第4夜 友
ー20:45 陽神神社付近の林道
「しっかし、明里ん家の神社はいつ来てもバカでかいよなー。
東京ドームぐらいあんじゃないの?」
天体観測に向かう道中、今夜の目的地である天海ヶ丘の現状をSNSで確認していた彩香が、スマホをしまいながらいたずらな顔をして言った。
「本当だよね〜、全国でも5本指ぐらいに入るんじゃない?
しかも神社の巫女さんって、なんか憧れるなぁ〜。」
笑実も羨望が含んだ同意をする。
明里はクスクスと笑いながら小さく手を振り、謙遜するように否定した。
「彩香うち来るといっつも言うよね。
調べたことないなー…けど、そんなには大きくはないと思うよ。
私も物心ついた時には家が神社なのは当たり前だったから詳しいことはあまりわからないけれど、何百年も前のご先祖様からずーっと受け継いできてるらしいから建物自体は修繕だらけで古いし、広い分掃除とか結構大変だよ?」
少し考える様子の笑実
「そうだよね〜、県外からもたくさん人来てるし…
お正月とかやばそう…。」
明里がゆっくり頷く。
「お正月はてんてこまいだから、アルバイトの巫女さんとかにお手伝いしてもらってるけど…ってかもう高校生になったし、笑実と彩香も来年の三が日手伝ってよ!」
「おっ、いいね〜!
巫女さんコスできるし、うちやっちゃおうかな〜!」
「じゃあ、あたしは参拝がてら2人の邪魔しに行ってやるよ!」
「えー!彩香も手伝ってよー!」
3人が他愛の無い談笑をしつつ歩いていると、徐々に潮の香りを感じるようになってきた。
先の方ではちらほらとスマホの光が見えている。
どうやら天海ヶ丘に着いたようだ。
「ひゃー、やっぱ人多いねー!
天海ヶ丘がスマホの光で明るくなってるよ。」
彩香が嫌味を込めながら笑う。
「天海ヶ丘だから暗いと思ってスッピンで来たのにぃ〜!
これじゃあ顔見えちゃうじゃん!」
眉をハの字にしながら困っている笑実を、すかさず明里がフォローする。
「笑実は可愛いから大丈夫よ…あっ、流れ星!」
天海ヶ丘に集まった人々から歓声とスマホのシャッター音が巻き起こる。
「わー、すごい!
ねえねえ2人とも、早く"あの場所"に移動しよう!」
夜空を見上げながら明里が急かす。
「ここはカシャカシャうるさいし、明るいし…
早いとこ行くか!」
と、彩香
「そ〜だね〜。じゃあ一旦ぐるっと回って…」
笑実が転落防止の柵の方を見て"あの場所"への道を確認した後、3人は空を見上げながら足早に歩き出した。
天海ヶ丘は海に面した崖の上にあり、広大な敷地面積を有している。
灯りの類いはほとんど無い為、今夜のようにテクノロジーの恩恵が無ければ天体観測には非常に適した場所だ。
近年はSNSの普及によって天海ヶ丘の天体観測はこの地域の大人気イベントになっている。
明里達が言う"あの場所"とは地元民すら知る者が少ない、丘と海の中腹に出っ張る小さな崖のような自然の足場を指す。
転落防止の柵をぐるっと回り、海を目指すように道無き道を下っていく途中、壁面から草木が自生している場所がある。
その何箇所かにすだれのようになっている草木があり、手前から3つ目のすだれを掻き分けると、大人1人がようやく通れるぐらいの自然のトンネルがある。
トンネル内は長く、傾斜になっている為、光はほとんど入らない。
非常に見つけにくいこの入り口を、仮に誰かが見つけたとしてもわざわざ入ることはしないだろう。
明里達が幼少の頃、天海ヶ丘で遊んでいる時に、おてんばな彩香が蛇を追いかけ回すという危険な遊びをしていた。
子供の好奇心とは底が知れないもので、彩香がアオダイショウを無我夢中で追いかけた末トンネルへ入り、先の足場から海へ落下しかけたところを明里と笑実が既の所で助けだした。
それ以来"あの場所"は、3人の隠れ家的スポットとなっている。
昔の記憶が頭をよぎりながら明里がトンネル内を進んでいくと、ようやく開けた場所に出た。
後ろから彩香と笑実が順番に出てくる。
そこには満点の星空と、月明かりに照らされた水平線が広がっている。
まさに絶景だ。
眼前に広がる星空と夜の深みを増した海を眺めながら、明里がポツリポツリと語り出した。
「子供の頃ね、このトンネルをくぐると別の世界へ行っちゃうんじゃないかっていつも不安だったの。
今はあの頃より大人になってここに来る機会も減ったけど、今日もやっぱり不安に思った。
でもね、こうして目の前に広がる空と海を見ると、いつも微妙に景色が違ってるんだよね。
星が見える日見えない日、波が高い日や静かな日…
実はいつも微妙に違った景色を見てる私達はその度に違う世界に来てたんだなーって思うの。
今日はたくさんの星が流れてるし…
あっ、また流れ星!
友達や家族がずーっと幸せでありますように、友達や家族がずーっ…あーっ間に合わないよ!!」
彩香と笑実が笑いながら明里を抱きしめる。
「ほんっっと、お前は可愛いなー!
あたしのお嫁さんにしてやる!!」
彩香が明里の頬に軽くキスをした。
「そうだね〜。
同じ日が2度と来ないように同じ景色も2度とは見れないもんね。
だから毎日を大切に生きるんだ。
それに気付けただけでもうちらは幸せだよね〜。
でもそんなことより、明里が可愛すぎるからそれだけでうちらはいつまでも幸せだよ〜。
今日は流星群にお願い全部言って、皆でもーっと幸せになろ〜!」
笑実が明里の頬を人差し指でつつく。
サンドウィッチ状態の明里は苦しそうにもがいてる。
「んーっ、暑いよー!苦しいよー!離してぇっ!
(けど、なんだか温かいなぁ…)」
3人は明里が持ってきたレジャーシートに寄り添いながら座っている。
そして初夏の暑さを忘れているかのように寄り添い、いつまでもいつまでも、流れる星空を見上げていた。