厄介事
馬車はゆっくりと北へと進む。
魔術師ギルドのあった街、カラートを離れ、セルディスへ向かって走る。
行商人達は、仲間同士で会話し、特にシャリッサや、令嬢達に興味を示さない。
シャリッサも暇なので、半分寝ながら目的地への到着を待つ。
時折、石に乗ったのか大きく馬車が跳ね、どこかにぶつけて目が覚める。
「いたた、これじゃアザだらけになっちまうよ」
シャリッサがボソリと呟く。
(だから魔法を使って帰れば良かったニャ)
コルネッテが小さな声で文句を言う。
馬車の音で恐らく誰にも聞こえていない。
(黙ってな)
魔術師だと気付かれたくはない。コルネッテの口に指をあてた。
もう一度眠りにつこうとした所で、馬車とは別の馬の足音が背後から迫ってくる事に気付き、シャリッサは身を起こした。
「なんだい?」
馬車の後部から顔を覗かせると、5騎程が何かを叫びつつ、この馬車を追ってきているようだった。
馬車の中を見渡すと、商人達は無関係とばかりに首を振る。
残るのは、貴族令嬢か。シャリッサは厄介事の臭いがしたため、眉をしかめた。
令嬢を見ると、怯えるように震えて、青ざめている。
(うん、まさに厄介事だ)
憂鬱になった。
(助けるニャ?)
(今日はさ、街に来るまで乗り合い馬車が無くて、魔法で来たんだよ。ここで魔法を使っちまったら、寿命が縮むだろ?)
(薄情者ニャ……)
シャリッサとコルネッテはこそこそと話をする。
確かにここで少女の手助けをする事は、人道的には正しい。
だが、そこは自分が出しゃばる必要は無いではないか。
お節介にも彼女に手を貸せば、何があるか分からない。
ただ見ているだけというのも性に合わないが、とりあえずは様子を見てみるか、と再び座り込んだ。
「お嬢様ー!」
すぐに鎧を着た男達が馬車に追いついてきた。
中に居る、令嬢が目的なのは間違いないようだ。
「馬車を止めてくれ!」
男の一人が叫んだ。
怯えた様子の令嬢が気になり、シャリッサが近づく。
「止めたらまずいのか?」
令嬢は無言で頷く。その顔は恐怖で青ざめていた。
(よく見れば、幼いな。14、5か?)
あまりまじまじと見ると怪しまれるので、侍従に視線を移す。
「止めれば、お嬢様は彼らに殺されてしまいます」
侍従は手を合わせて嘆願する。
シャリッサは大きく溜め息をついた。
「……分かった、助けてやるよ。ただし、謝礼は貰うし、見たことを口外するなよ。商人さんたちも見なかったことにしてくれると有りがたいな」
事の重大さもあってか、商人たちも見捨てる訳にはいかない。皆、黙ってうなずいた。
「そいじゃやるよ……。ア・ラサリアフォルナリテ……虚ろなるものよ、真実を映す光よりその身を隠す手を貸し与えよ。幻影変身」
詠唱が終わると、小さな霧のようなものが二人を包み込み、その姿を別人へと変えた。
「馬車を止めていいよ」
魔法が完成すると御者にだけ聞こえる程度の声で伝える。
御者は頷くと、ゆっくりと馬車を止めた。
「なんだい? 急いでいるとは言わないが、他人様の足を止めるほどの重大事かい?」
馬車から顔を覗かせ、シャリッサが男達を睨みつける。
「中に、お嬢様が乗っているはずだ。引き渡して頂こう」
「引き渡す、とは尋常じゃない言い方だね。仮にもお嬢様に対して言う台詞じゃないね。もしそのお嬢様とやらが居たら、どうするつもりだい? 殺したりするのかい?」
後ろから回り込み、乗り込もうとする男達が居る事に気付いたシャリッサは怒気をはらませた。
「勝手に乗るんじゃないよ。こっちには大事な商売道具だって乗ってるんだ。勝手されたら困るんだよ。そのお嬢様とやらが乗ってなかったら、迷惑料くらいは払ってもらえるんだろうねえ?」
男達は、シャリッサの勢いに怯んだ。
「それでもいいってんなら、中を覗きな。中に居るのは行商の方と、ウチのメイド達だけだ。乱暴するようなら、ただじゃおかないよ!」
気迫のこもったシャリッサの言葉に、多少ためらいつつも、リーダーと思われる男は馬車の中を調べるよう指示した。