野営地の夜
「臭いに対抗するには匂いと。使えそうな葉っぱ、採っておいて良かったぁ」
私は2種類の葉を取りだした。行者にんにくっぽいものとレモングラスっぽいものである。
何で自生地が地球では全く違う地域の植物が、さっきの森一カ所で見つかったのかには触れない。異世界だから。地球のものとは似ているけど別物だからってことにしておく。
もらっておいた魔法水でさっと葉を洗う。それから手で小さくちぎってお椀に投入し、混ぜた。
「うーん、入れないよりはマシかな」
くんと嗅いでゴクッと飲む。続けてスープの具を食べ始めた。
「おー、新入り食べているか。んっ? お前、何入れているんだ?」
下向いて一つ一つの具を確認するように食べていた私の前に、大きな体が立ちふさがっていた。見上げればそこには料理長がでんと立っていた。
彼の料理にケチをつけたと思われただろうか。やらかしたと顔をゆがめた私の頭をポンと料理長はなでた。ぶっとい腕なのになでる手は優しい。
「香草を持っているのか? そうなんだよな、入れた方が美味いんだ。だけど、もうこっちのは切らしちまってな」
「まだ私持ってますけど。要ります? 少し辺りを探せば、まだ採れますし」
「おお、お前採取出来るんだな。俺、料理は出来るが、草っ原で葉っぱの区別つかねえんだわ。買い取るから、明日の朝にでも持って来てくれ」
片手を振って料理長は去って行った。
獣臭いスープがもっと美味しくなるなら、売るに決まっている。元々味は良いのだから。椀に入れるだけより、温めた方が香りも味ももっと馴染むはず。
水代わりにワインをもらった人達がワイワイと騒いでいる声を聞きながら、私は元スマホをカバンから取りだした。
(電源無くなってるわ)
丸い部分に指を押し当てれば、四角い元画面のような所にアプリが一個だけ現れた。使い慣れたグーグルさんである。
まず『魔法』で検索してみた。ウィキペディアを真似たらしき××ペディアというものがあるので開いてみた。
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『魔法』とは魔力を使って魔素に働きかけることで起きる現象である。火、水、土、光が代表的魔法となる。火の魔素の動きを大きくすれば炎も大きくなる。水の魔素を空気中から集めれば魔法水となる………
―――― ―――― ――――
(だから皆、腕や手を小刻みに動かしていたのか。魔素って分子や原子のようなものなのかしらね)
物体を構成する原子の運動エネルギーが大きくなれば発生するエネルギーも大きくなる。空気中に水の分子は元々存在するはずだ。その水の分子だけに働きかけることが出来るなら水は集められるだろう。
物理を無視するスキルの方がいわゆる私の考える魔法に近いと言える。
下働きの皆が動き出した。同じように簡単に片付けをすれば、もう寝る支度をする時間だ。
野営地は焚き火で明るいが、周りは文明的な明かりの無い真っ暗闇である。何かが居ても全く分からない。護衛達は順に仮眠をとりながら、夜番をするようだ。
やや気温が下がってきた中、薄い毛布のようなブランケットにくるまって、地面に横たわる人が幾人もいる。下働きの女性の多くは荷馬車の中で眠るものらしい。
5バツ様の言うとおりなら、何も羽織らなくても私は風邪などひかなそうだが、女子としてそうはいかないようであった。
「ミーチェ・モーリーはいるか?」
咄嗟に自分とは思わず反応が遅れたが、私は声のした方へと振り返った。
そこに居たのは水色髪のレイモスだった。シャツの襟元をやや緩め、昼間よりリラックスして見える。手にはブランケットを持っていた。
「はい?」
「これを使ってくれ。持っていないだろ」
彼はブランケットを私に差し出した。
「それ、あなたのものでしょ。無いとあなたが困ると思うけど」
「マントがあるから大丈夫だ。それに野営には慣れている。ここへ貴方を連れて来た者として面倒を見るように言われているから」
私は彼の目を思わず見てしまった。澄んだ瞳に浮かぶ色を見れば、嫌々でないと分かるし、打算も無い。
(わー、この子、良い子だわ。若い子に親切にされるなんて久しぶりよね)
「あっ」
「どうした?」
(今の私も若いんだったわ)
「いえいえ、何でも無いです。それでは遠慮無くお借りいたしますわね」
周りの女子の良いなあ視線が痛い。成り行きだから。
でも、良いでしょとばかりに私はブランケットを体に巻き付けた。
(うん、あたたかい)
立派な騎士になってねと私は息子よりも若そうなレイモスに心の中でエールを贈ったのだった。
見上げれば夜空には見たことないほどたくさんの星が見える。今日はグッスリ眠れそうだった。