4章 3話 エルフ族と<メティス>
便利屋の事務所のソファに腰掛け、持ってきた教科書を開いていると、
「最近ずっと勉強してるね」
アイサが紅茶をテーブルに置いてくれた。
「あぁ。もうすぐ学校のテストがあるんだ。アイサは、魔術は全然って言ってたけど、普通の勉強はどうなんだ?」
「クラスの真ん中くらいだったよ。得意な教科も、苦手な教科もなかったかな」
愛砂も小学校の頃は、平均的な成績だった。
俺も同じくらいの成績だったが、中学で俺のテストの点数は半分になり、愛砂は学年でも上位の結果を残すようになった。
それはもしかしたら、杏さんのことが関係しているのかも知れない。
「俺にも平均点取れるくらいの学力だったら、望みがあるんだけどな」
俺がそう零すと、アイサは心配そうに、
「良い点を取らないと、何かあるの?」
「ちょっと勝負をしてて、どうしても勝ちたいんだよ」
「今のままじゃ、厳しい?」
「目を瞑って、人にも建物にもぶつからず、街を一周するくらい難しいかな」
アダムが読んでいた本から顔を上げた。
「勉強は素晴らしいものです。肉体は衰えていきますが、知識は堆積し、様式は洗練されていきます。生涯取り組むべきものであり、知識欲や好奇心が、文明を発展させてきました。そうして、今も人類の歴史が脈々と続いているのです」
「もふもふのくせに、難しいこと言いやがって。もふもふしてやる」
雄弁に語るミミズクを抱き締めてやる。
なんだ、この抱き心地は。
黙って、ぬいぐるみになっていればいい。
事務所のベルが鳴った。
俺の腕の中でもがくアダムが、助けが来たとばかりに、
「レン様、お客様がいらっしゃいましたよ」
整った顔立ちの少女が、入ってきた。
耳がピンと尖っていて、綺麗な金髪のポニーテールが揺れた。
アイサがぱたぱたと、その少女の元へ小走りで行く。
「いらっしゃいませー。どうぞ、ソファに掛けてください」
「ありがとうございます。エルフ族のオーレリアと申します」
オーレリアという少女は、恭しく頭を下げた。
自己紹介を済ませ、尖った耳を見ていると、アイサが、
「エルフは知性の種族って言われてて、美男美女が多いんだよ」
オーレリアは温厚そうな微笑みを浮かべて、
「こちらの評判はかねがね聞いていますよ」
俺は一応確認のつもりで、
「ここは今、俺とアイサで二代目便利屋としてやってるんだけど、問題ないか?」
「ご心配なく。そのつもり参りましたから」
オーレリアは早速、依頼内容を話し始めた。
「私はエルフ族の族長の娘でして、クロワールという妹がいます。私は次期族長候補なのですが、妹にも協力してほしいと思っています。しかし、私と妹はエルフと人間の関係性について、正反対の考え方を持っているのです」
オーレリアの表情に影が差し、
「私は人間の皆様と仲良くしていきたいと思っているのですが、妹は筋金入りの人間嫌いなのです。勘違いしないでほしいのは、エルフは元来、縄張り意識が強く、非常に保守的な性格です。ですので、妹の方が健全で、私が異端ということになります」
オーレリアが真剣な眼差しで、俺たちを見た。
「何度も話し合いをしようと試みたのですが、なかなか聞いてもらえず、ほとほと困っています。お二人には、人間の皆様は信用できる存在なのだと、妹に納得させるお手伝いをしてほしいのです」
「う~ん……」
いつもなら、二つ返事で快諾するアイサが、珍しく渋っている。
「何か問題あるのか?」
「レン、大丈夫なの?」
「なにが?」
「勉強だよ。便利屋のことをする時間ないでしょ? 私一人でできるかどうか、分からないから」
俺を気遣ってくれてるのか。オーレリアが不安げに、
「お受けしていただけないのでしょうか?」
「いや、大丈夫だよ」
俺が答えると、アイサが口を挟む。
「レン、無理しないで」
「何やら事情がおありのようですね」
難しい顔をするオーレリア。
「俺の個人的な事情で仕事の時間が圧迫されてるんだ。それをアイサが気にかけてくれたんだよ」
「勉強、とおっしゃっていましたけど、それが原因ですか?」
「そうだよ。恥ずかしい話、俺が頭悪いせいで、勉強に追われてるんだ」
「それなら、我々の〈メティス〉を頼られてはいかがですか?」
オーレリアが丁寧な口調で説明する。
「〈メティス〉は、エルフ族が所有する叡智の力です。それがあれば、一時的にですけど、記憶力や理解力が良くなります。報酬とは別に、〈メティス〉の欠片を差し上げますよ」
オーレリアの言っていることが本当なら、愛砂との勝負に勝てるかも知れない。
しかし、ある考えが頭をもたげる。それは卑怯じゃないだろうか。
そんなドーピングみたいな超常的な力を得て、愛砂に勝ってしまっていいのだろうか。
他の生徒は自力で努力してるのに?
別に成績を上げたいわけじゃない。
ただ、愛砂に打ち上げに参加してほしいだけなんだ。
今回だけ。
「その条件で、引き受けるよ」
「本当ですか? 良かったです」
オーレリアは手を合わせて喜び、
「次の休みに、私たち姉妹と一緒に、クロックシティで遊んでもらえませんか」
「そんなことでいいのか?」
拍子抜けする俺に、オーレリアはにっこり笑う。
「妹の人間不信は、食わず嫌いのようなものです。お二人に案内してもらって、一日かけてこの街を見て回れば、人間の皆様が素晴らしく、そして懸命に生活を営んでいると分かると思うのです。そうすれば、妹の考え方も変わるのではないでしょうか」




