最終章 6話 空中戦
レッドドラゴンの首に付けられたロープを掴む。
ドラゴンは大きな翼を羽ばたかせ、どんどん浮上していく。
眼下には、この世界の町並みが広がっている。
まるでジオラマのようだ。
さっきまで俺たちがいたところから、竜車が走り出した。
ショウとリオだろう。
しばらくすると、頭痛がひどくなり始めた。
金槌で叩かれているような痛みが、一定のリズムで訪れる。
全身に蓄積された疲労と倦怠感が伝播し、体が鉛のように重い。
体温が下がっているのが分かる。
アイサが俺の顔を覗き込む。
「レン、顔色がすごく悪いよ。ちょっと眠る?」
「いや、こんなときに休むわけには」
俺はアイサに頭を下げる。
「こんなことなっちまって、ごめん」
「レンが謝ることないよ」
「俺がもし、諦めるって言ったら、それで済むのに」
アイサが俺の目をじっと見た。
「そんなこと言わないで。それに私は便利屋として、レンを笑って送り出さないといけないから」
そのとき背後から、二頭のドラゴンが追ってくるのが視界に入った。
レッドドラゴンと同じくらいの大きさ。
ドラゴンの背には白衣の魔術師が乗っている。
魔術師たちがさっきと同じ、魔術の疾風を放つ。
俺たちはほとんど身動きが取れない。
レッドドラゴンが叫ぶ。
「二人とも、しっかり捕まってろ!」
咄嗟に体を傾け、疾風の刃を回避した。
レッドドラゴンは蛇行しながら、攻撃をかわしていく。
蛇行する分、当然追手との距離は縮まっていく。
アイサが炎球を撃つが、横に逸れていった。
敵の攻撃はこちらをかすめていくのに対し、アイサは的中する感じがしない。
飛行するドラゴンの上から、敵に魔術を的中させるのは難しい。
アイサはそもそも戦闘向きの性格じゃないし、一方相手は、カルト的な魔術結社の構成員だ。
敵のドラゴンは、すぐ傍まで迫っている。
この距離では、次の攻撃は流石に躱しきれないだろう。
レッドドラゴンが突然、急激に高度を上げた。
俺たちは慌てて、ロープを握り直す。
ドラゴンは直上に上昇し、そして宙返りした。
天と地が、その瞬間逆さまになる。
一瞬、重力から解放され、体が宙に浮く。
天地が元に戻ると、一頭の敵のドラゴンの尾が、目の前にあった。
レッドドラゴンが、口から火炎を吐いた。
敵のドラゴンの片翼が、炎に包まれる。左右のバランスを崩し、落下していった。
もう一頭が、横から俺たちに向かって突進してくる。
レッドドラゴンは、今度は急降下した。
下には森林が広がり、どんどん近づいていく。
敵のドラゴンも追ってくる。
高度は下がり続け、すぐ先に一本だけ、背の高い大木がそびえている。
このままでは、正面衝突してしまう。
レッドドラゴンが、速度を上げる。
敵のドラゴンも離されまいと、スピードを出した。
巨木が眼前に迫る。
ダメだ、ぶつかる!
レッドドラゴンが胴体を左に九十度傾け、間一髪のところで回避した。
後方で大きな音がする。敵のドラゴンが巨木に衝突していた。
レッドドラゴンは意図して、これを誘ったようだ。
しかし、こちらもトップスピードで急角度に傾けたため、体が大きく振られる。
俺とアイサは必死にしがみつくようにして、ロープを握る。
だが、俺は思うように手に力が入らず、空中に放り出された。
アイサに向かって手を伸ばす。
アイサも俺に手を差し伸べている。
「レン!」
その手を掴もうとするが、お互いの腕は空を切った。
俺の体は重力に従い、下に落ちていく。
ヤバイ、死ぬ。
レッドドラゴンが旋回し、俺の元へ来ようとしてくれているが、到底間に合わない。
高度を下げていたせいで、地上までが近くなっているのだ。
視界には、木々の緑と、地面の茶、そして水の青が見えた。
次の瞬間、俺は水中に放り込まれた。
全身に強い衝撃が走る。
どうやら大きな川のようだ。
〈順応〉はまだ機能しているらしく、呼吸はできるが、体はまったく動かず、水の底に沈んでいく。
アイサが来てくれたとしても、あいつは泳げないし、そもそもこのまま流されていけば、見つけてもらうのも難しいだろう。
水面が、どんどん遠くなっていく。
「アイサ……」
突然、体がぐっと浮き上がった。
俺を持ち上げてくれているのは、バニラだった。
バニラは俺を抱え、岸まで泳いでくれた。
「助かったよ。でも、何でバニラがこんなところに?」
「アイサのお母さんから連絡をもらったんだよ」
バニラにも協力を求めたのか。
いや、それでも俺がここに落ちたのは、不慮の出来事だ。
予測できるはずがない。
「さすがに、この川に落ちるとは聞いてないだろ」
「ここにレンとアイサが来るって聞いてたよ。私は二人が到着するまで、この川で水浴びしてたの」
バニラの言う「ここ」が、アンズさんの指定した安全な場所なのだろう。
「ここって、どこなんだ?」
「エルフの里だよ。この川はエルフの里の裏手に流れてるんだ」
ドラゴンの目的地は、エルフの里だったのか。
逃走しているうちに、近くまで来ていたのだ。
間もなく、アイサとドラゴンが追いついた。
「レン、大丈夫?」
「なんとかな」
「良かった。バニラが助けてくれたの?」
バニラが頷き、
「皆のところへ行こう」




