第二話 時をかけた少女
「ここをキャンプ地とするわ!!」
高らかに飛鳥はそう宣言した。
腰に手を当て胸を張り、堂々とした出で立ちだ。ヒラヒラと風でたなびくスカートがまるでマントのようである。
しかし、ここは隣町の公園である。
キャンプ場などではない。
なんならまだ小さな子供たちが遊んでるし。
みんな飛鳥の声にびっくりしてこっち見てるし。
「じゃ、そういうことで寝床見つけよう」
「いや待て待て待て待て」
意気揚々と公園の中へ入っていく飛鳥の手を掴んで止める。
飛鳥はキョトンとした顔で僕の方を振り返った。
「叢雲さん! ここただの公園だよね!?」
「そうだけど?」
何当たり前の事言ってんだ、とでも言いたげにこちらを見つめる。
「なんでここで夜を明かす気満々なの!? ホテルとか、僕の家とかでもいいんじゃない?」
僕がそう提案すると、飛鳥はニヤニヤしながら腰をくねらせ始めた。
「えー、うら若き乙女を自宅に連れ込んで何する気ー? こわーい!」
「うざっ」
「ひどい! 歯に衣着せて!」
しまった、つい本音が。
飛鳥は大げさに膝をつき、さらにわざとらしくヨヨヨと泣いてみせる。
なんとも表情豊かな人だ。
しかし、違和感がある。
「ねぇ叢雲さん…」
「飛鳥でいいわ。私、苗字可愛くないから嫌いなのよ」
「じ、じゃあ飛鳥…」
女の子を下の名前で、しかも呼び捨てで呼ぶことなんか早々ないから少し緊張する…。
「昨日の夜にあった時と、なんか違う気がするんだけど…。ほら、雰囲気とか、喋り方とか…」
「あぁ、昨日のことね。あれはただ戻し疲れてただけよ。こっちが素だからね」
『戻し疲れてた』。
もちろん、嘔吐とかの『戻す』ではない。
それは撥ねられた僕の首が元に戻ったのと関係している。
彼女いわく、『時間を戻していた』のだそうだ。
先程説明を受けたが、にわかには信じられない。
ていうか意味が分からない。
「うーん…。じゃあ雨虎くん、ちょっとこっち来て」
飛鳥がそう呼び、僕はその後ろをついていく。
到着したのはなんてことない公園のベンチだった。
そのベンチに飛鳥が腰掛けると、その隣を僕を見ながらペシペシと叩いた。どうやら『座れ』ということらしい。
とりあえず隣に座ると、今度は前方を指差した。
その先には公園で遊んでいる、何の変哲もない子供たちがいた。
「実はね、もう既に私は『30秒』時間を巻き戻してるの」
「えぇっ!?」
「例えばあの青と白のボーダー服来てる男の子。今から3秒後、石につまづいて転ぶわ」
確かに子供たちの中に飛鳥が言った男の子はいた。
すると、彼女が言った通りに男の子は足元の石に気づかず思い切りつまづき、顔から地面にぶつかったのだ。
「あっ!」
「うわ、痛そ…」
飛鳥が言った通り、青と白のボーダーを着た男の子が石につまづき転んだ。
僕は多分今、目が点になっていると思う。
「さすがに可哀想だから助けてあげるわ」
そう言うと、飛鳥は手をバッと上に掲げた。
すると、『全てが静止した』。
転んだ男の子に駆け寄る子供たち。
痛くて泣いている男の子の声。
空を飛んでいる鳥。
風に揺れる木。
全てがピタリと止まり、なんの音もない空間が出来上がった。
「な、なにこれ…!」
「これからよ」
そのピタリと止まった空間は、ほんの一瞬だけだった。
次の瞬間にはまた子供たちは動き始めた。
しかし、元通りにではない。
『巻き戻り始めた』のだ。
木々はガサガサと音を立てながら先程とは逆に揺れ、鳥は羽ばたきながら後退し、駆け寄る子供は走りながら後ろへ進んでいく。
そして転んだ男の子はふわりと宙に浮き、つまづいた位置で着地すると体は前を向いたまま後ろへ走っていく。
そして飛鳥は立ち上がると、男の子の方へ歩いていき、つまづいていた石を遠くへ蹴っ飛ばした。
そしてベンチへ戻って座ったのとほぼ同時に、また全ての動きがピタッと止まる。
これもまた、止まったのはほんの一瞬で、すぐ子供たちは元気に走り回り始めた。
今度はちゃんとまっすぐ前に走っている。
『再生』だ。
「これであの子が転ぶことはないってこと」
