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お団子頭の女の子

ミナトはオレの手から空のペットボトルを奪うと、コンっとオレの頭を軽く小突いてゴミ箱に捨てた。


「犬を探すぞ、宗哲。五重の塔がどっかに片付けられるんだったら、それの後つければいいじゃん」


ミナトが言う犬は、もう1頭、午後のセレモニーで渡されるパンダ犬のこと。

液晶画面には仔犬を抱いて喜ぶおっさんが映っている。その背後では舞台が片付けられていた。

へー。片付けるのか。あんなでかい五重の塔、運ぶの大変だろうに。



急いで五重の塔を見に行くと、舞台からは引っ込んでいたものの、天安門広場の絵の裏に置きっぱなしになっていた。五重の塔を追って犬を探すことはできないってことか。


ショーが終わった舞台に注意を払う人間なんていない。オレとミナトは普通に舞台裏に入ることができた。無人。入ってしまえば、外から姿を見られることはない。


でかい五重の塔は、舞台用の台の上の端まで追いやられている。パンダ犬が入れられていたのは、舞台の高さも加わって、見上げると自分が立っている場所から6~7メートル上にある様に見える。舞台裏でセッティングしてから舞台に五重の塔を出すらしく、傍らにはハシゴが横たわっていた。うっそ、危なすぎ。ちゃうちゃうパンダ犬が高所恐怖症だったらかわいそうじゃん。


五重の塔はよくできた張りぼてで、表からは結構しっかりしたクオリティの代物だったのに、裏は使い回しっぽい模様付のべニア板が見えた。パンダ犬は、表から見たときは五重の塔の中にいるように見えていた。が、実は、柵しかない矩形の中に入っていただけ。確かにこの方が、セッティングのときにパンダ犬を入れ易い。

後ろから見ると前面と側面の前方面2割分だけが五重の塔。


よかった。

仮にパンダを入れようとしたら、簡単に入れられる。

柵の中は結構広くて、充分あのパンダが入る。柵の高さも大丈夫、落ちない。


舞台のバック、天安門広場の絵は布のようなものに描かれていて、裏から見ると、明るい展示場内の様子が透けて見える。


「あ! マイ」

「えっ」


確かにねぎまが見えた。舞台の左前方に。

急いで舞台裏から飛び出した時、もうねぎまの姿はなかった。



人を掻き分けて方々に視線を走らせる。

いない。

確かにねぎまだった。見間違えるはずがない。


思った通り、ももしおがパンダ係、ねぎまが偵察担当だった。



「ねぎまちゃんを探せないなら、パンダ犬を探そ」

「だな」


エレベーターで地下まで行ってみた。


「なあ、映像残るんじゃね?」


オレは地下でうろつくのはやめようと意味を込めてミナトを見た。


「監視カメラとか、知らないだけで、建物ん中にうじゃうじゃあるんだろーな」


なんもできねーじゃん。


地下2階と地下1階。エレベーターを下りるのはやめて、頭だけ出してきょろきょろしてみた。

ただの駐車場。イベント専用のトラックもどこかに停まっていそうだけれど分からなかった。

1階はイベント会場オンリー。

とすると、パンダ犬がいるのは地下駐車場か2階ってことになる。


ん?


前方から、顔に雑技団の派手なメイクをした女の子が1人、ジャージ姿で歩いている。ジャージの前をはだけているから、派手な衣装がちらちら見える。髪はクマの耳みたいな2つのお団子。手にはコンビニの袋をぶら提げている。

顔が小さい。手足が細長い。ももしおみたいな体型の子って、中国人にもいるんだな。

ももしおよりも若干背が低いかもしれない。


姿勢のいい女の子は、オレ達がさっきいた喫煙所の方へ歩いて行く。


「なあ」

「うん」


ミナトを見ると、オレと同じことを思ったようで、以心伝心。

2人で女の子の後をつけた。



雑技団の女の子は、姿勢よく滑るように2階のコンコースを歩いて行った。

そして、さっきオレ達がアクエリを飲んでいたコーナーの後ろを通り過ぎ、トイレの前も通り過ぎ、関係者と札が立っている向こうのドアに消えた。


見つかったら怒られる。

それくらいの覚悟は即できるし。だってさ、昨夜は警察行く覚悟したんだもんな。


キィィィィ


ドアをそっと開けると、ただの廊下。

オレは自分の鼻を頼りに、くんくんと犬の臭いがしないかやってみた。ムダ。

お昼時で弁当の脂っこい匂いしかしねーし。


耳は犬の鳴き声を探す。いるとしたら、屋外のような気もするが。なんせ仔犬。人間と一緒にいるかも。



『ヤバい』


ミナトの袖を掴んだ。廊下の右前のドアが開いた。ドアの背になる方にいるから、まだ見つかってない。人が出てくる前に!

