男には口に出せないこともあるんだよ
翌日はもちろんタケちゃんいじり。
「ターケちゃん」
にやにや笑いながら近づいてみた。
「あ、宗哲、チケット取ったで。ミナトのも」
「さんきゅー」
タケちゃんを肘でくいくいとつつく。
「なんや?」
メガネの半分を前髪で覆ったタケちゃんが、メンドクサそうにこっち視線を向けている。近くに寄れば、髪やメガネの隙間から、ぎり目を確認できる。
「昨夜のってカノジョ?」
「ちげー」
「またまたまた」
「はー」
タケちゃんは苦笑いしながら盛大にため息を吐いた。困っているような顔。
「どした? タケちゃん」
「寝不足」
寝不足って。
あんな時間に女の子が来たんだもんな。やっぱ、あんなことやこんなことやそんなことを。
『西武君しかいないの』とかって。抱いてよフラグ、びんびんに立ってる言葉だったじゃん。
そうか。寝不足になるほど。
「タケちゃん、サッカー部だし持久力ありそーだもんな」
「アホか。朝っぱらから、頭ン中どーなっとるんや。宗哲」
羨ましい。妬ましい。
ふとタケちゃんが持っているアディダスの巾着袋を見ると、うさぎの絵がついた絆創膏が張ってある。巾着のヒモの出入り口付近。
「なにこれ」
「スパイク。磨いたんや」
「ちげーよ。これ。カノジョが貼ってくれた?」
巾着のうさぎの絆創膏を指差した。
「カノジョやないゆーたやろ。ここ、ほつれとったんや」
ふーん。どーせなら縫ってもらえばいいのに。
「へぇぇぇぇ」
「かなわんな」
お、照れてる?
タケちゃんは大きなあくびを1つした。
ところで、さっきから気になる。タケちゃんが生臭い。まるで釣りから帰った祖父の臭い。
「タケちゃん、魚食った?」
「あー。臭う?」
カノジョが朝食に焼き魚定食とか作ってくれたのかな。
タケちゃんがアジとか捌いて、ご馳走してあげたのかも。いーなー。
「いーよなー」
「なーにが。アホか、宗哲」
照れまくりじゃん。
タケちゃんいじり終了。
日が落ちるのが早くなった夕暮れのグランドを斜めにつっきって、オレは自動販売機から一直線に男子部室棟に走る。部活後にせっかくデオドラントシートで拭いた肌は、また汗ばんだ。
チョキを出したのがいけなかった。恒例のジャンケンジュースパシリ。くそっ。
パタン
乱暴に男子硬式テニス部のドアを開ける。
「女って、後ろからとかいきなりとか好きだよなー」
息を切らして部室に戻ったオレの耳に、親友の小田の声が飛び込んだ。
汗と制汗剤がブレンドされた中で、あまりの衝撃発言にぴきーんと固まるオレ。
「さんきゅ、宗哲」
「宗哲、130円。ほい」
「ありがと、宗哲」
ゲーム参加者は、注文したコーラ、お茶、アクエリをビニール袋から取り、代わりにちゃりんちゃりんとオレの掌に小銭を乗せる。オレは、牛久大仏様になったまま、会話の行方を見守る。
後ろから? いきなり? てめーら、部室だからって激しい話するんじゃねーよ。
隔離されたかのような場所に佇む男子部室棟は、高校の敷地の端にある。そこからは、校舎よりもテニスコートよりも、道路が近い。サッカー部、野球部、男子バスケットボール部、ハンドボール部、男子陸上部、男子硬式テニス部の棲家。汗と靴と制汗剤の臭いが結界を作っている。顧問すら足を踏み入れたがらず、無法地帯と化している。
男子硬式テニス部、通称男テニ。部室は二階建て部室棟の一階西の端。
部室内、他では憚られるような話も小声で話す必要がない。
「な、宗哲、ねぎまも後ろからとかいきなりとか好き?」
どんだけプライベートな質問してくるんだよ。
オレの頭の中では、一糸まとわぬねぎまの背後から、あんなことやこんなことやそんなことをする想像が炸裂。
「知るかよ」
やり過ごす。
まだ、そこに到達するまでの努力と精進の最中なんだよっ。確実に近づきつつあるけどな。なんたって、オレには、星だけが知っていた作戦があっし。
「この間なんてさ、背中向けて、オネダリされちゃって」
言いながら、誰かが爽やかにアクエリをぐびっと飲んだ。いやいや、そんなさらっと言うことじゃねーじゃん?
「あ、分かる分かる。ボディランゲージ、的な?」
小田がにやりとコーラのキャップを開ける。
「クソリア充」
カノジョにフラれたたばっかのヤツが悪態。
「で、したの?」
オレはなるべくさりげなーく、聞いてみた。
「一応。後ろからハグ&キス。象の鼻パークで」
「はは。可愛いよな。それくらいで喜んでくれるんだから」
「けっ」
微笑み合うリア充2人を冷めた目で見るフラれ男。
なーんだ。服着てるのか。だよな。そんな話、いくらなんでもしねーよな。
ふーん。後ろからハグ&キスか。
今度やってみよ。
オレは再度、心の中で唱えた。
―――劣情も情熱の一種である―――
女の子が好むことを実行すれば、これが真であることを証明できるんじゃね?
