2章 4話 白き翼
翌日、アイサとアダムとともに、小屋に向かった。
いつも通り、エマとは小屋で合流することになっている。
街の中心部から離れ、建物が減り、景色に緑が増えていく。
小屋が見えたとき、アイサが叫んだ。
「レン、見て!」
小屋から二人組の誰かが出てくる。
そしてその後から、首に掛けられた縄を引っ張られるドラゴンが姿を表した。
まずい! ついに見つかったか。
事情を説明し、何とか穏便にすましてもらうよう頼むしかない。
俺たちは小屋に向かって駆け出した。
出てきたのは二人とも成人の男で、体格が良く、強面だ。
ドラゴンは力なく引きずられている。
首に竜枷が付けられているのが見えた。
小屋の傍に大きな台車があり、それにドラゴンを乗せようとしている。
手慣れている様子だし、一般の市民ではなく、軍か自警団の人たちかも知れない。
そうだとしたら、より説得しにくい。
「すみません」
「なんだ、お前ら」
「そのドラゴンなんですけど」
ドラゴンが、弱々しく何か言っている。
「こいつらだ」
耳を傾けると、
「俺の家族は、こいつらに襲われたんだ」
「なんだって!」
それじゃ、この二人組が密猟者ってわけか。
二人とも、背中にハンマーのような武器を持っている。
俺たちの方へ向き直った。
「お前ら、このまま帰らすわけにはいかねぇな」
最悪だ。
向こうは大男が二人、こちらは少年少女が一人ずつとミミズクが一匹。
「アイサ、逃げるぞ。こいつら密猟者だ」
俺が叫ぶと同時に、男たちが襲いかかってくる。
炎球が男たちに向かって、飛来した。
男たちは慌てて、飛び退った。
炎球は、アイサの放った魔術だった。
「この人たちが、ドラゴンさんを襲ったんでしょ?」
「こいつ、魔術師かよ。面倒だな」
男たちがアイサに狙いを付け、同時に飛びかかる。
アイサは炎球で迎え撃つ。
男の片方には直撃し、動きを止めることに成功したが、もう一人には当たらなかった。
男がアイサを襲う寸前、どこかから声がした。
「そこまでだ、下衆野郎」
視線を向けると、剣を携えたショウがいた。
「なんでここに?」
「お仕事だよ。モンスターの不正捕獲者、いわゆる密猟者の拘束もハンターの仕事だ。そいつらが今回のターゲットってわけだ」
「ふざけんな! 返り討ちだ!」
二人が対峙し、剣とハンマーが交錯する。
「ライトニング・スラッシュ」
ショウが目にも留まらぬスピードで、剣を振るった。
男は呻き声を上げて、倒れ込んだ。
ショウが剣を収めながら、
「困ったときは、俺に言えよ」
「頼りにしてるぜ」
そのとき、小さな悲鳴が聞こえた。
アイサに倒された男が、起き上がり、エマの腕を乱暴に掴んでいた。
遅れてやって来たエマが、事情の分からないまま、捕まってしまったのだ。
その男が、声を張り上げる。
「お前ら、一歩も動くなよ! こいつがどうなっても知らねぇぞ!」
人質を取られ、俺たちは動けなくなった。
男の背後から、ドラゴンが突進した。
竜枷が付いているから、相当無理をしているはずだ。
ドラゴンがエマに、背中に乗るよう促す。
エマを乗せて、逃げようということか。
エマが竜枷を外し、ドラゴンの背中に乗った。
ドラゴンが翼を広げた。
「え、まさか」
翼を力強く羽ばたかせる。
これまで何度も飛ぼうと試みたが、一度も上手くいかなかった。
ドラゴンの足が、地面から離れた。
ドラゴンは、見事に飛び立った。
そして、高度を増し、地上からどんどん離れていく。
突如、ドラゴンの体が大きく傾いた。
「ドラゴン! エマ!」
完全に体勢を崩し、真っ逆さまに墜ちて行く。
あの高さから墜落すれば、かすり傷程度では決して済まない。
気がつくと駆け出していた。
しかし、どう考えても落下点に入るより早く、エマたちが地面に衝突してしまう。
仮に間に合ったところで、状況が変わるだろうか?
考えてもしかたない。
必死に駆けるが、エマとドラゴンが墜落する、その直前。
――エマの背中から白の、大きな翼が生えた。
落下していたエマとドラゴンが、空中でぴたりと止まる。
エマが背中の翼を二、三度羽ばたかせ、高度を取り戻し、再び飛行を始めた。
「エマ、飛行魔術使えたんだね」
アイサが隣でそう言った。
「あいつ、魔術師だったのか……」
「エマが最初に事務所に来たとき、制服来てたの覚えてる?」
「あぁ」
制服っぽい格好だと思った記憶がある。
「あれって、帝国魔術学院の制服なんだよ」
学校の勉強が上手くいかないと言っていたのは、魔術の勉強だったのか。
しかし、それはどうやら解決したようだな。
ドラゴンがエマを救うために空を飛んだように、エマもドラゴンを救うために空を飛んだのだろう。
「実は私も、その学校に通ってたんだ」
「そうなのか」
「落ちこぼれだったけどね。魔術の才能は、お母さんに似なかったの」
アイサは寂しそうに微笑み、
「レン、ありがとう。今回の依頼が上手くいったのは、レンがいてくれたからだよ」
「いや、俺は何も」
現に、何もできなかった。
アイサは首を振った。
「私一人じゃ、今まで何をやっても上手くいかなかった。でも、レンがいたから、エマの願いを叶えることができたんだよ」
あくびを噛み殺しながら、雨の中を登校する。
あの後、エマが事務所に来た。
ドラゴンは自分の力で飛び、家族の元へ帰っていったらしい。
エマ自身も魔術の勉強について、何かきっかけを掴んだようだ。
帰り際、エマが満面の笑みで「ありがとうございました」とお礼を口にしたとき、アイサが言っていたことの意味が少し分かった気がした。
「依頼主が笑顔になって帰っていく。そんな便利屋が大好きなの」
コンビニの前を通りかかると、愛砂がいた。
この間と同じく、野良猫を見下ろしている。
猫はまた、逃げていった。
俺の足が止まる。
騒がしいのが嫌いで、一人の方が好きな人もいる。
――ずっと一人が平気な人はいないんじゃないかな。私だったら絶対無理だと思う。
俺は愛砂に近づいていった。
「雨宮」
声を掛けると、愛砂は小動物のように体を小さく震わせた。
「なに?」
つい最近まで挨拶もできなかった。
話しかけるなんて、少し前なら考えられない。
具体的に何を言おうか決めていなかった俺は、言葉を絞り出すように、
「えっと、おはよう」
愛砂は俺の顔をじっと見ていたが、何も言わず、歩き出した。
「さっきの猫、飼い猫じゃなくて野良だろ」
「だから、なに?」
「もう子供じゃないんだし、今なら飼えるだろ」
愛砂が、冷然とした表情になった。
ビニール傘に弾く雨音が、一瞬遠のき、静寂に包まれる。
「――もう大切なものを失くしたくないの」
愛砂は通学路を歩いていった。
俺はしばらくの間、動けなかった。
降り続ける雨は、永遠に止まないように思われた。
何かのご縁で、この小説を読んでくださったあなた、ありがとうございます。
また、お会いできることを祈っています。