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4章 2話 ペチュニア

 学校の近くのファーストフード店に移動した。


「私は文系が得意だから、国語、公民、地理歴史、英語を教えるわ。理系は音羽の方ができるから、数学と化学、生物をお願いね」


 理緒が言うと、音羽は鷹揚に首肯した。

 理緒と音羽が、鞄から教科書を出し、勉強会が始まった。


 しばらくすると、春子が教科書ではなく、メニューをめくっていた。


「新商品出てる! エビマヨバーガーだって。ポテトとナゲットのパーティセット、皆で食べようよ。あっ、今ポテトが全サイズ同じ値段だよ! これ頼まなきゃ損だよ!」


 翔は隣の席の女の子二人組に声を掛けている。


「その制服、どこの学校? 俺頭悪くてさ、良かった勉強教えてくれない?」


 見かねた理緒が、翔と春子の頭をペンケースで軽く叩いた。


「真面目にやりなさい!」


 お母さんだ。春子が頭を抑えて、非難の声を上げる。


「だって、ずっと勉強ばっかりつまんないじゃん!」

「勉強会なんだから、当たり前でしょ!」


 声を荒げる理緒を、翔がなだめる。


「まぁまぁ、落ち着けよ。息抜きした方が、能率が上がるだろ」

「さっきから一問も解いてないじゃない」


 まったく集中できない翔と春子を否定できない。

 俺も強い後悔に襲われているからだ。

 テストで勝負なんて言うんじゃなかった。

 これほど、勉強をしてこなかったことを呪ったことはない。


 理緒は春子のノートを覗き込み、


「どこが分からないのよ?」

「どこが分からないか、分からないんだよ!」

「私はなんでキレられたの?」


 春子の言ってることは、よく分かる。

 理緒にはたぶん、理解できない。

 何が分からないか、分かるやつは充分頭がいい。

 バカは何が分からないかすら、分からない。

 つまり、勉強の仕方が分からないのだ。


 とうとう春子が地団駄を踏みだした。


「お腹減った!」

「我慢しなさい」


 理緒が勉強を促すと、


「ちょっと何か食べるくらいいいじゃん! 分からず屋! おでこ!」

「誰がおでこよ! もう、分かったわ! 一緒にレジに行きましょう」


 理緒と春子はレジに行き、翔はまた隣の席の女の子たちと話し始めた。

 音羽が俺に聞く。


「どう? 進んでる?」

「いや、まったく」

「勉強苦手なの?」

「小さいときは人並みにできたんだけど、中学に上がった頃から、周りに置いていかれたんだよな。勉強する意味が分からなかったし、その頃から友達の幅が広くなったし。夜遅くまで遊んで、授業はほとんど寝てた」


 音羽は首を捻った。


「苦手なのに、どうして頑張るの?」

「だから、勢いだったんだって。理緒みたいなこと言うなよ」

「違うの。そもそも、どうして雨宮さんを打ち上げに参加させようと思ったの?」


 音羽の口調は穏やかだが、視線は俺から逸らさない。


「理緒が打ち上げを企画してるって言うから」

「じゃあ、蓮城くんは理緒の手伝いをしてるっていうこと?」

「えっと……」

「プールの授業も出るよう言ったんでしょ?」


 俺は何も言えず、押し黙る。

 愛砂のことが好きだから、なんて言えない。


 音羽はおもむろに口を開いた。


「私、中学生のとき美化委員会だったんだ。そのとき、一度ね、学校の花壇の隅で、勝手にペチュニアを植えたの。自分で種を買ってきて。ペチュニア、知ってる?」

「いや、花は詳しくないな」

「小さな花弁で、白、赤、黄、青、紫、ピンク、いろんな色になるわ。初夏から秋までに咲く、どちらかと言えば夏の花なの。初心者でも比較的に育てやすいの。と言っても、毎日水をあげたり、雑草を除去したりしないといけないけどね。それだけじゃなくて、雨に弱いから、花弁がきれたり、変色したりするのよ。だから、そういうケアにも気をつけた。手入れの甲斐あって、綺麗な花が咲いたわ」


 音羽は俺を見つめた。


「私はそのペチュニアを家に持って帰ろうかどうか、迷った。蓮城くんだったら、どうする? 自分が愛情を注いだ花を自分の物にしようとする?」

「音羽が頑張って世話したのなら、持って帰ってもいいんじゃね? 勝手に学校の花壇使ったのは良くないけど、美化委員の特権みたいなものだろ。給食当番がつまみ食いするようなもんだ」


 俺が答えると、音羽が言った。


「私は持って帰らなかったわ。そのペチュニアが綺麗に咲いていれば、それでいい、って思ったの」


 理緒と春子が戻ってきてから、一時間ほど勉強した。


「そろそろ帰りましょうか」


 理緒の一言で、お開きになった。


「悪い。ちょっと、トイレ」


 俺は店の奥のトイレに行く。


 恋くんだったら、どうする?

 愛情を注いだ花を自分の物にしようとする?


 あれはどういう意味だったんだろう。

 付き合いは長くないが、音羽は不思議なところがあるし、何か特別な意図があった?

 いや、考え過ぎだろうか。


 席に戻ると、翔たちはおらず、その代わり何故か未古神が座っていた。

 まったく、神出鬼没なやつだ。

 どうして俺の前には、変な女ばかり現れるのだろうか。

 類は友を呼ぶ? いやいや、俺は健全だろ。


「何で未古神がここにいるんだ?」

「決まっているじゃないか。今からここで食事をするからだよ。もしや、哲学的な意味で聞いたのかい?」


 テーブルの上に、ハンバーガーのセットが乗ったトレイがある。


「翔たちと会わなかったか?」

「外で待っているそうだ。君の鞄は、私が見ているよ」


 未古神が、俺の鞄を差し出してきた。


「大事なものなのだから、肌身離さず持っていた方がいい」

「スマホも財布も制服のポケットだよ。鞄には教科書とノートとペンケースしか入ってない」


 未古神は長い足を組み、


「雨宮さんと期末考査の点数を競っているそうだね。首尾はどうかね?」

「三バカにそんな質問するなんて、ひどいやつだな」

「おや? どうして三バカを知っているのだね? 誰かが口を滑らせたのかな」

「とある心優しい女の子が、わざわざ教えてくれたんだよ」


 皮肉っぽく言うと、未古神は微苦笑した。


「そうだったか。そのお嬢さんは、なかなかの淑女だ。あえて事実を突きつけることで、君の緊張感を煽ったのだろう」


 実際に理緒は、俺たちのことを心配してくれているんだよな。


「翔たちが待ってる。じゃあな」


 立ち去ろうとすると、呼び止められた。

 未古神が、柔和に微笑んでいる。


「応援しているよ」


 自宅に帰り、異世界へ行こうとしたが、〈シェヘラザード〉がないことに気がついた。

 勉強机の上に置いていたはずだが、どこにも見当たらない。

 まさか――。


 鞄を漁ると、思った通り教科書と教科書の間に挟まっていた。

 今朝は、寝不足と時間に追われていたせいで、授業を確認することが億劫になり、机の上にあった教科書やらノートを、適当に鞄に突っ込んだ。

 そのとき〈シェヘラザード〉も、一緒に入れてしまったようだ。


 俺はふと、少し前の自分なら「遅刻しそうだから、急ごう」だなんて考えることはなかったと思った。

 いつの間にか、学校に行くのが楽しみになっている。

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