縁起の良い日は土地を買うのに向いている
気分良くスッキリと目が覚めた。
久しぶりの早起きだ。
寝ているのも勿体ないとばかりに私は早々部屋を出て、一階の食堂へと降りていった。
まだ他の客もいない。
窓の外を見れば入口の花壇に水やりをしている男性がいる。声を聞くことはあっても、なかなか会えないでいる『宿屋 乙女の吐息』の乙女チックオーナーではないか。
私は希少動物に会えたような感動で外へと飛び出した。
「おはようございますっ」
「ふむふむ、おはようございますですな。特別室のお嬢さん」
ニッコリ笑顔と共に挨拶が返された。
思わずジッとみつめてしまう。フサフサとした口ひげに大きな二重の瞳、赤いキャップを後ろ前に被っているその姿……似ているのだ彼に。
「直接お会いするのは初めてですね。お世話になっております。ミーチェ・モーリーです。あの、オーナーのことはなんて呼べばいいですか?」
「おや? 言っていなかったかね。わしのことはマリオと呼んでくれ」
「へ?! は、はぃっ。マリオですね。お名前、絶対に忘れません!」
まさかの本気でマリオだった……いやあ、リアルマリオが乙女チックキャラとはね。いや、ゲームの中での彼もなかなかの紳士だったわ。
(なんか朝から縁起がいい感じがするな)
ウキウキとしながら私はマリオと一緒に水やりをして、そのまま朝食を一緒に作って食べたのだった。気分が良くなって、つい巣蜜を出しちゃったのはご愛敬ってことでね。
お腹も膨れ、お金もあるので私のテンションは高い。誰だってそうなるでしょ。浮かれているのが自分でわかる。
スキップしながら口座を作るために商業ギルドへと向かう。そして口座を作ったら、そのまま土地購入の交渉だ。
凝った細工がされた商業ギルドの扉を開けると職員になぜか名前を聞かれた。そのまま前回と同じ衝立の奥のソファへと案内される。
(私のことを待っていた?)
そっと辺りをうかがいながら静かに待っているとモノクル眼鏡をかけたハウエルが現れた。
「こんにちは。モーリーさん。テニレール商会からすでに問い合わせがきています。今日は口座をつくりに来られたということでよろしいでしょうか?」
私に向かい丁寧なお辞儀をするその姿は、私に媚びるわけでなく、あくまで瞳は優しい。大事にされている感がハンパなく感じられる。単に大金を私が持っているからという態度ではない点で好感度は高い。
「口座もなんですけど、あわせて土地の購入もしたいです」
「了解いたしました」
ハウエルの眼鏡がキラッと光った気がする。やはり優しいだけではなく、出来る男のようだ。
そんな彼に私は、『若い割に大金を稼ぐ将来有望な採取師』と見込まれたようだった。
ソファで口座を作る書類をハウエルと一緒に作成する。書類がギルドに受理されると、銀色のまな板のようなもので身分証のプレートに口座コードが入力された。身分証に更に価値がついた。相変わらずの高性能不思議素材である。
もう一つの用件の土地購入は2階で行うらしい。女性職員が現れ、私を小部屋に案内した。
明るい色調で整えられた部屋だった。
(商談なんてしたことないんだけど)
ドキドキする私の前に、ハウエル自らティーセットとお茶菓子を持って現れた。
「どうぞ」
カモミールのような甘く優しい香りのハーブティが私の緊張を和らげる。ハウエルの心遣いがうれしい。
「こんなに早く再会するとは思っていなかったですよ。……げんこつ親分ハチの蜂蜜は私どものギルドに売ってもらいたかったですね」
(そこまで恨んではいないけど、甘くはないか)
そこそこの大金がからむのだ、商業ギルドや冒険者ギルドだって一枚からみたかったことは想像に難くない。でも今回は少しでも高く売りたかったからテニレール商会を頼ったのだから仕方ない。
見栄え良くラベルやリボンを施して付加価値を付けて、貴族相手にすることで高く売ることが出来る。ギルドではそこまで手をかけることはないだろう。私一人で全ての作業をして納品することになっていたかもしれない。それは無理だ。時間もかかる。
「少しでも早くこのあいだお聞きした土地を買いたかったもので」
「それでは仕方ありませんね。ぜひ、次回はよろしくお願いいたしますね。土地の販売は始まりましたが、予約された場所はちゃんと残してありますよ」
静かに微笑むハウエルからは大人の色気がボワッと溢れた。
(あぁ、この笑顔を見るためにギルドへ通う人がいそうだわ……いけないいけない、土地の話をしなければ)
「土地を見てきました。今回、口座に振り込まれるお金で土地の代金を払いたいと思います」
「承知いたしました。最も西壁よりの道に面した最低面積分の土地、金貨380枚。手数料込みでちょうど400枚いただきます」
「手数料、安くなりませんか?」
「すでに安くしてあるんですよ。将来有望な採取師さんへの先行投資です。なので商業ギルドを今後ぜひご贔屓にしてくださいませ」
細かい駆け引きは私には無理だ。
口座を作ったばかりなのに空っぽになるとは、苦笑いするしかない。
「分かりました。それでお願いします」
契約は成立した。
立派な証書が手渡された。
私は異世界で土地持ちとなったのだった。




