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2章 3話 エマの想い

 昼休み、高校の食堂に、生徒がひしめき合っている。

 俺はその一角に陣取り、隣接している中庭を眺める。


 鳩が数羽いて、一斉に飛び立った。

 うまく飛ぶもんだ。


 ドラゴンは飛び方を忘れてしまったのだろうか?


 例えば、人間が足を怪我して、完治した後走り方を忘れるなんてことがあるのか?

 仮に飛び方を忘れたとしたら、俺は飛び方なんて分からないから、助言できない。

 自販機に行っていた翔が戻ってくる。


「鳥なんか見て、どうしたんだ? 俺も自由に空を飛びたいってか?」

「そんな詩人じゃねーよ」


 理緒がクラスメートたちと歩いている。

 翔がそれに気づき、声をかける。


「こっちに座れよ」


 内心、抵抗を覚えた。

 俺は昼休みに、女子と飯を食うようなリア充じゃない。

 席を立とうとすると、翔が腕を引っ張る。


「どこ行くんだよ」

「こういうの苦手なんだよ、分かるだろ」

「たまにはいいじゃん。昼飯食うだけだし」


 理緒たちがやって来た。


「何の話してるの?」

「恋が、女子と飯食える! ってテンション上がってたから、落ち着かせてたんだ」


 翔が調子よく答えると、


「へー、蓮城くんが……意外ね」


 理緒が目を丸くした。

 理緒の隣に女子が二人いて、その片方が尋ねてくる。


「私たちの名前分かる?」


 確か理緒が「おとは」「はるこ」と呼んでいた気がする。

 ゆるくウェーブがかかった髪で、のんびりしている方が「おとは」で、髪が長くて元気な方が「はるこ」だったような。

 今話しかけてきたのは「はるこ」だ。

 ただ二人とも、名字が分からない。

 必死に思い出そうとしていると、「はるこ」が、


「やっぱり覚えてないんだ。もう一ヶ月もクラスメートなのに、ひどいよ」

「悪い」

「蓮城くんってば真面目すぎだよ」


 「はるこ」が可笑しそうに笑った。


「理緒が名前で呼んでるの聞いてるから、下の名前は知ってるんだけど」


 言い訳がましく言うと、


「じゃあ、下の名前で呼んでよ。理緒のことは、理緒、って呼んでるし」


 「はるこ」が、「おとは」の肩を抱き、俺に言う。


「私のことは春子、こっちは音羽ね」

「いや、それは……」


 理緒の場合は、本人が「竜胆」っていう名字で呼ばれるのに抵抗がある、と言うから下の名前で呼んでいるのだ。


「えー、いいじゃん」


 音羽が春子を制す。


「無理強いは良くないよ」

「せっかく同じクラスになったんだし、仲良くしたいじゃん」

「それはそうだけど」


 俺は二人をなだめるように、


「分かった。二人のことは下の名前で呼ぶ。だから、仲良くしてくれ」


 俺のくだらない意地のせいで、二人が言い争うのは本意じゃない。

 女子たちが椅子に座ると、音羽が話しかけてきた。


「私、蓮城くんと話してみたかったんだよね」

「それは、どうも」

「蓮城くんって、影があるよね、悪い意味じゃなくて。なんか雰囲気あるっていうか」


 翔が口を挟む。


「恋は詩人なんだよ。さっきも鳥を見ながら、空を飛びたいって言ってたし」

「言ってねーよ!」

「蓮城くんっておもしろいんだね」


 くすくす笑う音羽の向こうに、愛砂の姿が見えた。

 理緒が急に立ち上がり、愛砂の方へ行く。


「今皆でお昼食べてるんだけど、雨宮さんも一緒にどう?」


 愛砂が俺たちをぐるっと見渡した。

 一瞬、目が合い、俺は慌てて目を逸らす。

 俺だけ楽しそうにしていていいのだろうかという、罪悪感が湧き上がってくる。


「私はいいわ」


 愛砂は短く答え、すぐに立ち去ろうとする。


「待ってよ。もうお昼食べたの?」

「まだだけど」

「じゃあ、いいじゃない。私たちもこれからなの。もしかして、もう先約があるの?」

「ないわ」

「じゃあ一緒に食べようよ。一人より大勢で食べた方が楽しいじゃない」

「私はそうは思わないから」


 帰ってきた理緒に、春子が言う。


「雨宮さんは無理だよ。もういい加減諦めなって」

「春子も協力してよ。あんた誰にでも話しかけられるタイプでしょ?」

「そうだけど、雨宮さんはちょっと特別かな。たぶん、本当に騒がしいのが嫌なんだよ」


 春子の意見に、音羽が同調する。


「そうだね。一人の方が好きな人もいるよね」


 騒がしいのが苦手な人もいる。

 あるいは、一人の方が好きな人もいる。

 そうかも知れないし、そうじゃないかも知れない。

 結局のところ、愛砂が何を望んでいるのかは、愛砂にしか分からない。




 ボロボロの小屋の傍で、エマがドラゴンの前に立っている。


「体洗ってあげるね」


 桶に水を汲み、ブラシでドラゴンの硬そうな皮膚を洗い始めた。

 ドラゴンはやめろと言いながら、本気では抵抗しない。


「今日は、レーちゃんに服を作ってきたよ」


 過保護過ぎるだろ。


 ドラゴンはエマを背中に乗せて、走り出した。

 もう怪我は完治しているし、じっとしていると体が鈍るということで、こうして運動している。

 エマを乗せる必要はないが、重りがあった方が効率的だとか苦しい言い訳をしていた。

 単純に、エマを乗せたいだけだと思う。


