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禁断の女子部室棟




もうすっかり、ももしおに会わないことに慣れてきたころ、教室の窓からももしおの姿を見かけた。

大きな荷物をうんしょうんしょと運んでいた。

それは、クラスの自習時間。つまり、他のクラスは授業中のことだった。

フツーに授業さぼるんだなー、ももしお。


どう見ても苦労しているようだったから、手を貸そうと、校庭にいるももしおのところまで下りて行った。


「ももしお、久しぶり」


声をかけたとき、ももしおは、びくっと体を揺らした。


「あ、あ、そーてつくん」


明らかに挙動不審。授業中ってことを気にしてるのかも。


「重そうじゃん」


ももしおが運んでいたのは、ドッグサークルの一部に見える。大きさ、1m×1mに折りたたまれた柵の一部。どう見ても大型犬用。これは重い。

諭吉のが家にあるから知っている。

我が家の飼い犬、諭吉はコリー犬。サークルは、大型犬がぶつかっても壊れたり倒れたりしないように頑丈にできている。故に重い。


「あ、えっと、重い、です」


まるで人見知りでもしているかのような、ももしお。


「どこまで運ぶの?」


オレはひょいっとももしおの手からドッグサークルの一部を持ち上げた。


「部室?」


ももしおは、人差指を顎に当てて首をかしげる。

なんで疑問形?


ん? その人差指のって。


「他にもあんの?」

「あと半分。コンビニに」


コンビニにあるってことは宅配便か。一度には運べない重さだから開封して半分ずつ運んでるんだろーな。それでもキツイって。

学校から1番近いコンビニは、300m以上。徒歩4分くらい。


「なんでコンビニ。バド部のなら、学校に届けてもらえばいーじゃん」

「そーだね。あははは」


ももしおはわざとらしく笑った。

様子が変。でも、これは運んでやらないと可哀想だよな。


「あ、台車あるの知ってる? 職員室の前の廊下の突き当りんとこ。それの外用使えば?

 学校の外ってのがまずいかもしんねーけど、バド部のもん運ぶんだったらOKじゃね?」


残りもオレが運ぶつもりだった。なのに、ももしおは、聞いた途端に走り出した。


「ありがと。宗哲君」

「おい、待てって」


ももしおは、あっという間にオレの声が届かないところに行ってしまった。速っ。

こっちのだって、台車使った方が楽なのに。しょーがない。バド部の部室まで運んどいてやるか。


バド部の部室は体育館の隣。女子部室棟。バドミントン部、体操部、バレー部、バスケット部、卓球部など、体育館で活動する女子の部室棟。建物が新しい。しかも、冷暖房完備。共同だがシャワー室もあるらしい。なんで? 男子部室棟と違い過ぎじゃね?


オレは女子バドミントン部のドアの横に、ドッグサークルを立てかけて置いた。


それから走ってコンビニに向かう。

ももしおは、台車にドッグサークルをのっけて、がらがらと道路を歩いているところだった。


「替わろっか?」


申し出たら、


「大丈夫。運べそう。ありがとね、宗哲君。授業行きなよ」


オレの手は必要ないらしい。


「こんなん1人でやることねーじゃん。バド部の男子使っていーんじゃね?」


仮にも我が校のアイドルだぞ。いくら中身がズレてても、輝くような超絶美少女であることに変わりない。頼まれれば誰だって手を貸すって。


「いーのいーの。じゃね。もう大丈夫」


ももしおは、嬉しそうに右手をひらひらと振った。

その人差指にはうさぎの絵がついた絆創膏が貼られていた。


どっかで見たことあるよーな?




ねぎまによれば、ももしおは相変わらず授業をちょくちょく抜けるらしい。昼休みはほぼいない。部活も出ない。ももしおの周りはそれに慣れつつあって。

そんな状態に、ねぎまは今も心を痛めている。


だからオレは、少しでもねぎまを元気づけようと知らせた。


『ももしお、バド部の道具、部室に運んでた』


ピースサインの絵文字もオマケ。


昼休み、弁当を食べようとすると、ねぎまがオレのクラスにやって来た。


「宗哲クンっ」


息を切らして。髪を乱して。色っぽい。

クラスの引き戸のところで、張りつめたような美しい顔がこっちを向く。

ただならぬ雰囲気に、クラスのみんなが一斉にオレを見た。


「どした?」

「来て」

「飯」

「持ってきて。私も持ってくる」

「はい」


有無を言わせぬ様子に、つい返事が畏まる。


ねぎまは、小走りで廊下を進み、弁当箱入りの巾着袋を持つと、オレを振り返りながら、またまた小走り。階段を駆け下り、体育館方面へ向かう。


「マイ、どこ行くんだよ?」

「部室」

「へ?」

「バド部の」


え、オレ、女子の部室に入れちゃったりするわけ? マジで?

