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宝の持ち腐れ

更新履歴 21/11/28 文章のレイアウト変更・表現の修正


 さて自分は、なぜこんな目に遭っているのだったか。


 私はそう、独りじっくりと考え込んでいた。


 色褪せてくすんだ、古い木造家屋の天井を、ぼんやりと見上げた状態で。


 背後に迫る、火あぶりにでもされているかのような激しい熱気を、ひしひしと全身で感じながら。



 その最中、自然と頭へ思い浮かんだのは、一人の女の子のこと。

 私を『買って』くれた、恩人とも言うべき人の思い出だ。


 歳の頃は、中学生くらいだったろうか。

 彼女は制服を着たままの、いかにも学校帰りと言った雰囲気で、私が陳列されている小さな店を訪れた。


 そして店頭に並ぶ仲間達を眺めつつ、難しい顔でしばし逡巡した後、そこから私を選び出した。

 後ろに控えていた、彼女の母親と思われる女性に対し、楽しげに呼びかけながら。


「おじいちゃんのやつ、これがいいんじゃない?」


 ゆえにすぐ、私は気づいた。

 自分はおそらく、その『おじいちゃん』へのプレゼントなのだ、と。

 そしてこの女の子にとって、『おじいちゃん』はとても大切な相手なのだ、と。


 だってその時、こちらを指差す彼女の顔には、はっきりと喜びが浮かんでいたから。

 これで『おじいちゃん』の生活がもっと便利になる、それがとても嬉しい、という気持ちがありありと伝わってきたから。

 つまり私は、そういう心のこもった贈り物として、多くの仲間達の中から選ばれたのである。


 当然それは、非常に幸福、かつ誇らしい事実だった。

 そもそも誰かの役に立つために、この世へ産み落とされた『道具』としては、贈り物にしてもらうのは望むところだったからだ。

 本懐中の本懐、と言ったっていいだろう。


 そんな事情で、私は彼女に買われ、現在の居住地へやって来ることになった。

 少々人里から離れた、うら寂しいと呼ぶに相応しいこの家へ。


 そこで私を出迎えたのは、顔に刻まれた幾筋もの皺が、地図に描かれた複雑な等高線のようにも見える、厳めしい雰囲気の老人だった。

 それが今の、私の主だ。


 主は彼の孫らしい例の女の子から、無表情で私を受け取ると、軽く使用法についての手ほどきを受けた。

 そしてそれが終わってから、女の子を家に返すと、一人で私と相対した。

 ワサビの利きすぎた寿司を、一口で頬張った時のような、やたらと渋い表情で。


 そうしてしばらく、その状態で硬直していた主だったが。

 やがて決心したような顔つきになると、恐る恐ると言った雰囲気で、私をつつき回し始めた。


 その細く骨ばった指で、私の体を何度も何度も叩いたり。

 あるいは何か字でも書くかのように、ぐるぐると撫で回したり。

 果ては顔の高さまで持ち上げて、裏面も含めてじっくりと観察したり。


 私の説明書らしき、分厚い本を片手に、そんな行為を繰り返していたのだ。

 全くわけがわからない、という感情を、顔にはっきりと浮かべながら。


 それでも主は、辛抱強く私と向き合ってくれた。

 困惑し苛立ちつつも、私という慣れぬ存在に挑み続けたのである。


 それはきっと、大切な孫からのプレゼントを、無駄にしたくなかったからだろう。

 加えて私が、自分の生活にとって重要な物である、と理解していたからかもしれない。

 とにかくそういう事情で、我が主は、全身全霊をもって私に挑んでいた。


 しかし残念ながら、その努力が身を結ぶことはなかった。


 なぜなら時が経つにつれ、主の顔からはどんどん気力が消失していったから。

 しかもその挙げ句、私を机の上へ置き去りにして、ぷいとどこかへ行ってしまった。

 せっかくやり方を教えてもらったのに、うまく扱えなかった――そんな現実から、必死で目を背けるかのように。


 結果その一件以降、主が私に接触してくることはなくなった。

 せいぜい夜、何か不便があった際、ちょっとした明かり代わりにするくらいで。

 後はもっぱら、こうして謎の火あぶりにされるのみなのだ。


 無論こんなのは、私の本来の役目ではない。

 自分で言うのも何だが、私はもっと優秀な存在なのだ。

 もっと色々な事ができる、極めて便利なツールなのだ。

 こういう使い方をされるのは、おそろしく心外である。


 しかし無論、私自身が、主にそれを告げることは不可能だ。

 私には自分の意志を、相手に伝える『機能』がついていないから。

 最新モデルとは言え、さすがにそこまで万能でもなかった。


 おまけにここのところずっと、頭がうまく働かない。

 やたらと重い上に鈍く、まともにものが考えられないのだ。

 もはや意識を保つことすら難しい、という状態になってきている。


 おそらくは、稼働のための電力が欠乏した結果であろう。

 要はますます役立たずになりつつある、というわけだ。

 ただひたすらに空しい、という以外の感想は無い。


 そうして自らの運命を嘆く私の前を、そこでふと、我が主が通り過ぎた。

 彼はいつも通りの固い表情で、そのまま部屋の奥の方へと向かっていく。


 そして続いて、そこにあった仏壇の前に座り、独り静かに黙祷を捧げ始めた。

 私がここへ来る前に亡くなった、奥方殿の冥福を祈っているのだろう。

 主が日々、欠かさず行う日課である。


 そう、我が主は、現在とても孤独な境遇なのだ。

 連れ合いに先立たれ、他には訪ねてくる者もいないせいで。


 もちろん例の女の子は、たまにここへ遊びに来るのだが、当然ながら毎日ではない。