 アイサが、走るドラゴンを眺めながら、


「私も乗ってみたいな」

「あいつはエマ以外乗せないだろ」


 走り終えたドラゴンが戻ってくると、


「なんだ。お前らまだいたのか?」

「よっぽど人間が嫌いなようだな」

「嫌いに決まってるだろ」


 厚意を押し付けるようで嫌だが、怪我の手当てを施した俺たちにも、敵愾心を向けてくるのだから、相当な人間嫌いなのだろう。


「俺たち家族は山奥で、静かに暮らしていたのに、お前らがそれをぶち壊したんだ。父さんと母さんは、ハンターどもから俺を守ろうとしてくれたけど、結局俺はやつらに捕まっちまった。荷馬車に乗せられて、この街に連れて来られたところを最後の力を振り絞って逃げ出したんだ」

「人間からすればドラゴンは危険な存在だし、言いたくはないけど、ギルドのドラゴン討伐のクエストは、そんなにおかしなことじゃないだろ」


 アダムは冷静な口調で、


「いえ、今回の場合、彼の怒りはもっともです。討伐の対象となるモンスターは、人間に危害を加える個体だけです。ここにいる彼と彼の家族は、山奥で静かに暮らしていたのですよ?」

「クエストじゃない?」


 アダムの言う通りだ。

 こいつが捕獲される理由なんてない。


「それじゃ、どうしてこいつは捕まえられたんだ?」

「密猟、ということになりますね。罪のないモンスターたちを捕らえ、裏のルートで売り捌いているのでしょう」


 俺とアイサとエマは、言葉を失った。

 どこの世界にでも、悪いやつっていうのはいるもんなんだな。


 その後も、ドラゴンは相変わらず飛べないままだった。

 アイサたちは日が昇っている間、毎日トライしているようだが、結果は変わらない。

 学校が終わってから異世界へ来る俺は、アイサと夕食を食べながら、その話を聞く。


「このままだと、どうなるんだろうな」


 ある日の帰り道、俺がふと零すと、アダムがお得意の冷静さで、


「ずっとあの小屋で隠し続けるのは難しいでしょう」

「そうだよな」


 小屋が郊外にあるおかげで、誰にも見つからずいるが、それも時間の問題だろう。

 しかも、あのドラゴンはまだ子供だから、これからどんどん大きくなる。

 そうなれば、ますます隠しにくくなる。


「俺たちであいつを、あいつの両親のとこまで運ぶか」

「おすすめできませんね。危険過ぎます。ドラゴンが生息するようなエリアは、ハンターでなければ立ち入るべきではありません」

「ハンターでなければ……ショウとか頼まれてくれないかな」


 ショウならたぶん、あのドラゴンを俺たちと一緒に運んでくれると思う。

 だけど――。


 ドラゴンをあいつの両親の元へ届けられるかも知れないのに、ここにいる誰一人表情が晴れない。

 おそらく、同じことを考えている。

 両親の元へ帰れたとしても、あいつはもう、野生では生き残れないだろう。


 エマが俯き加減で呟く。


「レーちゃんは、もう飛べないのかな」

「そんなことない! きっと大丈夫だよ。元気を出して」


 アイサはアダムを掴んで、エマに押し付けた。

 エマはアダムの顔をじっと見ていたが、ゆっくり抱き締めた。


「もふもふ……」

「何か良い方法があったらいいんだけどな」


 そう言った俺の隣で、エマがおもむろに口を開いた。


「レーちゃんが飛べない理由なんですけど」

「心当たりがあるのか?」

「心当たりっていうほどじゃないですけど、悪いハンターの人たちのせいじゃないでしょうか。飛ぼうとすれば、嫌でも翼を傷つけられたときのことを思い出すはずですから」


 そうだとしても、どうすればその恐怖を払拭できるのか、分からない。

 アダムがエマの腕の中で、


「ファームに引き渡すことも、考えないといけないかも知れません。竜車のドラゴンは飛行しなくていいですし、生きていくことはできます。問題は本人がそれを良しとするかどうか、ですね」


 俺はエマを送っていくため、アイサとアダムと別れる。

 エマと並んで歩いていると、唐突に、


「どうしても、レーちゃんを飛べるようにしたいんです」

「俺もそれがベストだとは思うけど」

「私、ずっと学校の勉強がうまくいっていなくて、便利屋さんに行く前から、レーちゃんに話を聞いてもらってたんです。誰にも言えないことも、レーちゃんには話せました。それで、随分気が楽になって。今度は私が、レーちゃんを助けたいんです」

「俺たちは、エマの味方だから。一緒にがんばろう」


 俺の根拠のない言葉に、エマは笑顔で頷いてくれた。

 アイサの家に戻り、気になっていたことを聞いてみた。


「騒がしいのが苦手だったり、一人の方が好きだったりする人っていると思うか?」


 アイサは黙考した後、


「いると思うよ。私もどちらかと言えば、静かに過ごしたいな」

「そうか」


 アイサは「だけど、」と言った。


「ずっと一人で平気っていう人は、いないんじゃないかな。私だったら、絶対無理だと思う。お父さんとお母さん、アダムにリオとショウ、それにもちろんレンがいるから、寂しくないんだよ」

何かのご縁で、この小説を読んでくださったあなた、ありがとうございます。

また、お会いできることを祈っています。

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