魔力を吸う賢い卵
王宮魔導士ライは錬金術師でもあった。
彼は私が持っていたシーツに錬成陣を使って、魔力遮断を付与した。そのシーツで卵を包んで持ち運べというのだ。確かにシーツ越しに触れるなら私の魔力が吸われることはなくなった。
でも卵に魔力を少量だけ吸わせるにはどうしたら良いのか。かなり怪訝そうな顔をした自覚はある。私を見たライもなんだこいつという様な顔をしていた。
ライは直接触らないようにシーツ越しに卵を持ち、目を合わせるように正面に座った。
「こいつミーチェの魔力はすげえ少ないんだ。お前はたくさん魔力が欲しいだろうが、欲しいだけ吸えばこいつは死ぬ。死んだらもう二度と吸えないぞ。だからこいつの魔力の味が好きなら、全部は吸うな。地面の中で魔素を集めることができなかったけど、さっきこいつで最低限腹は満たしたんだろ。もっと欲しいなら空気中の魔素を取り込むか俺の魔力で腹は満たせ」
いつになく真面目な顔でライは卵に言い聞かせている。
「へっ?! そんな言うだけでいいの?」
「ただ言っているだけじゃねぇ。ちゃんと魔力使って伝えている」
口をへの字にして、ライは威張った。
そのライの足元に向かって卵がゴロンと転がる。魔力をねだっているようだ。
「ふん、素直に俺の魔力を吸えば良いんだ。えり好みなんてするな。この世の中、自分から魔力を吸わせてやるなんて奴は少ないんだからな」
言葉とは裏腹に優しくライは卵に片手を当てた。
――ギュンと音が聞こえた気がする。直ぐさま卵はゴロンと離れた。
「思い切り吸っておきながら、嫌そうに離れるな! ……あー、気持ちわりい」
フラリとライは片膝をつくように座り込んだ。眉間にしわを寄せるように目を瞑っている。
「大丈夫? じゃないよね。ご苦労様。ありがとう」
私はライに近づいて、彼の頭を撫でた。
何だかんだで良い子じゃないの。
とんがっている子を温かい目で見るくらいの度量は持っている。こういう子は嫌いじゃない。
「俺、子供じゃないし。撫でんなよ。お前が謝る必要も無いし。だいたい何で魔力ないって奴が地面を平らにして、魔力を吸う卵を掘り出しているんだ」
「えーだから、スキルで」
「はぁ?! レアスキル持ちか。それも複数か。レア複数持ってる奴の魔力はうまいって話だよな。まあ、魔力に惹かれて集まる生き物なんて滅多にいないけど」
「えっ?」
初めて聞いたんですけど。私、美味しいの? 5バツ様そんなこと言ってなかったよね。
「避け玉で防げる?」
「さあ。空腹の度合いによるんじゃね。お前から離れようとしないこの卵は預ける。これが側にあるうちは他の魔力に惹かれるやつは寄って来ないと思うぜ。こいつなんだか変な魔力持っているからな。でも孵化したらこっちに引き渡せよ」
「うん、わかった」
それからどこに住んでいるのかライに聞かれた。『乙女の吐息』と言えば「あのばあさんのところか。だったら問題ないな」と言う。何が問題ないのか、私にはさっぱりわからない。おとめさん、すごく顔が広いのでライとも知り合いなのかもしれない。
「でも、ゆくゆくはここに住む予定だよ」
「面白い冗談だな」
「だから整地していたんだけど」
何言っているんだこいつ、という顔をしてライは私を見た。
若くても王宮魔導士のライはきっと高給取りだろうし、王宮に一部屋もらっているのかもしれない。こんな森の中に住もうとなんか思ったこともないのだろう。
私の言葉を信じるかどうかはライ次第だ。
それから帰り支度した私の姿はまるで行商人だった。卵を包み背負っているが、それほど重くないのが救いである。
ライに別れを告げて、私は『乙女の吐息』に歩いて帰るのだった。
「帰りました」
「おや、面白いお土産持っているね」
食堂のテーブルを拭いていたおとめさんが私の背を見て言ってきた。
「卵だけど、これ食用じゃないので。孵化させますけど、皆さんにご迷惑はかけませんから」
「当たり前だよ。……ほら早く夕食にしな」
部屋戻り、隅にシーツから出した卵を置いて、【浄化】したシーツはベッドに敷き直す。
それから私は手は当てず、卵の正面に顔を近づけた。
「卵ちゃん、私の魔力じゃ言葉が伝わるかわからないけど、ここ私の部屋なの。ここに置いて食事に行ってくるけど、ちゃんと戻ってくるから安心して待っていてね」
その晩の食事はマスタードソースのかかったジューシーな豚のような肉だった。辛すぎないマスタードと蕩けるような油がよく合っている。付け合わせはスプラウトのような野菜が山盛りだ。
疲れた体に肉は気分が上がってうれしい。若い体はタップリ肉を食べてももたれることもないし。ただただ美味しいだけだ。
満たされた私は卵に魔力を吸わせることにした。
「卵ちゃん、魔力吸うのは少しにしてね。その代わり回数増やすようにするから」
言ってから両手で直接卵を包む。今回は光らない。
何となくだるくなった私はベッドに転がると「おやすみなさい」と言って目を閉じたのだった。
◇◇◇
翌日から出かけるときには卵をシーツで包んで背負う私の姿が王都で見られるようになった。卵を放っておいてはいけない気がして出来るだけ側にいるようにしたのだ。
私を見ても「何だ?あれ」という視線を向ける人と見なかったことにする人が殆どだった。良いのか悪いのか声をかけて質問してくる人は滅多にいなかった。




