第3夜 祖父
ー19:45 陽神神社
居間のラジオからは軽快な語り口調が聞こえてくる。
【ーそして今夜は例年より1ヶ月以上も早く流星群が見られますねっ!
皆さん、大切な人と素敵な夜をお過ごし下さい。
それでは、まった明日〜!…♫〜】
明里は番組のエンディング曲に合わせ、今夜の天体観測に使うレジャーシートを畳みながら鼻唄混じりに口ずさむ。
玄関のチャイムが鳴り響いた。
「はーい!」
明里が玄関に駆け付ける。
横開きの扉をガラガラと開けると、気の強そうなショートカットの少女が勢いよく入ってきた。
「おっすー!」
急ぎ足で来たのか、少し息を切らして挨拶する。
「早かったね、彩香!」
「まあねーん、10分前行動は基本だろー!
はい、これ!」
彩香は右手で後ろのドアを閉めながら、左手に下げていたビニール袋と紙袋を差し出す。
「わー、お菓子こんなにたくさん!
ありがとう…って、お酒!」
「やっぱ星を見る時には酒がないとな!」
「何それ!不良だー。」
「うそうそ!
うちの親父が、明里のおじいさんに持ってけってさ。」
「さすが酒蔵さん!
おじいちゃん喜ぶよ、ありがとう。」
ガラガラッ
「こんばんは〜」
昼間の大人びた雰囲気とは打って変わって、ノーメイクのあどけなくて可愛らしい少女がのんびんりと玄関に入ってきた。
「あっ、笑実!」
明里が小さく手を振る。
「ドア越しに2人のシルエットが見えたから勝手に開けちゃった!ごめんね〜」
笑実は少し困ったような表情で謝罪する。
「彩香も来たばかりだったから丁度良かった!
じゃあ皆そろったし、行こっか。
荷物取ってくるね!(ーっと、その前に!)」
明里は荷物のある居間を通り過ぎ、渡り廊下の先の神社本殿へと向かう。
陽神神社は自宅と神社が隣接しており、渡り廊下を介して行き来できるようになっている。
明里が本殿に入ると、大きな仏壇のような造りの、太陽を模した依代の前で老人が祈りを捧げている。
先程まで祓いの儀式が入っていた為か、烏帽子に袴姿のままだ。
「おじいちゃん、行ってくるね!
後、彩香のお父さんからおじいちゃんにって、お酒いただいたから居間に置いておくよ!」
老人は素早く合掌を解いた後、正座のまま振り返りながら返答する。
「お〜それはありがたいのう。
わしも後で彩香ちゃんのお父さんに連絡しておくわい。
気を付けて行ってくるんじゃぞ。」
表情こそ明るく努めているが、ひどく疲れている様子だ。
祖父の異変に気付いた明里は心配そうな表情を浮かべている。
「おじいちゃん大丈夫?今日の"祓い"大変だった?」
「ふぉっふぉっふぉ、わしも歳だのう…
今日の"相手"はちと厄介でのう。
いつもより時間が掛かっただけじゃ。
無事に祓い終えたから大丈夫じゃよ。
そんなことより、今夜はお友達と楽しんできんさい。
それと…あまり遅くならないようにの。」
一瞬暗い顔をした祖父は、明里の問いかけに対してにっこりと笑顔で返した。
「うん…おじいちゃんもゆっくり休んでね!
あ、それとご飯も居間に置いてあるからチンして食べて!
じゃあ、行ってきまーす!」
明里はやや急ぎ足で渡り廊下を駆け抜け、居間で荷物を回収しつつ友人達の待つ玄関へと向かう。
「お待たせー!」
「よっしゃ、行こう!」
彩香がドアを開け、先頭に立つ。
明里と笑実は彩香の左右少し後ろの位置でそれぞれ横並びのようにして歩く。
そして彩香を頂点に、三角形の陣形の3人は、足取り軽く神社を後にした。
ー20:15 陽神神社本殿
祖父は明里が渡り廊下へと消えた後、やはり疲れた表情で太陽の依代に向き直り、裾に隠していた両手を再び合わせた。
「ふぅ…あの子ももう16歳か……。
陽神様、どうか"あの子にだけは"何事も無く、健やかな日々が過ごせるようお守りください。」
眉間にしわを寄せ、重苦しい表情で孫の安全を祈る祖父の右手は、ドス黒く変色していた。