相乗効果のトラブルメーカー
キャビンの中でパンダを自由にさせてやると、よちよちと動き回る。いろんなものに興味を示して、ハンドルを回そうとしたりする。背が低くて上手くできないからよかったものの、もう少し大きかったら船を運転しそうな勢い。
「ミナト、ごめん」
「なんで宗哲が謝るんだよ」
「トラックん中で見つかったのオレだし。見つからなかったら、コイツが殺されるなんて知らなくて、連れてこなかったじゃん」
「いや、トラックの荷台に入った時点でアウトだろ」
そんな風にミナトは言ってくれたけどさ、だいだい、ももしお×ねぎまをミナトに紹介したのはオレ。
もう、そこから、アウトだった気すらする。2人揃うと相乗効果のトラブルメーカー。
カレシのくせに、ねぎまの好奇心を押さえ込めない、オレもオレだよな。情けな。
パンダが、床に座っていたオレの脚を乗り越えていった。さっきまで、よくももしおの膝の上で大人しくしてたって感心する。もし、抱っこされてなかったら、コイツ、海に落ちてたと思う。
ねぎまからLINEが来た。
『シオリンのスカート洗ってくる。すぐ戻るから。何か買ってくるものある?』
は? 洗うって? どこまで行くつもり?
即、電話。
「スカート洗うって? どこで?」
『コインランドリー』
「近くにあんの?」
『レンタサイクルで行ってくる』
「レンタサイクル? んなんあるんだ」
『バド部で遊んだとき、みんなで会員になったの』
「へー」
ももしお×ねぎまが会員になっているレンタサイクルは、なんと24時間いつでも使用可能。所々に専用の駐輪所があるのだそうな。観光地の横浜、このスポットには数多くの駐輪所があるとミナトが教えてくれた。ミナトの元カノも会員らしい。
女子っていろんなこと知ってるよな。好奇心ってねぎま特有のもんじゃなくて、女子一般に標準装備されてるのかも。ま、ねぎまはちょっと旺盛すぎだけど。
ももしお×ねぎまが戻ってきたとき、パンダは行き倒れ状態で眠っていた。
どさっ
どさっ
どさっ
毛布2枚、バンダナ、バスタオル、パン、おにぎり、マッシュポテト、温かいレモネード、紙コップ、スティック型の粉ミルク、哺乳瓶、紙コップ、新聞紙、長い布。
自首する最後の夜を質素に過ごそうってことか。
「ありがと。毛布、いるよな」
釣り糸を切るハサミで毛布のタグを外す。
「なー、ももしおちゃん、これ、なに?」
ミナトが布を手に取った。
「寝るとき寒いからじゃね?」
オレが布のタグを外していると、ねぎまが教えてくれた。
「それでね、だっこもおんぶもできるの」
そっか。明日、警察に自首するとき用か。別に、この際、交番の前までタクシーで行けばいいのに。
「ミルクって人間のでいーの?」
こんな時間にどこで買って来たんだよ、粉ミルクなんて。哺乳瓶まで用意してさ、もうパンダは寝ちゃってるじゃん。
「分かんないけど、お腹空くよりはいいと思って」
ねぎまは手際よく哺乳瓶を使えるように袋から出しながら答えた。
「バナナ食ってたじゃん。あ、食わなかったのか」
「調べたら、まだお母さんのおっぱいみたいだったから」
ねぎまの口から「おっぱい」という単語が。頂きました。なんかありがたい。
「お湯ねーじゃん」
「コンビニでもらってきた」
「朝までに冷めるんじゃね?」
「冷めてきたら、ホッカイロと体温で温める」
体温でって。そこまでするのか。腹空いてても、明日になったらオレらの手ぇ離れるのに。
パンダはもこっとした塊になって眠っている。まだ、母親のおっぱいなんて。そんな小さいのに、攫われて、閉じ込められて、真っ暗な中で過ごしたのか。可哀想に。怖い思いしたんだろな。
不意にミナトがももしおに聞いた。
「ももしおちゃん、パンダには名前つけないの?」
ももしおはすーすー眠っているパンダを寂しそうに見て、お尻を撫でた。
「うん。すぐお別れだもん」
パンダは、安く売っていたという大判の星条旗柄のバスタオルに包まれた。
オレとしては、船を汚されないオムツを穿かせたいとこ。買ってねーじゃん。パンダの下に新聞紙敷いたけどさ、防寒くらいにしかならねーよ。どーすんだよ。結構な量と臭いだったじゃん。大の方は頼むから勘弁してくれ。
真夜中まで、過去のことを喋って笑いあった。
普段、オレ達は今と未来を見てたってのに。今流行ってるお笑いでふざけて、次の試合こそって気持ちを切り替えて、高3までにはねぎまと2人で旅行をしようって期待に胸を膨らませてた。
