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5章 1話 看板娘コンテスト

 追試の出来は、勉強の甲斐があり、まずまずだった。

 平均点には届かないが、どの教科も赤点は免れた。

 勉強会のおかげか、翔も春子も俺と同じように、補習を受けなくて済みそうだ。


 期末テストという山場を乗り切り、消化試合のような授業が連日続く。

 後は夏休みを迎えるだけという状態で、クラスの雰囲気は弛緩しきっている。


 昼休み、食堂でだらだらしていると、翔が呟いた。


「あー、カノジョほしいー」

「そうだな」

「もうすぐ夏休みだしさ、ずっと男だけで遊ぶなんてむさ苦しすぎるぜ」


 夏休みを前に、この手の話題が増えた気がする。

 まるで発車前の電車に駆け込むように、学生たちは慌てて恋人を探している。

 翔がある方向を見て、


「パンツ見えそう」

「どこ?」


 視線を追うと、食堂と隣接している中庭の中央で、女子グループがはしゃぎながら追いかけっこをしている。

 短いスカートがひらひらと泳ぎ、一瞬手前の子のスカートが無重力になった。


 翔が言う。


「白だったな」

「あぁ、白だった」


 世界は、平和だった。

 上空の雲はゆっくりと流れ、中庭の芝生は静かにそよいでいる。


 昔のテレビ番組で、地球滅亡の予言が取り上げられ、世の中を賑わわせていたそうだ。

 でも、結局地球は滅亡していなし、俺たちは今こうして生きている。

 この時間が、永遠に続くような錯覚に陥る。


 翔が俺の腕を軽く叩き、


「恋、あれ見てみろ」

「またパンツか?」

「そうじゃねーって。雨宮がいるんだよ」


 顔を向けると、中庭の端に、雨宮が男と一緒にいるのが見える。


「男の方は誰だ?」

「池内だな。一年で、サッカー部の次期エース候補だ。イケメン様で、モテモテだよ」


 男の方が、ずっと喋っている。翔が続けて、


「池内が雨宮に告白ねー」

「そんなの分からないだろ」

「じゃあ、何の話をしてると思うんだ?」

「今日制服の下パジャマのままなんだー、あー、分かる、私もよくやっちゃうのよねー、みたいな感じだろ」

「お前それ、本気で言ってんのか」


 本気じゃねーよ、バカ野郎。

 愛砂は客観的に見ても美人だし、男から告白されても不思議じゃない。

 たぶん俺が知らないだけで、今までもこういうことがあったに違いない。


 愛砂は大切なものを失いたくないと言っていたけど、誰かと深く関わろうとするなら、それは良いことだ。

 愛砂が幸せなら、それでいい。

 保健室で決めた選択は、間違いじゃないはずだ。




 今日は、アイサと一緒に、リオの家の料理店〈キャット・イヤー〉に来た。

 この店は、リオのおじいさんの代からやっているそうだ。

 店構えは、決して華々しいわけではないが、誰でも歓迎するような落ち着いた雰囲気で、メニューの値段もリーズナブルだ。


 木製の四角いテーブルの一つに陣取った俺たちの元に、リオが料理を持ってきた。


「熱いうちに召し上がれ!」


 俺たちは、鳥料理を頼んだ。

 大きくカットされた人参や玉葱と一緒に、鳥の足が丸々こんがり焼かれている。

 香草が添えられ、食欲をそそる香りが、鼻腔をくすぐる。


 味も確かだ。辛味があって、次の一口を絶対に食べたくなる味付けだ。

 ちなみに香辛料は高価なため、一般の家庭ではあまり使われない。


 リオが、皿の料理がどんどん減っていくのを眺めながら、


「レンは看板娘コンテスト、見に来てくれるの?」

「なんだ、それ?」


 首を傾げると、アイサが言う。


「もうそんな時期なんだね」

「アイサは知ってるのか?」

「うん。看板娘コンテストっていうのは、毎年この時期にある人気投票のことだよ。クロノス帝国に認可されているお店で働く、二十歳までの女性なら誰でも出場できるの。当日はステージが用意されて、順番にパフォーマンスをする。その後、男の人が一人一票、気に入った女の子に投票して、その年の一番の看板娘を選ぶんだよ。優勝すると賞金の他に、看板娘コンテスト優勝者のいるお店っていう宣伝ができるの。リオは毎年出てるんだ」


 リオが何故か顔を歪め、拳を握った。


「そう。だけど、一度も優勝したことはない。私は十歳の頃から、ずっと苦汁をなめてきたの。だから、今年こそはコンテスト優勝という悲願を成し遂げるわ。そうすれば、お店にお客さんがいっぱい来てくれる。うちの両親は、野心と緊張感がないのよ。近所の常連さんだけを相手にして、満足してるんだわ」

「充分繁盛してるように見えるけど」


 俺が店内を見回して尋ねると、リオは大きく首を振り、


「確かに常連さんは大事よ。でも、新規のお客さんを増やさないと、うちの店なんか近い将来淘汰されるわ。私の目標は、この店をもっと大きくして、二号店、三号店――と店舗を増やしていくことなのよ」


 随分、息巻いているな。


「料理は間違いなく美味しいし、リオがコンテストで優勝すれば、人気店になるな」


 俺は料理を口に運び、


「こんな旨い料理を作れるなんて、リオは凄いよな」

「私は料理、まったくできないわよ」


 リオはさらっと言いのけた。


「このお店の料理は、全部お父さんが作ってるから。お父さんがキッチンで、お母さんがホール。その前はおじいちゃんがキッチンで、おばあちゃんがホールだったの。うちの女は代々、料理ができないから、料理ができるお父さんとおじいちゃんはお婿に来たんだって。例に漏れず、私にも料理の才能は受け継がれなかったのよね」

「胸張って言うことかよ」

「もうね、ちょっと開き直ってるところがあるのよね。もちろん、努力してないわけじゃないわ。おじいちゃんやお父さんみたいな料理人になりたくて、小さい頃から料理の勉強はしてるんだけど、包丁を使えば壁に刺さるし、鍋を振れば火事になりかけたわ」

「何故そうなる」

「この前なんか、卵の中身が入ってなかったもの」

「それは料理の腕と関係ないけどな」


 俺はアイサに、水を向ける。


「アイサはコンテスト出ないのか?」

「私?」


 アイサは驚いて、フォークを皿に落とした。


「出ないよ。出たこともないし。とにかく、私は無理だよ」

「やってみないと分からないだろ」

「無理、無理! 人前とか苦手だし」

「そうか。アイサが決めることだし、俺がとやかく言うことじゃないよな」


 食事を進めようとすると、アイサが決然とした声音で、


「私、コンテストに出る」

「どうしたんだよ。さっきは無理って言ってたのに」

「二代目便利屋の宣伝になるなら、出てみようかなって思って」


 リオの猫耳が、ピンと立った。


「じゃあ、私たちはライバルね。容赦しないから」

「えー、仲良く頑張ろうよ」

「そんなぬるいこと言ってちゃダメよ。優勝者の座は、一つしかないんだから。絶対負けないからね」


 リオがアイサの目をじっと見て、はっきりと言う。


「本当に欲しいものは、絶対手に入れなきゃいけないのよ」

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