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単純な好奇心





部活休みの水曜日は雨だった。

クルージングデートは延期。

オレはねぎまと2人でみなとみらいのカフェにいた。

駅から少し歩く場所、雨ってこともあって、店内はいつもより空いている。


クリームチーズの入ったベーグルに添えられているのは、ブルーベリージャム。

ねぎまはコーヒーだけ。


「一口食う?」


オレは、半分にしたベーグルの一方をねぎまに差し出した。


「えーっとね、ダイエットしてるの」

「なんで?」

「シオリンと並ぶと、デブだなーって」

「ぜんぜん。ってか、ももしおは痩せすぎだって。オレ、マイくらいがいい」


たぶん、ねぎまがもう少し痩せていようがぽっちゃりしていようが、気持ちなんて変わらなかったと思う。まあ、実際ねぎまは、本能に訴えてくるようなグラマラスなプロポーション。もしそうじゃなくても本当に好きになったとは断言し辛いけど。


「ホントに?」

「おう」

「ホントにホント?

「うん」


なにこれ、かわいー。


「がっかりしない?」


っ。


「熱っ」


動揺して、思わずコーヒーを少し零すオレ。それは、どーゆーシチュエーションでのこと?


「宗哲クン、大丈夫?」

「だいじょーぶだいじょーぶ」


びびった。

そっか。心の準備は万端なんだな、ねぎま。来週の水曜日には、星だけが知っていた作戦決行すっから。


「あのね」

「ん?」


ひょっとして2人での旅行の計画を具体的にたてようって話かも。さりげなさを装いつつも、期待で胸が膨らむ。


「部室の空気入れがなくなったの」

「は?」


あまりにも突拍子もない言葉に、オレの目は点。

だいたい、バトミントン部に空気入れは必要ない。ボールじゃなくて羽根じゃん。


「浮き輪やイルカを膨らますのに使うやつ」


ねぎまが両手で丸を作り、上からぽふぽふ押す動作をした。


「あー、そっちの空気入れか。だよな。なんでそんなん、部室にあるわけ?」

「夏、バド部のみんなで海に行ったときに使ったの。去年の先輩たちから引き継いだの」


女子バトミントン部は、空気入れを引き継いでるのか。どこもやってること変わんねーじゃん。

オレら男テニは、鍋やガスコンロを駅伝の襷のように引き継いでいる。無法地帯の男子部室棟ではやりたい放題。タコパ、おでん、お好み焼き、流しそうめん、焼肉、しゃぶしゃぶ。


「それって、備品でもなんでもねーから、ほっとけば?」


無責任発言をするオレ。


「それがね、戻って来たの」

「じゃ、よかったじゃん」


「変じゃない?」


「は?」

「海の季節でもない、海外旅行をした人もいない、なのに、空気入れを使った人がいるって」

「温水プールとか?」

「そんなことだったら、話すと思うの。なのに、部員の誰に聞いても知らなくて」

「引退した3年かも」

「これから大学受験ってときに、海外旅行? レジャーパーク?

 そんなずーっとなかったわけじゃないの。私もしっかり見てたわけじゃないけど、2、3日だと思う」


誰かが海外旅行したとかしなかったとかよりも、オレら2人の国内旅行について語り合いたい。

外は雨。窓ガラスを伝う水滴は、外界を幻想的に魅せ、まるで世界に二人っきりって思わせるような空間を作ってくれる。


「いつもどこに置いてあんの?」


なのに、なんでこんな会話してんだろ。不毛。

オレはブルーベリージャムとクリームチーズのハーモニーを味わいながらベーグルを頬張る。うまっ。このブルーベリージャム、まいうー。


「部室の棚。埃被るから透明のビニール袋に入れてあるの。日誌を置くすぐ下の段だから、いつもなんとなく目に入って。あれって、黄色くて目立つじゃん」


この話、まだ続ける? どーでもいいんだけど。

ブルーベリージャムが美味しかったから、小皿のブルーベリージャムを1箇所にバターナイフで集めるオレ。あ、ベーグルもう食っちまった。


「無断借用が許せないって?」


「ううん。単純な好奇心」


「……」


出た。

ねぎまは人が見て見ぬふりして通り過ぎようとすることに、妙な好奇心を発揮する。本人は「単純な好奇心」なんて言ってるけどさ、ヤベーって。オレには「身を滅ぼす好奇心」としか思えねーし。