でも今は、初めて会ったときの話とか、もう終わった体育祭の部対抗のリレーの順位とか、癖のある教師の物真似なんかをしてる。
明日からのことなんて、想像もしたくなかった。
絶望のちょい手前くらい。
くっちゃべって夜が更けていく。
「「「「かんぱーい」」」」
紙コップで乾杯。
「ペットボトルじゃないんだ?」
「うふっ」
オレが聞くと、ねぎまはにっこり微笑んだ。
レモネードは、まだほんのりと温かかった。
キャビンで4人寝るのは難しい。船の前方のスペースを利用したバウバース―――仮眠スペースがあるが、2人でいっぱい。パンダもいる。
だいたい、女の子じゃん。
だから、2人には家に帰れと言った。こんな状況。終電がなくてもタクシーを使えばいい。
「嫌だ」って言われた。船内泊ということもあるけどさ、明日出頭するなら、親に会っておくべきだと思ったのに。
ミナトがみなとみらいにあるマンションで眠るように言った。それも断られた。
眠っ。
疲れたのかも。
2人を説得したいのに、欠伸ばっか。体の力が抜けていく。
ももしお×ねぎまがバウバース。ミナトとオレとパンダがキャビン内の床。横にはなれないが。
そうすることに決まったかどうかすら曖昧なほどの眠気。
あかん。先に歯ぁ磨きたい。
「眠ぃ。オレ、歯ぁ……」
寝落ち。
ふわっ
ちゅっ
体が何かに包まれて、左瞼に柔らかい感触を感じたような気がした。
「起きろ。宗哲、起きろって」
ゆさゆさと体を揺すられる。
「ん……。はよっ」
至近距離にはミナトの焦った顔。
「おはよじゃねーよ。いないって。2人共」
がばっ
驚いて起き上がる。毛布をはねのけた。
「あ」
「気づいた?」
オレが毛布をはねのけた手の甲には、口紅っぽいものでピンクの文字が書かれていた。
『ケイサツにいかないで』
「パンダはっ」
「いない」
ミナトとオレで男臭くなったキャビンの奥、バウバースはもぬけの殻だった。
そして、コックピットのイスの上には、薬の箱。「頭痛、生理痛」の薬。
盛れらたのか。そっか。ボトルでも缶でも乾杯はできる。なのに紙コップだった。違和感あったんだよ。
でもって、生理痛の薬かよ。
すぐにポケットからスマホを取り出す。
「SIM抜かれてる」
とミナト。
スマホの画面には『SIMカードが挿入されていません』の表示。
スマホを取り上げずに、SIMカード持ってくって。どーゆーこと?!
時刻は10時を回っていた。それはSIMカードがなくても分かる。
「宗哲、パピコ横浜行くぞ!」
ばんっ
ミナトが乱暴にキャビンのドアを開けた。
「分かった。船で行く」
「船で?」
「ぽかり桟橋んとこに海の駅がある」
海の駅というのは、道の駅の船バージョン。船が立ち寄って係留できる場所。トイレや休憩所があるあ。
ぽかり桟橋は、パピコ横浜のすぐそば。庭先にある感じ。
海から行けば、今いるマリーナの目と鼻の先。
エンジン始動。加速。
「探してどうする? 警察に行こうって説得?」
ミナトがオレの足元に転がっていた毛布を畳んでバウバースにほおり込んだ。
「分んね。どーすればいい?」
オレも無策。
それでも、行くしかねーじゃん。
ぽかり桟橋へ行く途中、臨海パークでは、今日もスポーツウエア姿の人達が集まって、人のタワーをつくたりしていた。つい数日前、ねぎまと甘い時間を過ごしたことを思い出して、胸がひりひりした。
到着。
大急ぎで係留して、波のようなぎざぎざの屋根のパピコ横浜の展示会場へ走った。チケット、ねぎまからもらっておけばよかった。
入場料は500円。よかった。なんとかなる。
建物の中へ入場してすぐ、走ろうとすると、ミナトに遮られた。
「全力で走ると目立つ」
会場は国内最大級。どうやって探す?
二手に分かれようにも、スマホのSIMが抜かれてたんじゃ、見つけたときにミナトと連絡を取り合えない。くそっ。どっちだよ。SIM抜いたの。小賢しいことしやがって。
入場のときに手渡された会場案内マップを広げた。
自分だったらどうするかを考える。
「なぁ、ミナト。あんな重いもん連れてうろうろできねーと思わね?」
大型犬の諭吉よりは軽かったが、教科書が入ったラケットバッグより重かった。
「でかいしな」
「オレだったら、トイレとかで待ってて見て来てもらう」
「かもな。でも、女子トイレは探せないって」
「そっか」
会場案内マップの1階部分を見れば、女子トイレは12か所。会場が特大サイズだからか、トイレの数が多い。2人じゃ全てのトイレ前で見張ることなんて不可能。




