異世界なぞ肉
小さな村なら私が合流した地点から馬車で3時間程で着くらしい。けれどもこの一行はもっと大きな街サッカエを経由し、王都へ向かうということだ。
私としては小さな村に連れてってもらっても良いのだが、情報収集を兼ねて観光気分でサッカエまで同行することにした。田舎で家を手に入れても良いのだが、快適な生活に慣れた身としては適度に栄えた街が恋しい。あちこち見てから安住の地を決めたいというもの。
私の15歳で採取と販売を繰り返しながら旅しているという適当な話を下働きの皆は素直に受け入れた。うーん、異世界人、良い人過ぎる。
この世界では16歳で成人となるようで、その前に力試し的に一人で旅することがよくあるそうだ。
しばらくすると森を抜け、その後は青々とした草原地を進んで行った。陽が傾いた頃、灌木の立ち並ぶ野営地へとテニレール商会一行は到着した。
そこそこ広く平らな野営地の最も安全な場所にマイカレッティの乗る馬車は停められた。続いて小川にやや近い場所に荷馬車は停止した。護衛達は灌木に馬をつなぎ、水を与え、火を焚いた跡をなぞるように焚き火の準備を始める。
荷馬車の中でボーッとしているように見えた下働きの面々は、到着するや否や荷馬車を飛び降りるようにして四方へと散らばった。
陽が落ちるまでにすることは多いのだ。
見知らぬ人と一緒に何かすることは各種PTA活動で慣らされた経験を持つ私である。自分のやるべきことを見つけることくらいは指示されなくても出来るのだ。
(料理の手伝いが無難よね)
簡易かまどを設営している大柄な男性が料理長と見当をつける。その周りで食材の選別をする女性が2人。鍋などの調理道具を運ぶ男性が2人。
女性に声を掛け、私は芋の皮を洗う手伝いを始めた。そして辺りの料理する様子に目をやった。
料理長がフワフワした木くずのようなものに手を揺らしながらかざすと点火した。手の平を小刻みに動かして火力の調節をしているようだった。
飲料にする水は恰幅の良い女性が大きな樽の中に腕を差し入れて溜めていた。こちらも腕を細かく動かしているようにみえる。指先から水が出ているのではなく、樽の底に溜まっていくようだ。
(想像していた唱えるだけの魔法と違うかも……)
かまどの上の大鍋ではベーコンとネギのような野菜がさっと炒められ、細かくちぎった葉物野菜が水と一緒に投入された。芋の形は悪く、きれいに洗うのは手間がかかった。元の世界の品種改良された芋の形や大きさが懐かしい。芋は皮付きのまま大鍋の上に置かれたせいろもどきで蒸された。少ない時間で2品調理するかしこい調理法と言える。
陽があとわずかで沈みきる頃、夕食の時間となった。
薄暗い夕闇の中、焚き火の近くには身分が上の者達が席を占める。その他の者達は自分の夕食を持って各々好きな場所へと散った。
さりげなくマイカレッティの馬車には限られた人物しか近づけないように護衛が守っている。もちろん私は近寄らない。
私は全体が見渡せるやや火から離れた場所の石に腰掛けた。得体の知れない未知の場所で知らない人と長時間一緒にいて疲れたのだ。一人の時間が欲しかった。
受け取った夕食は、パンと芋とスープである。温かい食事は気持ちまで温かくしてくれる。私の知る料理との違いはなさそうに見える。有り難くいただくとしよう。
無漂白の小麦だかの穀物で作られたパンはくすんだ茶色をしている。砂糖やバターが入っていない素朴なパンだ。日持ちするように固く焼き締められている。どこかの街であらかじめ買っておいたものであろう。スープに浸して食べなければかみ切るのが大変だ。
ジャガイモに似た芋にはバターがのせられていた。
(このバター、おいしい)
原料の乳は牛ではないことは分かる。でも、濃くてチーズのようでありながらくどくない。温かい芋の上でバターが溶け、単純な料理なのに高級料理に勝るとも劣らない。
続けてベーコンの入ったスープをいただく。
(う、うーん?)
思わず椀に目がいってしまった。見た目とても食欲をそそるスープである。しかし、獣臭い……。私の手が止まってしまった。
ベーコンを見て、【鑑定】と呟く。
(出た-。豹豚肉!? 異世界なぞ肉!?)
豹ってパンサーだよね? 食べられるもの? 豚なら美味しいよね。どんな顔しているのか想像がつかないわ。
ええぃとばかりに私はベーコン一切れを口に入れ、かみしめた。
「うがぁあ、味は良いのに、匂いががぁ」
口を半開きで、噛んでいる途中のベーコンを口に残したまま、言葉が漏れた。
そのまま周りを見れば、皆、美味しく食べているようだった。お代わりをするために鍋の側に行くものもいる。
「嗅覚は異世界仕様に再構築されていないのか」
口に残ったベーコンを無理やり飲み込む。
少ない品数でありながら、高カロリーな食事となっている。美味しいバターと臭い油のせいだろう。野菜も多く入っている。旅の途中の食事としては上等のもののはず。
「うーん、使えそうなのあったよね。【アイテムボックスオープン】」
念のためカバンの中に手を入れて唱えたので、黒い穴はカバンの中に出て来た。
手で探ってお目当てのものを私は取りだしたのだった。