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最終章 最終話 恋と愛砂

 ゆっくりと目を開けると、自宅のベッドの上だった。

 ようやく、帰ってこられたのだ。


 体に痛みもなく、自由に動かせる。

 辺りを見回す。


 俺の部屋は相変わらずだったが、〈シェヘラザード〉がない。

 いつもは必ず近くにあった。

 次の物語を探しに行ったのだろう。


 もっとも俺の物語は、まだ終わっていない。

 愛砂に会いに行こう。

 日付と時刻を確認する。

 今日だけは、どこにいるか分かる。


 外着に着替え、靴に足を滑り込ませた。

 外に出ると、盛夏の太陽は容赦なく、地上のあらゆるものを炙っていた。


 最寄りの駅から電車に乗り、在来線と私鉄に乗り換える。

 夏祭りのときと同じルート。

 一時間ほどで、地元へ戻ってきた。

 さらにバスに揺られ、ようやく目的地に到着した。


 時計台市霊園。

 時計台市が管理、運営している公営霊園だ。

 広大で、大きな駐車場も設けている。

 入り口から、緩やかな上り坂を歩いていく。

 墓石が整然と並び、静謐な空気の中に、奇妙な緊張感が漂う。


 愛砂の姿を見つけた。


 八月十五日。


 毎年愛砂は必ず、墓参りをする。

 母親の墓の前で、しゃがんで、神妙に手を合わせている。

 祈りを捧げる、敬虔な教徒のように。


 静かに近寄ると、愛砂が目を開け、ゆっくりと立ち上がった。

 俺に気付いた愛砂が、じっと視線を向けてくる。


 俺はしっかりと見つめ返した。


「少しだけ、話を聞いてくれないか」


 愛砂が拒否しないのを確認してから、話し始める。


「杏さんが亡くなったとき、塞ぎ込んでいる雨宮に、どう接すればいいのか分からなかった。ただ、遠くから見るだけしかできなかった。だから、俺たちが疎遠になったのは、俺のせいだ。あのときの雨宮は、自分のことで精一杯だったはずだ。俺が何とかしなきゃいけなかった」


 一言一言、整理しながら口を動かす。


「雨宮は他人を遠ざけるようになった。大切なものを失くしたくない、って。大きなお世話だって言われるだろうけど、本当は一人でいるのが辛いんじゃないかと思った。無理をしてるんじゃないかと。だから、雨宮がクラスの皆と仲良くなって、少しずつでも心を開いてくれたらいいなって思ったんだ。だけど、途中で気づいたんだよ。俺はお前を助け直そうとしてるだけなんだって。俺は雨宮のためじゃなくて、自分のために、雨宮を助けようとしてた。このあいだ、あの頃に戻れたらいいのに、って言っただろ。俺もそう思ってたんだ。やり直せたらって」


 でも、あの頃に戻ることはできない。

 昔の愛砂は、この世界には存在しない。


 ――彼女は、俺の思い出の中にしかいない。


 そんなことは当たり前で、どうでもいいことだ。

 今目の前にいる愛砂こそが愛砂で、それが現実だ。


「俺は過去のことばかり考えて、後悔して、前に進もうとしなかった。ここ数ヶ月、いろいろなことがあって、それじゃダメだと思った。今まで本当にごめん」


 俺は誠心誠意、頭を下げた。

 愛砂は首を横に振った。


「謝らなくていいわ。当時は、あなたもまだほんの子供で、全てを受け止めるのは難しかったと思う。だから、あなたのせいじゃない」

「許してくれるのか?」

「許すも何も、初めから責めるつもりなんてなかった」

「でも、あなたとだけは付き合わない、って言ってただろ。あれって、俺に対して嫌悪感があるって意味じゃないのか」


 明け透けに尋ねると、愛砂は何故か頬を上気させ、


「大切な人を失くしたくないから、そう言ったのよ」


 大切な人を失くしたくないから、あなたとだけは付き合わない。

 そういうことか。


 愛砂は、俺を最も失いたくないと思ってくれているのか。

 俺はあのとき、愛砂は俺のことをまだ許していないと思った。


 しかし、それは俺の勘違いだった。

 愛砂なりに、気持ちを伝えようとしてくれていたのだ。

 愛砂が雨宮家の墓石を見やった。


「お母さんは良い母であろうとしていた。私はそんなことを望んでいなかった。ただ傍にいてくれれば良かったのに」


 杏さんだけに、発した言葉だろうか。

 何もできず、ただ離れた場所から見ていた俺にも、それを望んでいたんじゃないだろうか。


 そうか。

 夢の中の愛砂は、「ずっと一緒にいて」と言っていたのか。


 アイサは俺のために戦ってくれた。

 魔術を使えない俺は、ただの足手まといで、最後まで守られていた。

 それはもう終わりだ。


 ここが俺の戦場で、これが俺の戦いだ。

 俺は愛砂に言った。


「雨宮。俺、雨宮のことが――」


 俺は、この世界で生きていく。

 自分で選択し、多くの人々に助けられ、こうして前へ進んでいける。

 いつか世界が荒廃して、終末を迎えると分かっていても、毎日を真剣に、楽しみながら過ごしいきたい。


 俺たちは、断片的な情報を張り合わせて、この世界をイメージしている。

 だから、俺の頭の中の「世界」は、とても曖昧で、小さくて、陳腐だ。

 俺が出会っていない、美しいものも、そうでないものも、まだまだたくさんある。


 例えば、可愛い彼女のわがままに振り回されることが、これほど幸せなことだと、俺は今まで知らなかった。

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