神様とのご対面
空中で頭から地面に突っ込んだと考えて欲しい。
天地逆さま状態になれば、気持ち悪くなって当たり前だろう。
ましてアラフィフのおばちゃんの体である。平衡器官はかなり弱い。気を抜くと吐きそうだ。
真っ暗になったと思ったのに、真っ白い空間に居た。
頭から下に落ちたはずなのに、いつの間にか私は正座して座っている。1回転したのだろうか。
何がこれから起こるか分からない。吐いている暇はない。
私の目の前にはロン毛の美形がいる。なぜか髪の毛が紫色である。柔らかい布でできた浴衣のような白い服を着ている。いくら見目麗しくても、紫の髪は私の好みではない。
肘置き付きの大きな白い椅子に、頬づえをつきながら座り、ニコニコとして私を見つめている。不審者にしかみえない。
「大当たりー」
突然、どこぞの声優ばりの美声が目の前の男性から真っ白い空間に響き渡った。
私はいぶかしげな表情で首を傾げるしかない。
「ようこそ、私の世界との最強の縁を持つ人間よ。私の世界にちょっとした刺激を与えるべく選ばれた者よ。いやぁ、私の世界に来ても元の世界に不幸を出来るだけ与えないって条件は厳しくてね。待ちくたびれていたところだったよ。でも、こうして招くことが出来た」
「貴方、誰ですか? 私の世界って何の事ですか?」
死ぬかと思った状況から助かったのは分かったが、全く知らない場所へ連れて来られたようだった。私の世界とか元の世界とか……まるでこれから異世界に連れて行かれるようではないか。
「私は君が認識出来る言葉で言えば、神様ってやつさ。これから異世界って言えば良いかな。私の世界に君を連れて行くんだよ。君の世界の神様から承認は受けているからね。全ての世界は近いようで近くない。それぞれに刺激を与えるべく、たまぁに混ぜるんだ。人間をね。それによって文明が進化したり、新しい文化が生まれる。そして今回は君が選ばれた。」
「私は異世界に行っても良いなんて思っていません。やりたいこともやり残したこともまだあるんです」
紫の髪を持つ自称神様って奴の胸ぐらを掴んでやりたいところだったが、アラフィフのおばちゃんには出来ないと分かっている。精一杯の抗議を込めて睨むくらいしか出来なかった。
「私の世界の神様が承認したと言いますが、私はその神様に会ったことさえ無いんですよ。本人の知らないところで話を進めるってひどくないですか」
一生懸命訴えていると、目の前にボワンと白い煙が立ち上った。
煙が消えると一人の小太りでやたら耳たぶがデカいが、色っぽくて美形な男が立っている。やはり白い着物っぽい服を着ている。
私は一人、紺色のスカート長めのスーツを着ていて、色つきであることが居心地悪い。
いきなり目が会うや否や私の前で、その男はスライディング土下座をして見せた。
「君の残りの人生を失わせてしまい、申し訳ない。事後承諾となるが、今まで生きていた世界にはもう戻ることは出来ない」
両手を頭の上から地面に大きく振りかぶって、ハハーッと言う声が聞こえてきそうなお辞儀を私にしてきた。単なる人間に向かって神様のするものでは無いことくらい私にも分かる。
「……謝れば良いってものでは無いでしょ。神様ならお分かりかもしれないけど、いくら私が今日離婚して家族の縁を切った者としても、親子の縁や友人知人との縁を切った訳じゃないんですからね。それなりに生きて繋いできた縁ってものはあったんだから! 今後の人生設計だって建てていたのに! 貯めたお金を自分のために使うはずだったのに!」
叫びながら気持ちが高ぶり、私は滝のような涙を流していた。
反抗しながらも、神様に対峙しているせいか、気持ちを強く持たないと自分が消えてしまいそうになる。
「今まで以上の生活の保障くらいしてくれるんでしょうね」
アラフィフのおばちゃんのジト目がかわいくないことくらい知っているが、してしまう。
「チートって分かる? そのくらいの特典はこっちの神様に付けさせるよ。異世界に行くにあたって、今の体を元に新しい体を作るけど、ちょっとだけ素材が違うからその分体が小さくなって若くなるから。二度目の成長期ってやつだね。それでこいつの世界には魔法があるんだが、あー、こっちから行くと精神の認識構造の違いで魔法は使えないなぁ。あ、スキルって形で似たような事が出来るか。その手でいこう」
「おい、勝手に決めるな。スキルを勝手に無条件で付けられるほど、こっちの世界だって自由なわけじゃない」
私を差し置いて、紫の髪の神様と耳たぶの大きな神様が顔を付き合わせて、あーでもないこーでもないと話し始めてしまった。
「君はもう一度人生を始めるにあたって何がしたい?」
「自分の家を建てたい」
ポロッと言ってしまった。もっと高尚なことを言えばよかったとも思ったが、これが本音だ。
私は離婚で手に入れた慰謝料と貯めていた貯金で、小さくても良いからマイホームを手に入れるつもりだった。
どうやったのか耳たぶの大きな神様が私のカバンの中から通帳を取り出し、パラパラと数字を読んでいる。
「君の人生の頑張りが詰まった通帳だな。うん、これを元手にしてこっちの世界のスキルと交換しよう。それなら条件に当てはまるだろ」
「報酬の金額が記載されたのが通帳ってことだな。経験値の代わりと判断させてもらう」
貯金に励んでおいて良かったと私は思った。