笑われるもの
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誰もが、私を見て笑っていた。
ある者は顔を歪めて体を震わせ、ある者は腹を抱えて声を上げ、またある者は涙を流しながら悶絶する。
そんな風に、とにかく可笑しくて仕方がないという様子で。
しかも一人ではなく、何十人、いや何百人もがである。
それほど多くの人間が、まっすぐ私を見つめて、転げるように笑っているのだ。
当然そこには、一切の容赦が無く、遠慮や気遣いも欠片すら見えなかった。
相手を思いやる気持ちが、微塵も存在していないわけである。
私は今、毎日毎日、そういう苦しい環境に置かれ続けている。
このとても広く、それでいて完全に閉鎖された、人の顔がはっきり見えぬほどに暗い空間の中で。
無論、あまり気持ちの良いものではない。
と言うよりはむしろ、たいへんな苦痛である。
多くの人に注目された状態で、その全員から笑いものにされているのだ、至極当然の反応だろう。
それゆえ私の精神力は、否応なく徐々に削り取られていった。
例えるならば、緩やかな拷問を受けている最中、みたいなところか。
改めて考えてみると、我ながら中々につらい境遇だと思う。
しかしそれでも、苦痛を避けるために、尻尾を巻いて逃げ出したりはしない。
気持ちを強く持って、じっとこの場に留まり、ひたすらその責め苦に耐え続けているのだ。
なぜそんな事ができるのかと言えば、それは私が嘲笑されているのではなく、彼らを楽しませているから。
向こうの都合で笑われているのではなく、こちらの意志で笑わせているから。
ならば事態は、私の思惑通りに運んでいるということだ。
すなわち目的の達成であり、間違いなく勝利と呼んでいい状態だろう。
逃げる必要なんて、最初からどこにも無いのである。
それに何であれ、無視されるよりはずっといい。
目の前にたくさんの人がいるのに、誰も私を見ず、誰も私に注意を払わない――その耐えがたい孤独に比べれば、笑われるくらいどうということもない。
まあもちろん、感情の方では、そう簡単に割り切れない部分もあるのだが。
それでも私は、あえてそんな風に考えることで、必死に己を保っていた。
ただその苦渋の時は、予定の時刻が来た瞬間、唐突に終わりを迎える。
私を見つめていた人々が、一斉に笑うのをやめ、続々と『席』を立ち始めたのだ。
また彼らは、揃ってその顔に、満足げな表情を浮かべていた。
どうやら今回の出し物は、いたく彼らのお気に召したらしい。
ちなみに中には、未だ座ったままの者もいる。
おそらく彼らは、『最後まで見る派』に違いない。
余韻も含めて、存分に楽しんでもらえている、と考えて良いだろう。
それは無論、私にとってたいへんに嬉しいことだ。
だって己の忍耐に意味があったことを、より強く実感できるから。
別に私への気遣いではないのだろうが、こちらとしては実にありがたいのである。
そう心よりの感謝を捧げつつ、私は今回の仕事を果たし終えた。
結果として私の体は、全ての輝きと彩りを失い、ただの真っ黒な一枚の布と化す。
それをきっかけにして、残っていた『お客様』達も、それぞれ帰り支度を始めた。
その満足げな姿を見届けて、深く安堵すると共に、私は内心で強い手応えを感じる。
なにせいつもは、シリアスな『作品』を流してばかりの私だ。
それが今回、コメディタッチな『作品』に切り替えるということで、実は色々な不安があった。
『お客様』の反応がどうなるかに、私はかなり怯えていたのである。
しかしどうやら無事、新しいチャレンジは成功に終わったらしい。
首尾は上々、めでたしめでたしな結末を迎えた、というわけだ。
まあもちろん、日頃『上映』している重めな『作品』だって、ちょっとは見て欲しい。
食わず嫌いをせずに、一度でいいから試してみて欲しい。
そういう気持ちも、正直なところはある。
ただの『スクリーン』にだって、自分の仕事に対する、プライドのようなものはあったから。
とは言え今は、そんなこだわりに構ってもいられない。
まだやるべき事が、ひとつだけ残っているからだ。
それは無意味ながらも大切な、私に課せられた使命である。
ゆえに私は、その最後の仕事を果たすため、帰り行く『お客様』達に注視する。
そしてその背中に向け、届かぬとわかっていながらも、そっと別れの挨拶を贈った。
『またのご来館を、心よりお待ちしております……』