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4章 4話 オーレリアとクロワール

 待ち合わせ場所に指定されたのは、市街地の巨大な広場の噴水だった。

 大きな噴水で、天に向かって高く、水が噴き上がっている。

 この世界の娯楽施設や市場があるため、人でごった返している。

 ここにはアイサに連れられて、何度か来たことがある。


 すぐにオーレリアの姿を見つけた。

 今日は、美しい金髪をツインテールにしている。


「待たせたな、おはよう」


 声を掛けると、オーレリアは胡乱な目で、俺の全身を見た。


「誰ですか? あなたみたいな軽薄な知り合いはいないんだけど」

「え? 何言って――」

「私、人を待っているので」


 オーレリアはぷいっと顔を逸し、立ち去ろうとする。


「レンさん、アイサさん、おはようございます」


 そこにオーレリアが現れた。ポニーテールが揺れている。


「オーレリアが二人?」


 俺とアイサが愕然としていると、ポニーテールの方が、


「私がオーレリアで、そっちの子が妹のクロワールですよ。私たち、双子なんです」


 オーレリアとクロワールを交互に凝視する。


 双子? それにしても似過ぎじゃないか。

 髪型以外、どこからどう見ても、同一人物だ。

 アイサと初めて会ったときも、愛砂とそっくりで驚いたが、オーレリアたちの場合は目の前に同じ顔が二つあるため、より信じられない。


 クロワールが顔をしかめ、


「ジロジロ見ないでください。不快です」


 話の通り、相当な人間嫌いのようだ。

 オーレリアはクロワールの隣に立ち、


「私たち本当によく似ていますから、皆さん驚かれるんですよ」


 俺のようなリアクションに慣れているらしく、可笑しそうに微笑んでいる。

 クロワールが、オーレリアの服の袖を引っ張った。


「姉さんが言ってた人間って、この二人のこと? 姉さんがどうしても一日だけって言うから、街に出てきたのに、あんまり変な人間ならもう帰りたいんだけど」

「大丈夫! レンさんとアイサさんは、凄腕の便利屋さんだから」


 ハードル上げられても困る。


「とてもそうは見えないけど」


 クロワールが懐疑的な眼差しで俺たちを見ると、オーレリアが怒った顔を作り、


「もう! 失礼でしょ!」

「姉さんは純粋すぎるのよ。人間なんて、特に男は何考えてるか分かんないんだから。姉さんのことだって、いやらしい目で見てるに決まってるわ」


 酷い言われようだ。

 しかし、これも〈メティス〉のため、便利屋のためだ。

 不穏な空気をかき消すように、アイサが明るく言う。


「皆揃ったことだし、早速出発しよう。時間が勿体無いよ」


 オーレリアが大きく頷いた。


「そうですね。行きたいところがあるのですけど、よろしいですか?」


 俺たちはオーレリアを先頭に、歩き始めた。

 市街地の大通りを進んでいる間、クロワールはずっとキョロキョロとしていた。


「クロワールは人混みがとても苦手なんです」


 オーレリアが俺に教えてくれると、クロワールが頬を膨らませ、


「姉さん、余計なこと言わないで」


 やがて、目的地に到着したようで、オーレリアが立ち止まった。


「ここです」


 楽器屋だ。オーレリアに続いて、店に入っていく。

 店主は初老の男性で、気の良さそうな笑顔を浮かべて、椅子に座っている。


 多くの楽器が、床や壁に所狭しと並べられている。

 管楽器、弦楽器、打楽器、鍵盤楽器――。

 現代では見たことがない楽器や、現代にある楽器に似ている楽器もある。

 弧を描いている長い笛、小笛の付いた小さな太鼓などは初めて見る。

 バイオリンのような弦楽器は馴染みがあるが、小さくて、弦の数が違う。


 楽器を眺めながら、アイサに何となく尋ねる。


「アイサは楽器弾けるのか?」

「学生のとき、音楽の授業で簡単なものは習ったよ。笛とかタンバリンとか。レンは?」

「俺も同じような感じだな。ほとんど縁がない」


 クロワールは、並んでいる楽器をまじまじと見ている。

 オーレリアは俺の横に来て、


「クロワールは楽器が好きなんですよ」


