表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/33

男には口に出せないこともあるんだよ

翌日はもちろんタケちゃんいじり。


「ターケちゃん」


にやにや笑いながら近づいてみた。


「あ、宗哲、チケット取ったで。ミナトのも」

「さんきゅー」


タケちゃんを肘でくいくいとつつく。


「なんや?」


メガネの半分を前髪で覆ったタケちゃんが、メンドクサそうにこっち視線を向けている。近くに寄れば、髪やメガネの隙間から、ぎり目を確認できる。


「昨夜のってカノジョ?」

「ちげー」

「またまたまた」

「はー」


タケちゃんは苦笑いしながら盛大にため息を吐いた。困っているような顔。


「どした? タケちゃん」

「寝不足」


寝不足って。

あんな時間に女の子が来たんだもんな。やっぱ、あんなことやこんなことやそんなことを。

『西武君しかいないの』とかって。抱いてよフラグ、びんびんに立ってる言葉だったじゃん。

そうか。寝不足になるほど。


「タケちゃん、サッカー部だし持久力ありそーだもんな」

「アホか。朝っぱらから、頭ン中どーなっとるんや。宗哲」


羨ましい。妬ましい。


ふとタケちゃんが持っているアディダスの巾着袋を見ると、うさぎの絵がついた絆創膏が張ってある。巾着のヒモの出入り口付近。


「なにこれ」

「スパイク。磨いたんや」

「ちげーよ。これ。カノジョが貼ってくれた?」


巾着のうさぎの絆創膏を指差した。


「カノジョやないゆーたやろ。ここ、ほつれとったんや」


ふーん。どーせなら縫ってもらえばいいのに。


「へぇぇぇぇ」

「かなわんな」


お、照れてる?

タケちゃんは大きなあくびを1つした。

ところで、さっきから気になる。タケちゃんが生臭い。まるで釣りから帰った祖父の臭い。


「タケちゃん、魚食った?」

「あー。臭う?」


カノジョが朝食に焼き魚定食とか作ってくれたのかな。

タケちゃんがアジとか捌いて、ご馳走してあげたのかも。いーなー。


「いーよなー」

「なーにが。アホか、宗哲」


照れまくりじゃん。


タケちゃんいじり終了。






日が落ちるのが早くなった夕暮れのグランドを斜めにつっきって、オレは自動販売機から一直線に男子部室棟に走る。部活後にせっかくデオドラントシートで拭いた肌は、また汗ばんだ。

チョキを出したのがいけなかった。恒例のジャンケンジュースパシリ。くそっ。


パタン


乱暴に男子硬式テニス部のドアを開ける。


「女って、後ろからとかいきなりとか好きだよなー」


息を切らして部室に戻ったオレの耳に、親友の小田の声が飛び込んだ。

汗と制汗剤がブレンドされた中で、あまりの衝撃発言にぴきーんと固まるオレ。


「さんきゅ、宗哲」

「宗哲、130円。ほい」

「ありがと、宗哲」


ゲーム参加者は、注文したコーラ、お茶、アクエリをビニール袋から取り、代わりにちゃりんちゃりんとオレの掌に小銭を乗せる。オレは、牛久大仏様になったまま、会話の行方を見守る。


後ろから? いきなり? てめーら、部室だからって激しい話するんじゃねーよ。


隔離されたかのような場所に佇む男子部室棟は、高校の敷地の端にある。そこからは、校舎よりもテニスコートよりも、道路が近い。サッカー部、野球部、男子バスケットボール部、ハンドボール部、男子陸上部、男子硬式テニス部の棲家。汗と靴と制汗剤の臭いが結界を作っている。顧問すら足を踏み入れたがらず、無法地帯と化している。

男子硬式テニス部、通称男テニ。部室は二階建て部室棟の一階西の端。

部室内、他では憚られるような話も小声で話す必要がない。



「な、宗哲、ねぎまも後ろからとかいきなりとか好き?」


どんだけプライベートな質問してくるんだよ。


オレの頭の中では、一糸まとわぬねぎまの背後から、あんなことやこんなことやそんなことをする想像が炸裂。


「知るかよ」


やり過ごす。

まだ、そこに到達するまでの努力と精進の最中なんだよっ。確実に近づきつつあるけどな。なんたって、オレには、星だけが知っていた作戦があっし。


「この間なんてさ、背中向けて、オネダリされちゃって」


言いながら、誰かが爽やかにアクエリをぐびっと飲んだ。いやいや、そんなさらっと言うことじゃねーじゃん?


「あ、分かる分かる。ボディランゲージ、的な?」


小田がにやりとコーラのキャップを開ける。


「クソリア充」


カノジョにフラれたたばっかのヤツが悪態。


「で、したの?」


オレはなるべくさりげなーく、聞いてみた。


「一応。後ろからハグ&キス。象の鼻パークで」

「はは。可愛いよな。それくらいで喜んでくれるんだから」

「けっ」


微笑み合うリア充2人を冷めた目で見るフラれ男。

なーんだ。服着てるのか。だよな。そんな話、いくらなんでもしねーよな。


ふーん。後ろからハグ&キスか。

今度やってみよ。



オレは再度、心の中で唱えた。

―――劣情も情熱の一種である―――


女の子が好むことを実行すれば、これが真であることを証明できるんじゃね?

