最終章 4話 魔術結社<ケイオス>
「誰だ?」
少年は、慇懃に会釈した。
「はじめまして。〈ケイオス〉という魔術結社のリーダーのウィル・ウォールと申します」
「〈ケイオス〉?」
俺の問いに、アイサが答えた。
「有名な魔術結社だよ」
ウィルと名乗った少年は、滑らかに唇を動かす。
「我々は日夜、我々に有益な魔術の研究や調査を行っています。単刀直入に言いますと、〈ケイオス〉は、〈シェヘラザード〉とあなたに興味があります」
〈シェヘラザード〉のことは、一部の人にしか話していない。
アイサとアダム、それとレイジさんとアンズさん、後は未古神か。
ウィルは余裕を漂わせて、俺を見た。
「どうして知っているんだ、という顔ですね。〈シェヘラザード〉が発動時に放つ、異様な魔力のおかげですよ。何者かが魔術によって、巧妙に隠そうとしていたようですけどね。それだけ〈シェヘラザード〉の魔力が強大だということでしょう」
一呼吸置き、
「我々はその魔力を調査し、ようやくあなたに辿り着いた。あれは確か、この街の祭りの日です。あなたを見つけたときという報告を受けたときは、興奮しました。大陸の端から、飛んできましたよ」
看板娘コンテストの日から感じていた視線は、未古神のものだと思っていたが、どうやら見当違いだったようだ。
「俺は現代へ帰る。だから、お前たちの希望には沿えない」
俺が断言すると、ウィルは困ったように、眉根を寄せた。
「そうですか。残念です。手荒な真似はしたくなかったのですが、止むを得ませんね」
レイジさんが言っていた。
〈シェヘラザード〉は、貴重で、珍しい魔道具。
だから、魔術結社に知られれば接触してくるだろう、と。
そして、魔術結社とは、ある理念と思想を信仰して、魔術の研究をする集団のこと。
そういう組織は、帝国内にいくつも存在している。
善性のものも、悪性のものも。
こいつらは、おそらく「悪性」なのだろう。
ウィルの体から、魔力が放出される。
「この家はすでに、包囲されています。我々と一緒に来ていただきますよ」
そのとき、未古神が部屋に入ってきた。
「それは困るな」
その手には、〈シェヘラザード〉がある。
「あなたは?」
「私は〈シェヘラザード〉の守護者だ」
「我々の他にも〈シェヘラザード〉と彼を監視している者がいると聞いていましたが、別の結社ではなかったのですね。あなたも同行願えますか」
「そういうわけにはいかない。そして、〈シェヘラザード〉は渡さない」
強烈な光が発生した。未古神に手を引かれる。
「蓮城くん、アイサ、走るよ」
俺たちは、部屋から飛び出した。
「今、何したんだ?」
「ただの目眩ましだよ。すぐに追ってくるだろう」
事務所にいたアダムを小脇に抱え、そのまま外に出た。
アダムは真ん丸の目をぱちぱちと瞬かせ、
「何事ですか?」
「緊急事態だ。〈ケイオス〉っていう魔術結社が、〈シェヘラザード〉を奪いに来た」
事務所のすぐ外に、何人もの白衣を着た男たちがいる。
おそらく、〈ケイオス〉の構成員だ。
白衣は、こいつらの正装みたいなものなのだろう。
男たちが、こちらに向かって手をかざすと、疾風の刃が飛来してきた。
魔術だ。
俺は何とか回避したが、その一つがアイサに襲いかかる。
「アイサ!」
咄嗟にアイサをかばう。
「ぐっ……」
俺の右手に、魔術の疾風が直撃した。激痛が走る。
強い痺れを感じ、手を閉じたり開いたりしてみるが、思うように力が入らない。
「大丈夫? ごめん、私のせいで」
アイサが心配そうにするので、
「気にするな。問題ない」
言葉とは裏腹に、額から冷や汗が出てくる。
白衣の魔術師たちが、また魔術を使おうとしている。
突然、未古神の周りに、無数の光の球が浮遊する。
「アミュレット・レイ!」
すると、その光の球が奔流となって伸びていった。
敵の魔術師を一蹴する。
もしかしたらと思っていたが、やはり未古神も魔術師だったか。
「おいおい、すげぇな」
俺が感嘆の声を漏らすと、未古神は何でもないように、
「たいしたことはない。それよりこれからどうするか、考える必要がある」
逃走しながら、未古神は言う。
「〈ケイオス〉と言えば、悪名高い魔術結社だ。真面目な話、〈シェヘラザード〉と君を両方守り切るのは難しい。ましてや、君が〈シェヘラザード〉に手記を綴る時間を稼ぐことなどできそうもない。どちらか選ばなければならい状況になれば、私は〈シェヘラザード〉を選ぶ」
未古神は〈シェヘラザード〉の守護者なのだから、それは当然だ。
「自警団とか帝国軍に、助けてもらうのはどうだ?」
「それは難しいだろう。自警団にしろ、帝国軍にしろ、出動には明確な理由が必要だ。つまり、〈シェヘラザード〉について一切を話さなくてはならない」
「そんなの適当に誤魔化せないのか。悪いやつらに追われてます、みたいな」
「よく考えたまえ。それは可能かも知れないが、仮に出動要請すれば、私たちは保護対象になる。〈シェヘラザード〉は押収され、君は素性を調べられるだろう。無論、私もね」
逃げるしかないってことか。
「ごほっ、ごほっ……」
体調が悪い中、走り回っているせいで、急激に苦しくなってきた。
「レン、大丈夫?」
「大丈夫だ」
アイサが声をかけてくれるが、元気に振る舞う余裕がない。
とても走り続けられる体力は、残っていない。
未古神が叫ぶ。
「二人とも、追手が来たぞ」
後方から、白衣の魔術師が追ってくる。
未古神は分からないが、アイサは普通の女の子並みの身体能力だし、俺の体は衰弱していっている。
捕まるのは、時間の問題だ。前方に白衣の男たちが現れた。
未古神が顔をしかめる。
「どうやら挟撃されたようだね」
俺たちは立ち止まった。
辺りを見回すと、いつの間にか完全に包囲されていた。
「ちくしょうっ……」
魔術師たちが、にじり寄ってくる。八方塞がり、万事休すか。
人家の屋根の上から、声が降ってきた。
「間に合ったようね」
見上げると、アンズさんがいた。