 クロワールのために、ここに来たのか。

 厳密には、人間に対して好印象を抱かせるために。


 クロワールは多くの楽器の中から、ハープを手に取った。

 三角形の枠に、長さの異なる弦が張ってある。

 現代のものとほとんど形が変わらない。


 オーレリアは店主に、


「音を出してみてもいいですか?」


 店主は「どうぞ」と短く答えた。

 了承を得て、オーレリアはクロワールに微笑みかける。


「ほら、鳴らしてみて」

「私は別に」

「いいから、いいから」


 逡巡した後、クロワールは控えめに弦を弾いた。

 透き通った音色が、店内に響いた。


 細い指が流れるように弦に触れていくと、単独の音が連なり、旋律となる。

 その手付きは明らかに慣れていて、楽器のことは分からないが、かなりの熟練者なのではないだろうかと思う。

 ひとしきり奏でると、クロワールはハープから指をそっと離した。


 オーレリアとアイサが、ほぼ同時に拍手する。

 俺も感嘆の声を出した。


「上手いもんだな」


 クロワールは何も言わないが、満足そうな表情をしている。

 オーレリアがクロワールの両肩に手を添え、


「クロワールは、毎日ハープを弾いているんですよ。部屋から美しいメロディが、流れてきます。天気の良い日に、それを聞きながらお洗濯をするのは、とても幸せです」


 クロワールが恥ずかしそうに、オーレリアの口を手で塞いだ。


「姉さん、もういいから」

「そのハープ、買っていきましょうよ」

「え、でも、」


 クロワールは躊躇うのは、ハープがなかなかの値段だからだろう。


「いいじゃない。クロックシティに来た記念よ」


 オーレリアが、ハープを店主のところへ持っていった。

 店主が丁寧にハープを入れてくれた袋を持って、店を出る。

 少し歩いて、オーレリアが指を指して、


「こんなところに劇場がありますね」


 建物は決して瀟洒ではないが、年季が入っていて、威圧的がない。

 庶民から贔屓にされそうな佇まいだ。

 オーレリアがクロワールの腕を引っ張り、


「おもしろそうだし、入りましょう」


 半ば強引だが、反対する理由もなく、俺たちは他の客たちに続いて中に入る。

 二百人くらいのキャパで、正面のステージに向かって、木の椅子が並んでいる。

 席の指定はなく、空いているところに四人並んで腰掛けた。


 オーレリアが目を輝かせて、


「私、演劇が好きなんですよ」


 だから、ここに入ったのか。

 間もなく、演劇が始まった。


 王様と町人の格好をした人が出てきた。

 王様が町人に一週間後、余興をしろと言う。

 町人たちは、王様を満足させなければ、どうなるか分からないため、意見を出し合う。

 だが、良い案が出ず、困り果てる。

 町人のリーダーは、街中にアイデアを求める張り紙をする。

 すると、ケンタウロス、リザードマン、人狼、ラミアなどの他種族が集まってきた。


 なんというか、雑然とした登場人物だな。

 彼らは本物ではなく、作られた獣の耳や蛇の尻尾を、記号として付けている。

 他種族は人間たちから迫害されていたが、王様が踊り好きだと町人に教え、一緒に踊りの練習を始める。


 オーレリアの狙いが、分かりつつあった。

 この演劇は、人間と他種族の友好がテーマなのだ。

 おそらくこの後、紆余曲折の末、王様に喜ばれ、大団円を迎えるはずだ。

 オーレリアは偶然を装っていたが、初めからこの演劇をクロワールに見せるつもりだったのだろう。


 芸術や表現は往々にして、その時代を象徴する思想や主張から生まれる。

 異世界のこの時代では、他種族との共存を目指す風潮が、強いのかも知れない。


 リオが、好例だ。

 リオは獣の耳をした人獣族だが、クロックシティで普通に生活を営んでいる。

 芝居は思った通りのストーリーだった。


 それから、小一時間ほどで幕を下ろした。

 劇場を出ると、アイサが楽しそうに、


「面白かったね」

「そうだな」


 オーレリアの思惑は別にして、素直に面白かった。

 特に、終盤のダンスは圧巻だった。

 指の先まで意識が行き届いていて、演者の息もぴったり。

