼を」
「いや、ううん……。いいんだ。そうだよね、おかしいもんね。そっか、ネタバレ禁止の可能性は考えなかったよ……。でも……」
「……野良ブス、お邪麿ぼったんに何を言いたかったんです?ミズハに危険が迫るって事ですか?」
「そ、そうなの!!悪役令嬢として覚醒しちゃうんだよ!!」
「悪役令嬢として、覚醒……?」
轟エミリが言っていた、悪役令嬢堕ち……。
「聞こえるんだね!?よ、良かったあ!!そればっかりは伝えたかったんだけど、山茶花坂君には聞こえなかったんだね……。
あの人もキーキャラだから、ミズハちゃんを守って欲しいって巻き込みたかったのに」
「轟さん……有難う御座います」
「え、えへへ!!気にしないで!!今のミズハちゃんが好きだから、今のままで居て欲しいんだ!」
微笑まれる轟さんはお可愛らしいですね。
ですが、今のまま……。悪役令嬢として覚醒すれば、私の性格が変わってしまうのでしょうか。
「野良ブスの訴えがノイズに邪魔されたのは、……お邪麿ぼったんに去られた後になら、俺らには話しても構わないって事ですか?強制力は働かない?」
「……な、何故でしょう」
「そもそも、悪役令嬢としてミズハが覚醒するってどーいう事です、野良ブス」
「そ、そうですね。詳しくお話を伺っても宜しいでしょうか」
「任せて!!山茶花坂家の……が……を……していてね!!ミズハちゃんの……に軽い気持ちで……を付けるの!!」
私達の会話に、ノイズが漏れなく走り抜けております。轟さん渾身の訴えでしたが……駄目でした。
お隣の三和さんも眉間に皺を寄せておられます。
「聞こえねーよ野良ブス」
「何でよおおおお!!」
「知らねーよ。拾い出せた所だけで理解するしか無さそーですね」
「ど、どうやってでしょう」
ハア、と溜息を吐いた三和さんは制服のポケットからペンと小さなメモを取り出され、私達の前に示されました。
4月から3月まで順に月を書いて行かれます。
「つまり、山茶花坂の家でミズハにピンチが訪れるんでしょ?」
「そそそそう!!そうなんだよ琴子!!」
「で、そのピンチが起きるのが……今は5月ですから、もうじき?」
「そう!!」
「その事件を過ぎたら、ミズハの性格がコロッと変わって野良ブスを苛め始める」
5月、と書かれた文字の下に悪役令嬢、と書き込まれています。
「そんな…… 何が起きるかは分かりませんが、今こうやって語り合っている方を苛めるような……性格を曲げる出来事が私に起きるのですか?本当なのでしょうか」
「だって……にも……われるんだから!!」
「だから聞こえませんって言ってんだろ野良ブス」
「くおおおおおお!!阻止したいいいいい!!」
「ハア?じゃあ阻止イベントとやらが有るんですか?サッサと吐けよ」
睨まれた轟さんは涙目で首を振りました。
「無いけど!!」
「じゃあねじ込みましょう」
ね、ねじ込み……?
「どうせ俺が男でサポートキャラに此処に迷い込んだってのがイレギュラーなんです。悪役令嬢が性格ヒネ曲がらないように足掻いたって、構わない筈です」
「……で、でも強制力が」
「強制力が働くんなら、俺が野良ブスに優しくする強制力が働いてもいいと思いません?怪人電波お姉が瓦版屋にストーカーして登校拒否に追い込むのも強制力が排除出来た筈です」
「そ、それは……」
「そうだよ!!サポートキャラは大体主人公に優しいんだよ!!ふがっ!!ガチで痛いよ琴子!!」
三和さんは……仲良しですねと言い辛いレベルの手刀を轟さんの足に落としておられますね。痛そうで御座います。
確かに、このゲームの事は雑誌情報のみで存じ上げませんが……知っている方からしたら、きっとおかしなことだらけなのでしょう。
ヒロインと攻略対象達との出会いも、サポートキャラの三和さんも、轟エミリの存在も、そして私も……。
……ですが、どうやって、強制力を排除するのでしょう。
「個人的には多少ヒネくれた方が良いと思いますけどね。お人好しな所はまあいいとは思います」
「た、多少じゃ無いんだよ琴子……。今の邪気の無いホワっとしたミズハちゃんがいいよう。今のミズハちゃんにあんな悲しい事、駄目だよう」
「……い、一体何が……」
「ですから、山茶花坂の家で性格曲がるような事件が起こるんなら、山茶花坂の家に帰らなきゃいーんですよ」
「……はい?」
な、何と仰いました?
さ、山茶花坂のお屋敷に帰らなきゃいい、ですか!?
「お前、祖父母の家とか無いんです?避難できそうな所」
「あ、母が別居中なので、その家が……。いえ、でも」
「そ、そうだね!!それがいいよ!!」
「で、ですが職務放棄が……父が何と言うか」
「そのお父さん……は気にしないで良いんだよ!!」
轟さんは私の目を見つめて、手をぎゅっと握って来られました。
……冷たいです。緊張なさっているようでした。ですが、その緑の目は真剣で……とても強い意志が宿っていました。
「……を壊すことになるんだよ!!お願い、暫く……いや、せめて3月までそのお母さんの家に居て!!」
「で、ですが……何と言って母に厄介になれば」
「お母さん、ミズハちゃんの事嫌いなの!?」
「いえ、常々一緒に住もうと言っては居ましたが……」
「じゃあいーじゃありませんか。他人の家に口出しするのは個人的には反対ですが、非常事態です」
……乙女ゲームなのに、非常事態……ですか。
いえ、確かにイケメンを攻略する時点で非日常で御座いますね。
そして、悪役令嬢は……その攻略を邪魔する存在です。
……山茶花坂の家に何が待っているかは分かりません。
ですが、それを私が受けないと、どうなるのでしょう。
……怖い事なのでしょうか。
何かが壊れるような。
山茶花坂の皆さんや、若君との絆が壊れるような事が待っているのでしょうか。
私の性格が曲がるとしたら……ですが、それは、ストーリー上必要な事で……。
本当に、良いんでしょうか。
轟さんからしたら、必然の出来事なのに。
「でも、轟さんの為のゲームですよ?本当に本来の悪役令嬢に……私に関わって宜しいんですか?」
「何言ってるのミズハちゃん!!もう関わってるよ!!」
「そ、それはそうですが……。轟さんは色々ご存じですし、このまま私がその……むぐっ」
痛かったです!
結構無理矢理に手で口を塞がれましたよ!!うう、涙が滲んで……空色の瞳に囚われました。
「もう野良ブスの恋愛とかどうでもいいですよ」
「いや、恋愛はミズハちゃんを堕ちさせないでからでも出来るよ!!……多分!」
……頼もしいお言葉です。
先程の三和さんに口を塞がれた衝撃とは別に、涙が滲んできてしまいました。
余談ですが、ミズハは5月生まれです。




