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笑われるもの

更新履歴 21/12/1 文章のレイアウト変更・表現の修正


 誰もが、私を見て笑っていた。


 ある者は顔を歪めて体を震わせ、ある者は腹を抱えて声を上げ、またある者は涙を流しながら悶絶する。


 そんな風に、とにかく可笑しくて仕方がないという様子で。



 しかも一人ではなく、何十人、いや何百人もがである。

 それほど多くの人間が、まっすぐ私を見つめて、転げるように笑っているのだ。


 当然そこには、一切の容赦が無く、遠慮や気遣いも欠片すら見えなかった。

 相手を思いやる気持ちが、微塵も存在していないわけである。


 私は今、毎日毎日、そういう苦しい環境に置かれ続けている。

 このとても広く、それでいて完全に閉鎖された、人の顔がはっきり見えぬほどに暗い空間の中で。


 無論、あまり気持ちの良いものではない。

 と言うよりはむしろ、たいへんな苦痛である。

 多くの人に注目された状態で、その全員から笑いものにされているのだ、至極当然の反応だろう。


 それゆえ私の精神力は、否応なく徐々に削り取られていった。

 例えるならば、緩やかな拷問を受けている最中、みたいなところか。

 改めて考えてみると、我ながら中々につらい境遇だと思う。


 しかしそれでも、苦痛を避けるために、尻尾を巻いて逃げ出したりはしない。

 気持ちを強く持って、じっとこの場に留まり、ひたすらその責め苦に耐え続けているのだ。


 なぜそんな事ができるのかと言えば、それは私が嘲笑されているのではなく、彼らを楽しませているから。

 向こうの都合で笑われているのではなく、こちらの意志で笑わせているから。


 ならば事態は、私の思惑通りに運んでいるということだ。

 すなわち目的の達成であり、間違いなく勝利と呼んでいい状態だろう。

 逃げる必要なんて、最初からどこにも無いのである。


 それに何であれ、無視されるよりはずっといい。

 目の前にたくさんの人がいるのに、誰も私を見ず、誰も私に注意を払わない――その耐えがたい孤独に比べれば、笑われるくらいどうということもない。


 まあもちろん、感情の方では、そう簡単に割り切れない部分もあるのだが。

 それでも私は、あえてそんな風に考えることで、必死に己を保っていた。


 ただその苦渋の時は、予定の時刻が来た瞬間、唐突に終わりを迎える。

 私を見つめていた人々が、一斉に笑うのをやめ、続々と『席』を立ち始めたのだ。


 また彼らは、揃ってその顔に、満足げな表情を浮かべていた。

 どうやら今回の出し物は、いたく彼らのお気に召したらしい。


 ちなみに中には、未だ座ったままの者もいる。

 おそらく彼らは、『最後まで見る派』に違いない。

 余韻も含めて、存分に楽しんでもらえている、と考えて良いだろう。


 それは無論、私にとってたいへんに嬉しいことだ。

 だって己の忍耐に意味があったことを、より強く実感できるから。

 別に私への気遣いではないのだろうが、こちらとしては実にありがたいのである。


 そう心よりの感謝を捧げつつ、私は今回の仕事を果たし終えた。

 結果として私の体は、全ての輝きと彩りを失い、ただの真っ黒な一枚の布と化す。

 それをきっかけにして、残っていた『お客様』達も、それぞれ帰り支度を始めた。


 その満足げな姿を見届けて、深く安堵すると共に、私は内心で強い手応えを感じる。


 なにせいつもは、シリアスな『作品』を流してばかりの私だ。

 それが今回、コメディタッチな『作品』に切り替えるということで、実は色々な不安があった。

 『お客様』の反応がどうなるかに、私はかなり怯えていたのである。


 しかしどうやら無事、新しいチャレンジは成功に終わったらしい。

 首尾は上々、めでたしめでたしな結末を迎えた、というわけだ。


 まあもちろん、日頃『上映』している重めな『作品』だって、ちょっとは見て欲しい。

 食わず嫌いをせずに、一度でいいから試してみて欲しい。

 そういう気持ちも、正直なところはある。

 ただの『スクリーン』にだって、自分の仕事に対する、プライドのようなものはあったから。


 とは言え今は、そんなこだわりに構ってもいられない。

 まだやるべき事が、ひとつだけ残っているからだ。

 それは無意味ながらも大切な、私に課せられた使命である。


 ゆえに私は、その最後の仕事を果たすため、帰り行く『お客様』達に注視する。

 そしてその背中に向け、届かぬとわかっていながらも、そっと別れの挨拶を贈った。



『またのご来館を、心よりお待ちしております……』









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