咄嗟に隠れたのは、手前の部屋。


「失礼しますっ」


一応そう言って入ってみた。

いねーじゃん。


その部屋には誰もいなかった。

雑然と荷物が置かれ、何脚もの椅子に衣装がくてっと掛けられていた。色的に、さっきの雑技団の衣装と思われる。部屋の手前の方には事務テーブルがあり、段ボールに入ったお弁当が数個残っていた。どうやら昼食の後らしく、45リットルのゴミ袋がいっぱいになって傍らにあった。


誰もいないと思ったのも束の間。


がちゃ


あたふたとミナトとオレは、無造作に置かれているスーツケースやらスポーツバッグの塊の陰に隠れた。


ナント!


ももしおじゃん。

パンダはいない。ねぎまと担当を交代した? それともどっかの荷物の中にもう置いてきた?

まさかな。用が済んだのにこんなとこにいるわけねーじゃん。


「ももしお」


小声で呼ぶと、飛び上がるほどびっくりしてこっちを見た。ミナトと2人で、荷物の陰から顔だけ出す。


「宗哲君、ミナト君!」

「何してんだよ。パンダは?」


睨みつけると、ももしおは後ずさりする。


「えーっと」


荷物が置かれている場所でオレが立ち上がったときだった。


がちゃ


誰か来た。ミナトとオレは咄嗟にまた隠れた。


「&%$?」


入って来たのはさっき2階のコンコースを歩いていた雑技団の女の子だった。中国語で驚いている。


「ご、ごめんなさい!」


ぺこりと頭を下げ、ももしおが謝った。


「日本人?」


あら? 雑技団の女の子が話したのは日本語。


「はい」


ももしおがすまなそうに答える。と、女の子は嬉々として話し出した。


「日本の漫画大好き。スラムダンク、最高。それは、制服? コ―コーセー?」

「日本語分かりますか?」

「少し。日本の漫画で勉強しました」


ぐるるるるるる


その時、めっちゃでかい音でももしおの腹が鳴った。部屋中に響いたし。


「あ」


恥ずかしそうにももしおは腹を押さえる。


「私の食べてください。私、太ることがいけないから。こっち」


くすくす笑いながら、女の子はコンビニの袋からサンドイッチを取り出した。それから、ももしおにイスを勧めてお弁当を置く。あー、なんか見てたら腹減ってきた。


「いーの? ありがとう。いただきます」

「あなたの制服、かわいい」

「あなたの衣装、ステキです」


ももしおまで片言になることねーじゃん。


「私、あなたの制服、着てみたい。日本、コ―コーセーの制服、かわいい」

「いいですよ」

「ふふふ。食べたらチェンジしましょう」


へー。

女子って、初対面でも、そんな風に打ち解けるって方法があるのか。男にはありえん。

ってかさ、不法侵入にお咎めなしかよ。危機管理能力ゼロ。


我が校の女子の制服は「ダサい」っていつも女子が文句言ってる。スカートは紺。上は古式ゆかしき紺ブレで、あまりのダサさに、ほぼみんなカーディガン。式とつく日にしか着てこない。

男子は学ラン。


ももしおは紺のスカートに紺のカーディガン。紺のソックス、リーガルシューズ。

ネクタイやリボンは制服にないのに、縞々だったりチェックだったりのものを日替わりでつけて来る。今日は臙脂と白の縞のリボン。


せっかくなら、スカートがチェックとか、いっそのことセーラー服だったりした方が雑技団の女の子としては嬉しかっただろーに。



いつものごとくももしおは早食い。女の子はサンドイッチだけだったから、もう服を交換するらしい。

期待したけどさ、仕切りみたいなもんが用意してあって、その向こうで着替えてた。


ジャーンって感じで登場して、2人して褒め合う。


「かわいい」

「プリティ」

「素敵」

「ビューティフォー」

「「ありがとう」」


「お化粧もしましょう」


今度は化粧が始まってるし。何やってんだよ。ねぎまが待ってるんじゃねーの?

オレの心配を余所に、女の子はももしおの顔を真っ白に塗って、目の周りに派手な色を付けた。おまけに髪もポニーテール。


「あ、私、スマホを持ってきます。写真を撮ろうよ。しばらくお待ちください」


なんとなくアンバランスな敬語を遣い、女の子は部屋を出て行った。

今だ。オレはねぎまがどこにいるか聞こうとした。


「ももし」


がちゃ


早っ。もう戻って来たのかよ。


「&#)J%**$」


入って来たのは男数名。雑技団のメンバー。

ももしおの手首を掴むと、何かをしゃべりながら連れて行こうとする。


「マイマイは、給湯室の中」


ももしおは大きな声でそう言った。


「#)G=”(&&」


何言ってるんだ? 的な雑技団メンバー達の声が被さった。


ぱたん


部屋にはオレ達以外、誰もいなくなった。


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