第5夜 トンネル
「キレイだね〜。」
何気なく笑実が呟くと同時に、流れる星々に意識を囚われていた3人は我に返る。
あれからどのぐらいの時間が経っただろうか。
異変を察知した彩香が怪訝そうに口を開く。
「上…変に騒がしくない?」
丘の上からザワザワと声がする。
「あっ、見て!!」
明里が異変に気付いた。
夜空には相変わらず流星群が続いていたが、その一方で月が赤く発光していた。
『月が赤い!!』
3人の声が揃った。
「うげー、不気味。
しかもいつの間にか満月っていうね。」
と、舌を出す彩香。
「えー何だかロマンチックじゃん!
赤い月…キレイだわ〜。」
笑実は恍惚の表情を浮かべる。
「けど、私達何で気付かなかったんだろう?
ずっと空を見上げてたのに。」
どこらともなく湧き上がってくる胸騒ぎを抑えながら、明里は疑問符を浮かべる。
思い出すように彩香が口を開く。
「…あー、あれだ!この間の"茹で蛙の話"じゃない?」
「あっ、それ覚えてる〜。
えーっと、あの子名前なんだっけ…?
ほら色白で、もやしみたいな…」
笑実が悪意の無い悪口を言う。
「漆原くんの事?」
明里が記憶のピースを嵌める。
「あっ、そーそー!
あいつが朝礼で話してた内容だよ!
茹で蛙の話!」
明里達のクラスの朝礼は少し特殊なシステムを採っている。
先生だけではなく、クラス全員が名前順に日替わりでスピーチをするといったものだ。
スピーチの内容は何でも良いのだが、要は大勢の前で自分の考えを伝える力を養う為の取り組みだ。
生徒達のスピーチ力やプレゼン力を高めたいという担任の意向らしい。
いかにも英語教師らしい考え方だ。
ーーーーーーーーーーーー数ヶ月前ーーーーーーーーーー
1年A組
「おはようございます。
皆さんは茹で蛙の話をご存知でしょうか?
沸騰した鍋に蛙を入れると当然熱さで暴れます。
ですが水を張った鍋に蛙を入れて火にかけると、沸騰しても暴れません。
何故ならいつの間にか蛙が死んでいるからです。
つまり、蛙は少しづつ上昇する水の温度に気付く事ができないのです。
これは我々も同様で、少しずつ変化していく事象には気が付きづらいという性質があります。
平和な日常が知らない内に失われていくように、気が付いた時には茹で蛙にならないよう、洞察力と注意力を高めたいものですね。ククククク…」
ーーーーーーーーーーー現在ーーーーーーーーーーーーー
「あれ驚いたよね〜。
漆原が喋ってるのなんて1度も見たこと無かったから…こんなに喋るんだ!って。」
笑実がレジャーシートに散らばったお菓子の空袋を片付けながら言う。
彩香は月から視線を外さない。
「そー、そー!
だからこそ、すげー印象に残ってた。
この月も徐々に赤くなっていったんじゃないかな?
ましてや、流れ星に気を取られてたし。」
明里は笑実からお菓子の空袋を受け取り、補足する。
「そうかもね…
そういえばうちのお祖父ちゃんが言ってたんだけど、月と人間は密接に関係してるんだって!
だから満月の夜に犯罪発生率が上がったりするみたい。」
彩香がスマホを取り出す。
「うげー、怖い話だなー…
おっ、どのSNSのタイムラインも赤い月の写真ばっかだ!気味悪っ!
…ってかもうこんな時間じゃん!
そろそろ帰るか?」
明里と笑実もスマホで時間を確認する。
「本当だ!お祖父ちゃん心配してるかも…
行こっか!」
「帰ろ〜。」
彩香がゴミの入ったビニール袋を受け取り、トンネルに入る。
そして明里と笑実も彩香に続いた。
「よいしょっと!ん?…あれ?」
彩香がトンネルの出口を塞いでいる。
「彩香ー、出れないよー!」
「彩香どした〜?」
明里と笑実が後ろから声をかけ、優しく彩香を押し除ける。
「えっ…何これ…?
私達天海ヶ丘にいたよね…?」
明里が笑実の顔を覗き込む。
「うん…どうゆう事…?」
笑実が明里と顔を合わせる。
トンネルを抜けて丘の上に出るはずだった3人は、見知らぬ団地の中庭にポツンと佇んでいた。