飛鳥は満足そうにそう言った。
男の子はさっきと同じように走り回ったが、今度は石がないので転ぶことはない。
みんなと楽しそうに遊んでいる。
「分かった? これが私ができる……、なんて顔してるの?」
飛鳥から冷静に言われてハッと気づいた。
どうやらアホみたいに大きな口開けていたみたいだ。
でもしょうがないだろう。
目の前で時間が巻き戻ったなんて。
到底信じられるはずがない。
しかし、僕はそれを見て、さらに体験した。
「あの子が、転ぶって分かったのも…」
「私は1回見たからね。転ぶ30秒前に戻って、雨虎くんに見せるためにもう一度転んだ所をまた巻き戻したのよ」
「1回目の時点で助けてあげようよ…」
「あの男の子も覚えてないんだから関係ないわ」
確かにニコニコしながら走り回っている。
巻き戻った感覚があれば、あんなに楽しそうな顔はできないだろう。僕みたいに大口開けて驚くはずだ。
「じゃあなんで僕は巻き戻ってないの?」
「巻き戻る『例外』を決めれるのよ。1つだけね。さっきは雨虎くんごと巻き戻して、今回はあなたを『例外に巻き戻した』ってわけ」
うーん…。
分かったような…、分からないような…。
とりあえず、『時間を巻き戻せて、例外を1つ決められる』ってことかな。
ということは、昨日の夜の『動きは覚えてる』というのは何回も巻き戻したから覚えていて、それで疲れてたんだ。
「とりあえず理解出来た?」
「うん。多分」
「多分て…」
呆れたように飛鳥が溜息をついた。
そんな飛鳥に、僕は向かって座り直し、頭を下げた。
「助けてくれてありがとう」
「え?」
「しかも2回も助けてもらっちゃったし、なんてお礼をすればいいのか…」
「………ぷっ」
『ぷっ』?
顔を上げると、飛鳥は顔を真っ赤にしながら笑いをこらえていた。
「アハハハハッ! いいって、そんなことくらい! あー、おっかし!」
そう言いながらケラケラと笑い始めた。
なんか、普通にお礼言っただけなのに恥ずかしくなってきた。
「お礼なんかいらないよ。当たり前のことなんだから」
「当たり前?」
「そ。だって私…」
「ヒーローなんだから!」
飛鳥はとびきり無邪気に笑いながらそう答えた。
ヒーロー、と。
「ヒーロー、ね…」
「な、なによ。何かおかしい? 言っとくけど本当にヒーローなんだからね!」
「疑わないよ。あんなの見せられちゃ」
『時間の逆行』。
現実では確実に何があってもあり得ない事象だ。
それを彼女はやってのけた。
人助けのために。
「で、飛鳥は何者?」
「え?」
「こんな人間離れした事できるんだから、何者なのかなって」
「え、えーと……」
僕が質問すると、飛鳥は深く深く悩み込んでしまった。
呻きながらずっと思考を巡らせている。
僕、そんな難しいこと言ったか?
ていうか、自分自身のことだろ?
彼女はさんざん悩み抜いた後、絞り出すような声で答えた。
「ひ、ひーろー……?」
「それさっき聞いた」
もしかして……。
「自分でも分からない……とか?」
「……分かんない」
しょぼんと、さっきの元気とは大違いに落ち込んだ声で飛鳥は言った。
「つい最近、こんなことができるって気づいたの。最初は怖かったけど、頑張って使えるようになったの」
「じゃあ、その力でヒーローになろうって思ったんだ」
自分に特殊な力がある。
それを使って人助けをしたい、って感じか。
「いや、違うわ」
「え!?」
違うの!?
「あと、もうそろそろ来るわよ」
「誰が!?」
なんかもう話の展開がわかんねぇよ!
もう一度頭の中で整理しようとした時、肩を突然叩かれた。
振り返ると、いつの間にかスーツを着た男が立っていた。
身長はかなり高い。そして若かった。
「うおおおおっ?!」
ビックリしてベンチから飛び上がると、そのスーツの男は頭を深々と下げた。
まるで執事か何かのような仕草だ。
「お待たせいたしました雨虎様。お迎えに上がりました」
そう僕に告げ、男は顔を上げた。
ニコリと爽やかに笑うと、胸ポケットから小さな紙を取り出し、僕に手渡した。
これは……、名刺?
「ヒーロー派遣会社……!?」