3章 2話 罪悪感の正体
放課後、教室で帰り支度をしていると、翔が鞄を持って、
「どっか寄って行こうぜ」
今日も愛砂は、プールの授業を休んだ。
いつものように、プールサイドの木陰で体育座りをして、どこか遠くを見ていた。
異世界でバニラと魔水晶を取りに行くのは、次の休み。
それまでバニラは、アイサの家に居候することになった。
翔と一緒に教室に出ようとすると、理緒が声をかけてきた。
「蓮城くん、ちょっといい? 話があるんだけど」
俺と翔は、理緒に連れられ、ひとけの少ない場所に移動した。
「それで、話ってなんだよ?」
「雨宮さんのことだけど」
理緒の真面目な表情で、何となく分かっていた。
「雨宮がどうしたって?」
「雨宮さんをプールの授業に参加させたいの」
「どうして?」
「どうしてって、まだ一回も出てないのよ。日に日に悪い噂が広まってるわ。中には、仮病だって言ってる子もいるし」
確かに、以前にも増して、そういう声が大きくなっている気がする。
水着姿を見せたくないからとか、調子に乗ってるとか。
「蓮城くんは何とも思わないの? もう一学期も終わるし、このままじゃ雨宮さん、ずっとクラスメートと打ち解けられなくなるわ。せっかく同じクラスになったのに」
「なんで俺に言うんだよ」
「あなたたちが幼馴染だからよ」
頭の中で、雨の音がする。
「雨宮が友達を作ることはない」
理緒はきつく俺を睨み、
「なんでよ」
「雨宮が言ってたんだ。もう大切なものを失くしたくない、って」
「そんなのダメよ」
「ダメって言ったって、本人にその気がないんだから、どうしようもないだろ」
愛砂がそれを望んでるんだ。
愛砂が大切な人を失いたくないから、一人でいるというなら、俺にそれを否定する権利なんてないと思う。
「ねぇ、蓮城くん。雨宮さんって、小学生のときにお母さんを亡くしてるんでしょ?」
誰かから聞いたのか。
「そうだよ」
「それがショックで、今みたいな性格になったのかな?」
「どうだろうな」
「もしも、それが原因で心を閉ざしたのなら、私は雨宮さんのことを放っておけない。仲良くなれれば、やっぱり友達は必要なものだって、考えが変わるかも知れないわ」
愛砂の本当の望みは、本人にしか分からない。
「雨宮からすれば、余計なお世話かも知れないぞ」
「蓮城くん、ちょっと冷たくない? 小学校のときは仲良かったんでしょ?」
「そんな昔の話されても困る」
沈黙が去来した後、理緒が顔をしかめ、感情を押し殺した声で、
「分かったわ。もう蓮城くんには頼まない」
去っていく理緒を見て、翔が俺の肩に手を置き、
「ちょっと理緒と話してくるわ。あいつお節介なところあるじゃん? それで感情的に引けなくなったんじゃねぇかな。落ち着いたら、恋の言い分も理解してくれると思うぜ」
翔は理緒を追いかけていき、俺は一人立ち尽くした。
そりゃ、俺だって何とかしたいよ。
でも、できない、正確に言えば、する資格がない。
理緒が愛砂を昼食やプールに誘えるのは、後ろめたさがないからだ。
杏さんが他界し、愛砂が失意に沈んでいたとき、俺は何もできなかった。
どうしたらいいのか分からなくて、どんな言葉をかければいいのか分からなくて、ただ離れたところから愛砂を見ていた。
そして、時間が過ぎていき、いつの間にか疎遠になっていた。
俺は絶望に打ちひしがれる愛砂を助けられなかった。
それが、俺が抱えてきた、後ろめたさの正体だ。
だから、俺は理緒みたいに、愛砂に声をかけられない。
愛砂が最も辛かったときに何もできなかったくせに、今更どの面を下げて話せばいいというのだろうか。
「愛砂は、何を望んでるんだ……?」
何かのご縁で、この小説を読んでくださったあなた、ありがとうございます。
また、お会いできることを祈っています。