気持ちを言葉で重ね過ぎるのは嘘くさいじゃん。小さなことからコツコツと。小さな行為をコツコツと。




部活後は、可愛いカノジョ、ねぎまと2人で横浜駅へ坂道を下る。

左手はねぎまと恋人繋ぎ。ちょっとメンドクサイ。でもまあ、これは努力と精進の一環。小さな行為をコツコツと。


愛しのカノジョの横顔は口を固く結んでいる。ふわっと秋風が髪を攫い、眉間のシワを露わにした。


「どーした? 嫌なことでもあった?」


オレは立ち止まって、ねぎまの顔を覗き込んだ。


「んーとね。シオリンが」

「ももしおが?」

「変なの」


「それはいつものことじゃん」


はっきり言って、ももしおは平均的な女の子からズレている。


「いつもと違うの。授業さぼってばっかりで」

「株の売買してんじゃね? 前からじゃん」


ももしおは、株のデイトレード好きが昂じて、授業をさぼるなんて日常茶飯事。


「それでも学校には来てたのに、先週は休んだの。

 今週は学校に来たと思ったら、気がつくと帰っちゃって。

 どうしたのって聞いても、シオリン、なんにも教えてくれなくって」


「教えてくれないってのが変だよな。デイトレしてるんだったらゆーじゃん」


「でしょ? なんか、変な臭いするし」

「なにそれwww」


ここんとこももしおを見かけていない。


「でね、考えてみたら、株主総会のときからかなって」

「あー、そーいえば、あったよな。ももしおが騒いでた日、竹野内豊似のゼットンがどーたらって」


ねぎまは、それ以来、ももしおが変だと言う。


「ホントにゼットン探してるとか?」

「なのかなー。ときどき思い出し笑いしたり、時間ばっかり気にして。あのボタン見せてくれた株主総会の日だって、あの後、すぐ帰っちゃったんだよ」


どこの高校のボタンか調べるために、すぐ制服売り場に行ったんだろう。ももしおはそーゆーヤツ。


「へー。オレ、その日、横浜でももしおに会った。なんか、アイツ、幻のラーメン屋を探してるとかって。なんだっけ。ほら『運命の出会い』とかの日だから、幻のラーメン屋に会えるかもって」


「シオリンらしいね」


そういえば、4人で集まっていないかも。ももしお×ねぎま、ミナト、オレのメンバー。

誰が提案するわけでもなく、なんとなく週3くらいのペースで集まっていた。あれから1週間過ぎている。


「そのとき、ももしおのヤツ、ジャージ着てた」


変だったことをねぎまに伝えようと思って、そこで中断。

胸がデカくなっていたなんて、とても言えねーじゃん。そんなとこばっかり見てるの?ってことになるじゃん。


「ふーん。シオリンったら、あの日、バド部に来なかったのにぃ」


バドミントン部をさぼったのに、ジャージを着てたのか。胸に何隠してたんだろ。


「実はもうゼットンを見つけたとか?」

「それだったら喜んで教えてくれると思う」

「だよな」


あの単純なももしおが、恋バナをねぎまに黙っていられるとは思えない。


ぶぶー


「あ、ちょっとLINE見ていい? シオリンからかも」


ねぎまのスマホにメッセージが届いたようだ。


「ももしお?」

「違った」


隣でスマホを見つめるねぎま。がっかりしているのが手に取るように伝わってくる。


「違ったのか」

「宗哲クン、男テニ、Z高と練習試合決まったんだって」

「は? オレんとこにまだ試合の話、来てねーし」


すっげータイムリーだな。


「男テニの部長とつき合ってる子からだから」

「あっそ」


部員よりカノジョに先に教えてんじゃねーよ。


「『男テニの応援しながらZ高のテニス部員を見に行こうね♡』だって」

「部長のカノジョなのにそれかよ」


Z高、そんなにいいのか?


「あ、私、この日ムリー。バド部も練習試合入ってる」


ももしお×ねぎまはバドミントン部。


「今までそんなにだったのに、バド部って練習試合増えたんじゃね?」


基本、我が校の体育会系の部活はゆるゆる。御多分に漏れず女子バドミントン部もそうだった。土日なんてどっちかに2時間程度あるかないかってくらいだったのに。最近はぎっしり練習試合が詰まって、平日もみっちり。

おかげで、ねぎまと2人きりで旅行する約束が延び延びになっている。


「シオリンが強いから、顧問がはりきっちゃって。結構ビシバシ」

「へー」


ももしおは運動神経の塊。走れば速い、投げても跳んでも動物並み。

オレの脱DT計画がままならないのはももしおのせいだったのか。許せん。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