 そして、表情が素晴らしかった。

 エネルギーに満ちていて、何より楽しそうだったのだ。


 オーレリアが笑顔で、


「良かったら、今度またご一緒しませんか?」


 俺とアイサが頷くと、オーレリアはクロワールに向き直った。


「クロワールも一緒にね」


 水を向けられたクロワールは無表情だ。


「私はいい」

「お芝居面白くなかった?」

「そうね。面白くなかったわ」


 不機嫌そうに答えるクロワールに、


「そう。良いお話だったと思うんだけど。でも、今度のは面白いかも知れないわよ」

「そういう問題じゃないの」

「どういうこと?」


 クロワールは険を孕んだ声音で、


「その二人と街を回るのは、今日だけの約束でしょ」

「レンさんもアイサさんも、とても良い人よ。これまで他種族からの依頼も引き受けてて、一生懸命取り組んでるって噂よ」

「他人の意見なんかどうでもいいはずだわ。この二人がどういう人たちなのかは、私たちの目で見て判断するのが本当じゃない?」

「それならもう少し、彼らのことを、人間のことを自分の目で見たら?」


 クロワールが、きつく眉をひそめる。


「姉さんが見せようとしてるのは、人間のある一面だけでしょ。あんなお芝居見せたのが、良い証拠だわ。姉さんの方が不健全よ」

「私は、エルフと人間は仲良くできるって、知ってほしいだけなの」

「あの舞台の上には、人間以外はいなかった。それが全てなんじゃないの? 作り物の耳や牙。全てが虚構で、真実はどこにもなかった。一方的に博愛を語られても、困るわ」


 クロワールは苦虫を噛み潰したような顔になり、


「人間はずっと、私たちエルフの魔術の知識や技術を脅威に思い、街に入れようとしなかった。それは歴史的な事実。姉さんが何故そこまで人間との共存に執着するのか、私には理解できない。エルフ族に、人間は不要よ」


 クロワールは背を向けて、歩き出した。


「どこへ行くの?」


 オーレリアが聞くと、


「お手洗いよ。付いて来ないで」


 刺々しい口調で、クロワールが言い放った。

 俺は少し、いや結構戸惑っていた。

 オーレリアの依頼を受けた以上、便利屋としてはオーレリアを支持するべきだ。


 だが、正直なところ、クロワールの考えを否定できない。

 むしろ、クロワールの態度の方が、健全に思えてくる。

 バニラは、人魚の泉が汚れたのは、人間の影響もあると言っていた。

 実際のところ、他種族にとって人間は、どういう存在なのだろう。


「さっきクロワールが言ってたことって、本当なのか? その、人間がエルフの魔術の知識と技術を――みたいなこと」


 俺が尋ねると、アイサは表情を曇らせ、


「本当だよ。今はそんなことないけど、昔はそういうこともあったみたい」


 オーレリアが俯いたまま、話す。


「エルフと魔術は、密接な関わりがあります。人間の場合、大抵一人につき一つの属性の魔術しか扱えません。例えば、アイサさんは炎の属性のみですよね。エルフは、全ての属性の魔術が生まれながらにして扱えるのです。魔術というのは、強大な力です。扱い方次第で、良いものにも、悪いものにもなります。だから、慎重に扱います。私たちエルフが知性の種族と呼ばれるのは、そういう分別について思慮深いからでしょう」

「オーレリアはなんで、人間と仲良くしようと思ったんだ?」

「人間とエルフの間で過去に起こったことは、確かに悲しいことです。クロワールはエルフに人間は不要だと言っていましたけど、私はそうは思いません。エルフの社会は、魔術によって存続してきましたが、人間は科学の進歩と共に文明を発達させてきました。私の考えが正しければ、科学はもっと高いレベルまで発展を遂げるはずです」


 先見の明、とでも言うのだろうか。

 それというのは、異世界の文明は、現代で言うところの中世のレベルだが、このままいけば、現代と同じところまで発展する可能性はある。

 オーレリアの言っていることは、ほとんど予言だ。


 オーレリアはぎこちない笑顔を向けた。


「クロワールのところへ行ってきますね。もう少し、話してみます」

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