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乗合馬車

「全く、住みにくい世の中になったよねえ」

 建物から出てくるなり、不満を表に出して怒る黒髪の女性。

「こんなカードが無けりゃ、魔法も満足に使わせて貰えないんだから」

 魔法使用許可書と書かれたカードには、彼女の名前が記載されていた。

 シャリッサ・ティティラーテ。別名『棘の魔女』と呼ばれる魔法使いである。

 この日は一年毎の許可証の更新にやってきていた。

「行くよ、コルネッテ」

「ニャー」

 呼びかけに応じて、その後ろを灰色の猫が追いかける。

 彼女が出てきた建物には『魔術師ギルド』と書かれた看板がぶら下がっている。

 魔術師ギルドは、元来、魔術師達の集まりで、依頼の請負や、薬品の素材や触媒などの取引をするための場所だった。

 だが数年前から、特定の魔法使用に際して制限が設けられるようになった影響で、現在では魔術師達の審査機関と、管理機関の一部を国から請け負う出先機関も兼ねるようになっている。

 原因は魔法の悪用である。

 攻撃以前から問題だった魔法を街中で使用したり、罪の無い人間に対して危害を加えるといった事件が、10年ほど前に立て続けに起こった。

 大規模な被害と、多くの死傷者を出した事件の犯人は達は、即時に捕縛され、処刑された。

 他にも魔法を詐術に使用したりするケースも頻発するなど、魔法使いに対する信用は失墜していた。

 これに危機感を覚えた一部の魔法使いが大陸全土に働きかけ、魔法使用者には厳格な国家審査が求められるようになった。

 制限に違反した場合や、審査に合格できなかった場合には、魔法使用制限枷の着用が義務付けられ、悪質な場合には投獄されるとまで法律に明記された。


「アタシだって、好きで魔法使ってる訳じゃないのにさ」

「楽しそうに使ってる時もあるニャ」

 尻尾をツンと立てて、コルネッテが喋った。

「うるさいな、あんたそんなトコまで見てなくていいんだよ」

「ご主人を観察するのも使い魔の役目ニャ」

 反論に少し苛立つように、眉間にシワを寄せる。

「減らず口叩いてると、仕事で金が入っても良いモン食わしてやんないよ」

「ギルドにいい仕事でも有ったニャ?」

 誤魔化すように、コルネッテは尻尾を振りながら主人の足に擦り寄る。

「ちょっとした薬品の調合さ」

「ご主人、いつから錬金術師になったニャ……」

 魔法仕事ではない事を知ると、呆れたように主人を見上げる。

 薬品の調合など、魔術師の仕事ではないと思っている。

 実際には、薬品調合で生計を立てている魔法使いも多いので、コルネッテの偏見でしかない。

「魔法を使って問題事を解決なんて、そんな依頼は面倒だから嫌なんだよ」

 魔術師とは思えぬ発言だが、これもいつもの事らしい。

「ご主人は本気を出せば強いのに、どうしてこんにゃにやる気がにゃいのかニャ~?」

「生憎とあたしゃ、あくせく働くのが嫌いなんだよ」

 言い合いをしているうちに、乗合馬車の手配所にやってきた。

「セルディス行きはあるかい?」

 手配所の受付に訪ねる。

「右手の竜頭の絵が入った馬車が、しばらくしたら出ます」

「ありがとさん」

 受付に礼を言うと、馬車に乗り込む。御者もまだ座っていない。

 出発までにはまだ時間がかかりそうだった。

 周囲に誰も居ない事を確認して、コルネッテが口を開く。

「魔法を使えばパパッと片付くニャ」

「そんなに毎日魔法を使ってたら干からびて死んじまうよ。まだ嫁入り前の乙女だってぇのに」

 面倒くさそうに呟いて、シャリッサは寝転んだ。

「いつまで嫁入り前の娘やってるつもりニャ?」

「うるさいっ、くそ猫!」

 怒りに任せてコルネッテの額を指で弾く。

「ふんぎゃ! 何するニャ! ご主人、一遍死ねばいいニャ……」

 突然音の事にコルネッテは毛を逆立てて怒る。

 だが、シャリッサは意に介さない。

「あぁーん? アタシが死んだら、あんたどうなると思ってるんだい?」

「は…晴れて自由の身ニャ?」

 シャリッサの勢いに圧されつつ、希望的観測を口にする。

「アホかい。あんたも消滅するんだよ」

「嘘ニャ。お花畑に転送されるだけニャ!」

「お花畑なのは、あんたの頭だよ」

 スパーンといい音を立ててコルネッテが頭を叩かれたところで、別の乗客が乗り込んできた。

「こんにちは」

 見たところ、一人の共を連れた貴族の令嬢のようだった。

「今、賑やかな会話が聞こえたような気がしましたが?」

 そう令嬢に言われたが、シャリッサは正直に答えるつもりはなかった。

「気のせいでは? そこに人も居たし、向こうの方が騒がしかった気がしましたが」

 魔術師の評判は今でも良くない。

 使い魔を連れた魔女だと知られれば、良い顔はされないはずだ。

 ばれないよう誤魔化しておくのが最善だと考えた。

「そうですか?」

 令嬢は怪訝な表情を浮かべた。

「それとも私の独り言が聞こえました?」

「ニャー」

 とりあえず、何となくで良いから場を濁す。

「そちらはお連れの方で?」

「私の侍従です。しばらく、ご一緒させてください」

「貴族のご令嬢とお見受けしますが、乗合馬車とは珍しい。多少の危険もありますよ」

「心得ております」

 令嬢は言葉みじかに答えた。

 危険とは、道中、獣や怪物に襲われる危険性が高いという事だ。

 この令嬢が何処まで行くつもりなのかは知らないが、安全が保障されている訳ではない。

 警護を雇うなりすべきだと思うが、貴族丸出しの身なりを誤魔化す事もせずに乗り込ということは、世間知らずなお嬢様か、何か問題があっての事か。

(乗合馬車は他人を詮索するべからず……だな)

 シャリッサはこの二人にはとりあえず、あまり接触しないで置こうと考えた。

「この馬鹿猫は何もしないんで、お気になさらず」

 令嬢に寄って行こうとしたコルネッテの首筋を掴むと、自身の傍らに戻す。

 それからしばらくして、数人の行商人が乗り込むと、御者が座り、馬車は出発した。


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