第1夜 プロローグ
ー17:27 神奈川県某所
「ここか…。」
少年は呟いた。
彼の視線の先にあるのは郊外に佇む廃団地。
周囲には覆いかぶさるように木々が生い茂り、長年陽の光とは無縁のようだ。
辺りには空き地が多く、人気は無い。
時は夕刻
ただでさえ陽の光が当たらない場所を、そっと夕闇が包み始める。
この小高い丘の上に建つ団地を、ぐるりと囲む背高いフェンスの下で、先程の少年とどうやら怯えている様子の少女が居る。
一見若いカップルのようにも見える2人は、学生服がよく似合う。
「漆原くん、私にしっかりと付いてきー」
声を震わせる少女の言葉を遮るように左の掌をかざし、漆原はボソボソと呟いた。
「落ち着いた?」
微笑を浮かべながら話す漆原と、表情が強張っている少女との温度差は、真夏のこの時期にも明確にわかるほど開いていた。
やがて、不思議と少女の顔には柔らかさが見えてきたが、額には相変わらず冷たい汗が流れていた。
「じゃあ行こっか。」
漆原は軽快にフェンスを乗り越えていく。
「待って!」
必死に漆原を呼び止めながら、彼女もまたフェンスを乗り越える。
「痛っ!」
フェンス上部の有刺鉄線に足を引っ掛けた少女は、左の太ももにジンジンとした痛みを感じながらも、足早に少年の後を追っていった。