「宗哲クン。お行儀悪いよ、うふっ」


ぎくっとオレは静止した。

たっぷりとブルーベリージャムをすくったバターナイフを直で口に持っていくか指につけてから舐めようか迷っていたところ。見られてたのか。


「さーせん」


カタ


オレはブルーベリージャムを諦めた。




水曜日のデートが不発に終わろうが、そんなことに凹んではいられない。


劣情も情熱の一種である。

これが真であるとを証明するための努力と精進の日々は悪戯に過ぎた。



「なー、宗哲も手伝ってー」


声をかけてきたのはフラれ男。ジュースパシリゲームの常連。

よくつるんでいる男テニメンバーに混じり、廊下をぞろぞろ歩いて行った。


「なに?」

「演劇部の部室に暗幕運ぶ」


なんでも、次の演劇部の現代劇では、舞台の背景は物を置いて暗幕で覆うのだそう。シュールな演出がしたいのだとか。


「で、なんでお前が暗幕持ってるわけ?」


とオレ。


「去年のクラスで学祭にお化け屋敷やったから、暗幕置いてある場所知ってるし。あれ、重いじゃん」


演劇部は女子が多い。男子もいるが、力仕事を任せろってタイプじゃない。


「へぇぇぇぇ、優しーじゃん。演劇の誰?」


お約束のいじり。ただの親切心でここまでするわけない。演劇部に狙ってる子がいるんだろーなー。


「うっせーよ、宗哲。まず、台車」


やっぱり。この反応はビンゴ。

台車で運ぶほどの量なわけね。

4人で職員室前の廊下を通り、校舎隅のいつも台車が置かれている場所に行った。


「ここに台車が置いてあるの知ってるヤツなんて、ほとんどいねーよな」


フラれ男が、がらがらと「内」と書かれた台車を1台押して廊下まで出してきた。

オレだって少し前まで知らなかった。テニ部の顧問に教えてもらって初めて知った。新入生のユニフォームとウィンドブレーカーが届いたから台車でテニスコートまで運んだんだ。オレがその時使ったのは「外」と書かれた台車。


「内」が校舎内。「外」が外用。

外用は台車の車輪がでこぼこに劣化していて、校舎内で使用すると廊下を傷つけてしまうから。



「次はどこー?」


小田がフラれ男に聞く。


「幹事会室の横」

「へー。そんなとこに暗幕、置いてあるんだ」


知らんかった。


「学園祭んときに使うクラスに貸し出す用だから」

「そっか。だから幹事会が」


納得。

我が校には幹事会がある。生徒会とは一線を画し、体育祭と学園祭を牛耳る。


幹事会室の横まで行った。

そこは、全くと言っていいほど使われない階段の横。看板やら段ポールが置かれている。


「あれ? こんだけ?」


フラれ男がいろんな段ボールを開けて中身を見ていく。


1箱はあった。箱に「暗幕」の文字。


「もっとあったの?」


一緒に探しながら、オレは聞いた。


「あと3箱あったんだよ。とりあえず、これだけ運んどくか。

 確か、幹事会室の中にもまだあるって言ってたから、なんとかなると思う」


がらがらがらがら


4人で演劇部の部室まで台車を転がす。フラれ男はスマホで生徒会の誰かとやりとり。コイツの努力と下心が報われますよーに。オレは心の中で祈った。


「幹事会室の中にも暗幕あるけど、外に置いてあったのは、なくなったっぽい」


フラれ男は首をかしげていた。


「なくなったって。ww」

「暗幕盗るヤツなんているのかよ。ww」

「あんな風に置いてあったから、誰かがゴミと間違えたんじゃね? ww」


みんなで笑った。


がらがらがらがらがら


渡り廊下をすぎ、演劇部の部室に近づくと、部室前から、女の子が1人とヤローが1人、走って来た。


「ありがとう」

「ありがとございます」


女の子はタメ。ヤローは1コ下らしい。上履きのゴムの部分の色で学年が分かる。


女の子が段ボールに手をかけると、ヤローが優しく言った。


「こーゆーのは任せろって」


あれ? 1コ下のはずなのに、コイツ、女の子にはタメ口きいた。


「じゃ、お願い」


すっと女の子はヤローの腕に手を掛ける。あ、この2人、できてるじゃん。


フラれ男は女の子に、足りなかったら幹事会室にも暗幕があることを業務連絡。

ふーん。残念だったな。まあまあかわいー子だよな。


2人のやりとりからカレカノ関係を察し、能面のような顔になってしまったフラれ男は、空になった台車を押し始めた。その後ろに続きながら、残りのオレ達はお互いに肘でつつきあって目で会話。意味は「あ~あ、残念」って。


と、さっきの1コ下のヤローが走って来た。


「先輩、台車、返しときます。どこですか?」

「職員室の前を過ぎた突き当りんとこ」


「はい、分かりました。いつも、とても親切にしてくださってるみたいですね。カノジョに代わってお礼を言います」


撃沈。

しっかり牽制されてるじゃん。しかも年下に。


オレ達はフラれ男の骨を拾うべく、放課後、カラオケで残念会をすることにしたのだった。


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