5章 2話 優勝候補
俺たちは繁華街に来ていた。
〈キャット・イヤー〉からの帰り道、アイサに尋ねた。
「コンテストの準備って、具体的には何をすればいいんだ?」
「一番大事なのは、パフォーマンスを決めることかな。自己紹介の後、それぞれパフォーマンスをするんだけど、その出来が投票にすごく影響するから。与えられる時間は決まってないけど、あんまり長いと途中で止められたりするんだよ。それと、衣装も決めないと。やっぱり目立って、それでいて、便利屋をアピールできるのがいいよね」
それじゃ、とりあえず今度の休み、衣装を選びに行こうかということになったのだ。
この辺りは、エルフの二人と来て以来だ。
目についた洋服屋に、片端から入っていく。
アイサは、棚の端から端まで、順番にチェックする。
異世界の衣服の素材は、基本的には羽毛と麻だ。
合成繊維は存在せず、綿や絹は一部の上流階級しか、手に入れられないようだ。
棚に並ぶ衣服は、作りも極めて簡素で、色味がない。
商品が画一的なのは、庶民がファッションを楽しむ、という文化がないからだろう。
だから、ビジネスとしては発展しにくい。
どれも労働者のための作業着のような服ばかりで、コンテストに相応しいものがない。
「この店はどうだ? 良いのがありそうか?」
俺が聞くと、アイサは困ったように眉を寄せ、
「いろいろなお店を回ってみようか」
立派な建物の中に、美しいドレスが並んでいる。
生地はビロード。リボンやフリルなど、とにかく装飾が多い。
肩と胸の部分の露出が多く、裾が大きく広がっていて、腰に厳ついコルセットがある。
「ドレスはどうだ?」
「こんなの、私には似合わないよ」
「そんなことないと思うけどな」
アイサは首を振り、
「それにいくらなんでも高すぎるし」
値札を見ると、さっきの店とはまさに桁違いだった。
ここは、庶民が来るような店ではないようだ。
その後何軒か回ったが、コンテストで着られて、かつ買えそうな衣装が、なかなか見つからない。
やはり、選択肢が少ないのが問題だ。
俺はある提案をする。
「気に入るのが無かったら、作るしかないな。アイサ、裁縫とかできる?」
仮に作るとなったら、雑貨屋に行って、生地を買わないといけない。
「ん~。簡単なものならできるけど、さすがに服を作ったりはできないな」
そもそもどういう衣装が良いのだろう?
目立つもの。そして、便利屋らしさを伝えられるもの。
う~ん、考えれば考えるほど難しい。
「よう、お二人さん」
突然声を掛けられ、振り向くと、ショウが手を振ってこちらにやって来る。
「アイサ、看板娘コンテストに出るらしいな。リオから聞いたぜ」
「お店の宣伝になればいいなって」
「そんなこと言って、本当はレンに良いところ見せようと思ったんじゃないのか」
ショウが茶化すと、アイサの顔がまたたく間に紅潮した。
「ち、違うよ! 何言ってるの!」
ふいにアイサと目が合う。アイサは慌てて視線を逸らした。
え? 何、その反応。
アイサの顔を覗き込もうとすると、俺から逃げるように体を翻した。
……かわいい。
愛砂は絶対にしない行動だ。
愛砂が杏さんを失わずに成長すれば、こんな反応をするような女の子になっていたのかも知れない。
ショウはひとしきりアイサをからかうと、
「とにかく頑張れよ。優勝しようもんなら、親父さんたちを超えられるかも知れないぞ」
「看板娘コンテストって、そんな影響力があるのか?」
俺が聞くと、ショウがうきうきした様子で、
「レンは帝国の外から来たから、知らないと思うけど、年に一度の祭典みたいなもんなんだよ。街全体が活気に溢れて、皆浮足出すんだ。当日は街中の店が閉店中の札を下げ、市場からは人が消える。コンテストの日が近づくにつれ、分かってくると思うぜ」
娯楽が少ないこの世界で、こういうイベントは否応なく気合が入るか。
ショウは嬉々とした表情で、
「綺麗で可愛い女の子が、着飾って次々に現れる。俺たち男にとって、こんな素晴らしいことが他にあるか? そして、コンテストの優勝者は、まさに時の人。数多の男たちに言い寄られる」
アイサがもしも優勝したら、街中の男たちからアプローチされるのか。
……喉に小骨が引っかかっている気分だ。
要は、面白くない。
通りの向こうの方が、ざわついている。一人の女性が歩いてくる。
妖艶な雰囲気で、目が離せなくなるほどの絶世の美女。
仕立ての良いドレスを見事に着こなし、色気を振りまいている。
男たちの視線は、その女性に釘付けだ。
ショウが教えてくれる。
「今年の優勝候補のリリアーヌさんだよ。〈ナイトメア・パラダイス〉っていうバーの一番人気らしい。リリアーヌさんは、サキュバスなんだぜ」
「サキュバス? そんなのに出られたら、誰も勝てないんじゃないのか」
「もちろん、サキュバスの能力の〈チャーム〉は使用禁止だ。〈チャーム〉は相手に精神干渉して、強制的に好意を植え付けられるからな。使った時点で即失格。それはコンテストに限ったことじゃなく、店の営業でも取り締まられてるけどな」
リリアーヌさんが何故か近づいてきて、アイサの前で立ち止まった。
「あなた、今度のコンテストにエントリーしている子でしょ? 確か、便利屋さんだっけ? そこのアイサちゃん。はじめまして、リリアーヌです」
「はい。はじめまして」
リリアーヌさんが握手を求め、アイサがそれに応じた。
リリアーヌさんが俺を見て、
「君はアイサちゃんのボーイフレンド?」
「いえ、二代目便利屋を手伝っている者ですけど」
「そうなの。なかなか可愛いわね。良かったら今度、お店に遊びに来て」
そう言って、リリアーヌさんが俺に笑いかけた。
アイサが愕然とし、壊れたオーディオのように、
「えっ、えっ――」
ショウは俺にヘッドロックをかけ、
「レン! お前ずるいぞ!」
その様子を見て、リリアーヌさんは、可笑しそうに微笑み、
「お互いがんばりましょう」
と言い残し、人混みに消えていった。
結局この後、気に入った衣装は見つからず、問題は持ち越しとなった。