気持ちを言葉で重ね過ぎるのは嘘くさいじゃん。小さなことからコツコツと。小さな行為をコツコツと。
部活後は、可愛いカノジョ、ねぎまと2人で横浜駅へ坂道を下る。
左手はねぎまと恋人繋ぎ。ちょっとメンドクサイ。でもまあ、これは努力と精進の一環。小さな行為をコツコツと。
愛しのカノジョの横顔は口を固く結んでいる。ふわっと秋風が髪を攫い、眉間のシワを露わにした。
「どーした? 嫌なことでもあった?」
オレは立ち止まって、ねぎまの顔を覗き込んだ。
「んーとね。シオリンが」
「ももしおが?」
「変なの」
「それはいつものことじゃん」
はっきり言って、ももしおは平均的な女の子からズレている。
「いつもと違うの。授業さぼってばっかりで」
「株の売買してんじゃね? 前からじゃん」
ももしおは、株のデイトレード好きが昂じて、授業をさぼるなんて日常茶飯事。
「それでも学校には来てたのに、先週は休んだの。
今週は学校に来たと思ったら、気がつくと帰っちゃって。
どうしたのって聞いても、シオリン、なんにも教えてくれなくって」
「教えてくれないってのが変だよな。デイトレしてるんだったらゆーじゃん」
「でしょ? なんか、変な臭いするし」
「なにそれwww」
ここんとこももしおを見かけていない。
「でね、考えてみたら、株主総会のときからかなって」
「あー、そーいえば、あったよな。ももしおが騒いでた日、竹野内豊似のゼットンがどーたらって」
ねぎまは、それ以来、ももしおが変だと言う。
「ホントにゼットン探してるとか?」
「なのかなー。ときどき思い出し笑いしたり、時間ばっかり気にして。あのボタン見せてくれた株主総会の日だって、あの後、すぐ帰っちゃったんだよ」
どこの高校のボタンか調べるために、すぐ制服売り場に行ったんだろう。ももしおはそーゆーヤツ。
「へー。オレ、その日、横浜でももしおに会った。なんか、アイツ、幻のラーメン屋を探してるとかって。なんだっけ。ほら『運命の出会い』とかの日だから、幻のラーメン屋に会えるかもって」
「シオリンらしいね」
そういえば、4人で集まっていないかも。ももしお×ねぎま、ミナト、オレのメンバー。
誰が提案するわけでもなく、なんとなく週3くらいのペースで集まっていた。あれから1週間過ぎている。
「そのとき、ももしおのヤツ、ジャージ着てた」
変だったことをねぎまに伝えようと思って、そこで中断。
胸がデカくなっていたなんて、とても言えねーじゃん。そんなとこばっかり見てるの?ってことになるじゃん。
「ふーん。シオリンったら、あの日、バド部に来なかったのにぃ」
バドミントン部をさぼったのに、ジャージを着てたのか。胸に何隠してたんだろ。
「実はもうゼットンを見つけたとか?」
「それだったら喜んで教えてくれると思う」
「だよな」
あの単純なももしおが、恋バナをねぎまに黙っていられるとは思えない。
ぶぶー
「あ、ちょっとLINE見ていい? シオリンからかも」
ねぎまのスマホにメッセージが届いたようだ。
「ももしお?」
「違った」
隣でスマホを見つめるねぎま。がっかりしているのが手に取るように伝わってくる。
「違ったのか」
「宗哲クン、男テニ、Z高と練習試合決まったんだって」
「は? オレんとこにまだ試合の話、来てねーし」
すっげータイムリーだな。
「男テニの部長とつき合ってる子からだから」
「あっそ」
部員よりカノジョに先に教えてんじゃねーよ。
「『男テニの応援しながらZ高のテニス部員を見に行こうね♡』だって」
「部長のカノジョなのにそれかよ」
Z高、そんなにいいのか?
「あ、私、この日ムリー。バド部も練習試合入ってる」
ももしお×ねぎまはバドミントン部。
「今までそんなにだったのに、バド部って練習試合増えたんじゃね?」
基本、我が校の体育会系の部活はゆるゆる。御多分に漏れず女子バドミントン部もそうだった。土日なんてどっちかに2時間程度あるかないかってくらいだったのに。最近はぎっしり練習試合が詰まって、平日もみっちり。
おかげで、ねぎまと2人きりで旅行する約束が延び延びになっている。
「シオリンが強いから、顧問がはりきっちゃって。結構ビシバシ」
「へー」
ももしおは運動神経の塊。走れば速い、投げても跳んでも動物並み。
オレの脱DT計画がままならないのはももしおのせいだったのか。許せん。