 だから基本的にこの家は、いつも空き家のように侘しいまま……

 その現実を実感すると、胸を締め付けられるような想いを抱かずにはいられない。


 ただしそれと同時に、強い使命感も芽生えてきた。

 主のために何かしなくては、その孤独を癒すために努力せねば――そういう情熱が、心の中で燃え盛り始めたのである。


 だって自分になら、きっとそれが可能だから。

 直接問題を解決はできずとも、その状況を変える一助にはなれるはずだから。

 私を買ってくれた女の子が、私にそう期待をしたように。

 その願いを叶えるためと、選んでくれた恩義に報いるため、私は全力で主に尽くさねばならないのだ。


 しかし残念ながら、活力の失せたこの身では、できる事がほとんど無い。

 ただ置物として放置されるだけか、あるいはちょっとした重りとして、こうやって熱さに耐えるのみなのである。


 そんな無力感に苛まれつつ、私は内心で叫びを上げた。

 現状への不満と、主の役に立ちたいという気持ちを、いっぱいに込めて。

 ああ我が主よ、せめて、せめて――



(せめて充電くらいはしてくださいっ!)



 するとその瞬間、その私の咆哮に応えたかのように――


「こんにちはー!」


 場違いなほどに明るい声が、沈んだ空気を切り裂いて、家中に響き渡った。

 私を選んでくれた、あの女の子だ。

 きっと祖父の様子を見るため、学校帰りにこの家へ立ち寄ったのだろう。


 それを聞いた我が主は、間を置かず立ち上がり、移動を開始した。

 女の子を出迎えるため、再び私の前を通過し、玄関の方へと消えていったのだ。


 結果しばらくして、主の向かった先から、賑やかな声が響いてくる。

 どうも女の子が、挨拶もそこそこに、自らの近況報告を始めたらしい。


 代わり映えのしない祖父の生活に、少しでも変化を、みたいな意図だろうか。

 相変わらず、家族想いの良い子である。

 まあ単に、自分の話を聞いて欲しかっただけ……という可能性もあるわけだが。


 とは言え自分としては、やはりその状況に、大きな安堵を覚える。

 何にせよ、主の孤独が紛れるのなら、それに越した事は無いと思えたから。


 そんな風に私が、彼女のおかげで得られた安寧と共に、主の消えた部屋の入り口を眺めていると――


「どう? ちゃんと使えてる?」


 入れ替わりにそこから、例の女の子が中に入ってくる。

 何か期待しているという風に、目をキラキラと輝かせながら。

 おそらく自分の贈り物がどうなったか、それで祖父の生活が改善したのかを、直接確かめるつもりだったのだろう。


 だがそこで、彼女のつぶらな瞳に映ったのは、何とも無惨な現実だった。

 当初の目的とは全く違う、情けない使い方をされる私の姿である。

 当然その表情は、みるみる驚きで彩られていく。


 そして素早く振り返り、彼女は声を大にして叫んだ。

 自らの祖父に向けて、本来なら言うまでもないくらい、至極当たり前の注意事項を。



「おじいちゃん! スマホでカップ麺のフタ押さえたら駄目! 壊れちゃうよ!」



 それを聞いて、ふと思い出す。

 言われてみれば、自分はそういう名前だったな、と。

 バッテリーが切れて久しいせいで、そこさえ曖昧になってしまっていたが。

 私は今さらながらに、そんな事実を思い出し、独り懐かしい気分へ浸る。


 ただそんなこちらをよそに、和気あいあいとしていたこの家の雰囲気は、一気に変質した。

 なんと我が主、半世紀分は歳の離れた孫に、説教を開始されてしまったのだ。

 いつもの厳格さが嘘のような、ひどく情けない顔で。

 まあせっかくの贈り物を、こうも雑に扱っていたわけだし、仕方ない面はあるだろう。


 もっともその光景には、どことなく微笑ましさもある。

 やはり会話があるのはいい、独りよりはずっといい、と思ってしまうのだ。

 それゆえに私は、なればこそ自分が頑張らねば、と決意を新たにすることとなった。


 そんな私の、湧き上がる情熱に応えたわけではないのだろうが。

 この一件をきっかけにして、私の生活は大きく変わった。

 具体的には我が主が、進んで私を活用するようになったのだ。


 例えば私を使って、私の贈り主たる女の子や、他の家族と会話をしたり。

 私に付属した機能で、簡単な健康診断、及び体調管理を行ったり。

 果ては趣味の将棋仲間と、オンラインで対局に興じさえしているのだ。

 今までの不遇ぶりが嘘のような、極めて充実した毎日である。


 それもこれも全ては、女の子が祖父に、私の使い方を指導してくれたから。

 今度は直接、しかも念入りかつ綿密に。

 おかげで私は、こうして主のため、存分に己の力を発揮できている。


 もっとも彼女の教え方が、ずいぶんとスパルタだったせいか、我が主は相当に辟易していた。

 さすがに少しばかり、同情を禁じ得ないという面もあったりするわけだ。

 まあそんな二人のやり取りも、私にはやっぱり、微笑ましいと感じられてしまうのだが。

 

 とにかくそういう事情で、現在私は、とても満足のいく生活ができている。

 後はこのまま、自らの役目を誠実に続けていくのみだ。

 この血の通わぬ無機質な体に、いつか寿命が到来し、壊れて動かなくなるその日まで。

 使命を全うできる喜びに、機械仕掛けの魂を震わせながら。


 それでもただひとつ、私が未だに――


(……暑い)



 時折カップ麺のフタに載せられているのは、私と主だけの秘密である。








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