瓶詰めしたら
『宿屋 乙女の吐息』で美味しく朝食を食べていると、テニレール商会の使いの者が会いにやって来た。蜂蜜を入れる瓶が用意できたらしい。
「10時に商会へ行く」と伝えてくれるよう頼んで、私は残りの朝食を食べきった。
身支度をして、絶対に遅刻しないようにと足早にテニレール商会へ向かう。
時間厳守することが信用へと繋がるのは、きっとどこの世界も同じはずだ。
赤茶色のレンガの建物の前は今日も行き交う馬車や人が多い。私の蜂蜜もこの人達によって、この世界のあちこちに運ばれると思うとワクワクする。
「こんにちは」
今日は気後れすることもなく自分で扉を開けることが出来た。
待ち構えたようにシュタイン・ラスが直ぐさま現れた。オールバックに流された髪には櫛目がしっかりと入り、気合いが入っているようだ。
私は彼自らによって、奥の部屋へと案内された。応接セットのある部屋で、まずは紅茶でもてなされる。
深く香り高い紅茶が出されたことで、思った以上にテニレール商会で歓迎されていることに驚いた。
「いきなりの呼び出しに応えてくださり、ありがとうございます。なにぶん、早くとマイカレッティさまから指示されていまして。これがこの間の話を契約書としたものです。ご確認の上、サインをお願いします」
シュタイン・ラスの目の下にはうっすら隈が出来ている。早い仕事の裏にはそれなりの努力があったようだ。
異世界の文字はもちろん読めた。契約書はしっかり読んだ。
サインはもちろんこの国の言葉で書けるが、私はあえて日本語の漢字『森美千恵』でサインをした。何となく、これが自分のこだわりだと思ったのだ。
それから、作業部屋へと移動した。天井近くに明かり取り窓があるだけで、グルッと板張りの壁が取り囲んである部屋だった。
目の前の作業テーブルには見事に瓶が並んでいた。壮観である。
「200瓶でしたよね」
「すべて浄化してありますので、すぐに瓶詰めできますよ」
とてもいい笑顔をシュタイン・ラスは私に向けた。
私は瓶を手に取り確認する。小間物屋で買ったものより品が良いようで丈夫そうだが、やはりビミョウに大きさがそれぞれ違う。しかし大量生産では得られない味わいがあった。
(浄化してあって助かったわ。これ全部、煮沸消毒するの大変だもんね。かといって私の魔力量じゃ、この量の浄化なんて全く無理だったし。ほんと助かったわ)
瓶に雑巾、移すための漏斗、お玉……使いそうと思われるものがすべてテーブルにそろえられていた。
(ほとんど使わないけど)
「集中して詰めるので、私一人にさせてくださいね」
心残りがありそうなシュタイン・ラスを部屋から追い出して、作業を進める。
おそらく私の蜂蜜の詰め方は特殊だ。むやみに見せない方がいい。
前回同様、片手をアイテムボックスに入れて、残った手で瓶を握って、「蜂蜜移動」と唱える。前回より瓶は大きいし、数も多いので時間がかかる。アイテムボックスの付加能力なのか魔力を使わないで済むのはとても有り難かった。
「はぁ、疲れるわ。集中切れたわ。休憩、休憩」
黄金色の瓶はいくつも並んでいたが、まだまだ空の瓶の方が多い。
部屋の隅にあった長ソファに私は寝そべった。
―――コンコンコン
返事を返すと、美味しそうな匂いと共にワゴンを押してシュタイン・ラスとメイドが入室してきた。
慌ててソファに私はキチンと座り直す。
「フフ。楽にしてください。昼食をお持ちしましたので、お召し上がりください」
ソファの前のローテーブルにメイドが皿を並べ、配膳していく。
スモークされた鶏肉に、彩りの良い野菜のソテー、ジャガイモのような芋のポタージュにパンという見た目もバランスも良いものだった。
有り難くいただく。『乙女の吐息』の食事も美味しいが、さらに洗練された感じがする。
(この世界、ご飯が美味しくて良かったわ)
それにしてもどう考えてもテニレール商会の私への待遇がとても良い。不審に思うが、せっかく美味しい食事を用意してくれたのだから食べなければ勿体ない。
(監禁でもされるのでなければ、まあいいか)
満腹になった体で残った瓶詰めを再開した。
慣れたせいかペースも上がり、日が暮れる頃には200瓶すべてに蜂蜜を詰めることが出来た。
私の目の前でテニレール商会の職員がラベルを貼っていく。一つのものが完成する場に立ち会えることでこんなに充実感を味わえるとは思っていなかった。
――コンコンコン
――バンッ
赤茶色の髪を振り乱すようにしてマイカレッティが作業部屋に飛び込んできた。
「ミーチェ・モーリー、ひ、久しぶりね」
息を切らせつつも、上から目線で言葉をかける姿は以前と変わりなく、強気な姿は私にとって可愛らしいとしか思えなかった。どうやら私に会いたかったようだ。
「私、このげんこつ親分ハチの蜂蜜がとっても大好きなの。自らの手で今回取り扱うことが出来てとてもうれしく思うわ」
満ち足りた様子で瓶をうっとりとなでている。
ひとしきりなでた後、マイカレッティは職員に蜂蜜を作業部屋から搬出させた。
薄暗い部屋にはマイカレッティとシュタイン・ラスと私しか残っていない。
私を手招きしたマイカレッティは、作業テーブルの上に布袋を置いた。蜂蜜の代金である。
袋の中はキラキラ光っていた。金貨がたくさん光っていた。
「商業ギルドに口座を作るのでそこに入金してください」
私は身を守る方法の一つを述べた。いくらアイテムボックスを持っていても持って歩くのは危険でしょ。
でもこれでお金が手に入った。あの土地が手に入る。
私はマイホームゲットへの一歩を踏み出したのだった。