そうか。ねぎま、ずっと悩んでたもんな。悩みっぱなしだったもんだ。やっぱさ、必要だって。カタルシス。そんなとき、オレを求めてくれるなんて。


がちゃ


ねぎまが女子バドミントン部のドアに鍵を差し込んだ。


ぱたん


ドアがオープンされる。

ねぎまはドアを全開にしたまま、部室の中央に立った。そしてオレを見つめる。真剣な双眸。


ごくっ


オレは湧き上がる熱い感情と共に唾を嚥下した。


長かった。ここまでの道のり。

努力と精進の甲斐があった。

男テニのみんな、オレも仲間に入れてくれ。

いざ、禁断のカタルシスへ!



ぽってりとしたピンクの厚めの唇が開く。


「シオリンが運んだのは、どれ?」


⤵⤵


「え、なに」

「宗哲クン、シオリンがバド部の道具を運んでるの見たんでしょ?」

「おう。ドッグサークル」

「は?」

「ドッグサークル」


オレはリピート。


「なにそれ」

「犬の檻ってゆーか、中で犬を遊ばせることができる柵みたいなヤツ」

「そんなの、バド部で使うわけないじゃん」


「ですよね」


当然。


「シオリンは本当にここに運んだの?」

「オレが運んだ半分は、この部室の外に置いた」

「じゃ、ここにはない」

「え」

「だって、鍵は顧問と私が管理してるもん。部活さぼってるシオリンが、今、顧問に顔合わせられるわけない。私には鍵なんて借りに来てないの」


ねぎまの顔がみるみる力を失っていく。

思わず抱きしめたい衝動に駆られ、オレ史上の大きな一歩を踏み出した。


「マイ」

「ストップ! 宗哲クン。女子の部室に入っちゃダメ」


「さーせん」



その後、体育館の横の日向で、ねぎまと2人でお弁当を食べた。

太陽に背を向けて。日焼けするのが嫌なのだそう。女子って。


話題はもちろん、ももしおのこと。

ミナトも含め、また4人で集まりたいなんて話をした。



「そういえば、空気入れの犯人は分かった?」


忘れかけていたことをふと思い出す。


「ううん」

「そんな訳の分かんねーことって、ももしおかなってちょっと思ったけどさ、鍵がないんだったら、ももしおじゃないよなー」

「鍵はね、部活の間は空いてるの。部活が終わった時に普段は顧問に返すことになってる。

 だから、部活の最中なら、シオリンじゃなくても誰でも出入り自由。遅れて参加する子もいるから。

 でも、開けるときは私。休み時間に細々した用事するときも」


へー。それって、ヤローも入れるじゃん。


「不用心じゃねーの?」

「女子部室棟だから、絶対誰かの目があるもん。男子は入れないよ」

「ふーん」


それに、女子部室棟は渡り廊下からも見える場所。常に人目があるから男子は部活の時間帯は近づきにくいもんな。



「なーなー、そのタコさんウインナーちょーだい」


オレはあーんと口を開けてみた。


「はい、どーぞ」


ぱい


ねぎまがオレの口にタコさんウインナーを入れてくれる。


「こーゆーの、やってみたかったんだよなー。やっとできた。じゃ、マイの番」

「でも宗哲クン、もう何も残ってないじゃん」


しまった。つい、早食いしちまった。



そんなやりとりをしつつ、いちゃいちゃと幸せを味わっていたわけだ。弁当箱を片付けて。

本当は膝枕して欲しいなー、でも流石に学校じゃなー。



「あ、シオリン」

「へ?」


ねぎまの視線の先には、校門に向かって柵の向こうの道路を走るももしおがいた。


「シオリン、いつもお昼、学校抜け出してるのかも」

「どこへ?」

「教えてくれないまま」

「そっか」

「ドッグサークルをどっかに運んできたのかなー」


ねぎまが頬杖をつきながら呟く。


「それはないって。だってさ、すっげー重いもん。しかも、コンビニからわざわざ学校に運んでたし」

「コンビニから?!」

「そー。だからちょっと手伝って、台車ある場所教えた」


「ってことは、ドッグサークルは学校にあるってことだよね」

「だな」

「ワンコ飼ってるのかなー」


ねぎまが推理する。


「さー?」


首をかしげるオレ。

ももしおが変になった最初の日、ももしおは胸に何かを隠していた。

たぶん仔犬じゃない。

仔犬だったら、胸が大きくなったくらいで隠せるとは思えない。んー、でもなー。最近のミニミニサイズのティーカップサイズとかって犬の子供だったらありうる。


「宗哲クン、もし、学校の中でドッグサークル見つけたら教えてね」

「分かった」


あんなに大きなもの、簡単に隠せるわけない。しかも、使うために広げたら、畳一畳分くらいの大きさか、それ以上だろう。そんなものを使える場所なんてどこ? 


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