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シオリン、お口にチャック

劣情も情熱の一種だと思う。

これが真であるとを証明するために、日々努力、日々精進。


欠伸を堪えて化学の授業を受けるのも、精進の一環―――のわけねーじゃん。眠っ。


ぶぶー


授業中。ズボンの左ポケットの中でスマホが振動した。LINEの着信。

眠気覚ましに画面表示を見てみれば、送り主はももしお。

クラスは違っても授業中のはず。



緊急の連絡事項かもしれないと思い、こっそりLINEを起動した。


『運命の人を見つけたの。どこの高校か分かる?』


メッセージと一緒に写真もあった。校章入りの金色のボタン。

ふざけるな。既読スルー。

ももしおのやつ、またどっかで授業サボってデイトレしてるのかも。




我が校には、人気を二分する2人の超絶美少女がいる。清純派天然系美少女「ももしお」こと百田志桜里と、妖艶派癒し系美少女「ねぎま」こと根岸マイ。


偶然やら画策やらが重なって、オレはねぎまのカレシとなった。

ねぎまは心配りができて気が利く最高のカノジョ。もちろん外見は申し分ない。


スクリーンから抜け出したような目映さ。滑らかな白い肌(未だ堪能したことはない)、優しい眼差し、左目の下に泣きぼくろ。ぽってりとした厚めの唇。緩くウエーブしたセミロング。そして推定DかE。

敢えて欠点をあげるとすれば、好奇心くらい。



清純派天然系美少女と誉の高いももしおは、ねぎまの親友。小顔で手足の長い、透明感のある超絶美少女。澄んだ瞳はこの世の善意の上澄みのよう。が、「清純」は男子の幻想で、下ネタ平気のミーハー女。更に、儲け話が好きな株のトレーダーという顔も待つ。

カレシとして言っておく。ねぎまの方は一般的な女子高生。





「で? ももしおちゃん、今度は誰?」


ももしおからLINEが来たすぐ後の昼休み、学校の外階段の踊り場で4人。ももしお×ねぎま、ミナト、オレ。


ミナトはあだ名に「ちゃん」付けで、安定の優しい口調。でもさ、どう見ても呆れている。

ももしおは超絶美少女なのに、不毛な片想いをする。オレが知っているだけで、8月以降に2回。本格的なもの以外も合わせれば、5回?


育ちの良さそうな長身イケメン、ミナトは、無駄に長い手足を折りたたんで階段に腰掛け、風にゆるふわウエーブの髪をなびかせる。


「あのね、今日の星占いがね『運命的な出会い』だったの。そしたら、キターって感じ。

 聞いて聞いて! ステキなの。

 海のような深い情熱的な眼差し、学生服のズボンがはち切れそうなくらいの太もも、ダーティな髭」


「髭? なんだよ、ももしお。デブのおっさんかよ」


興味なし。オレはでれーんと階段に脚を投げ出して、手すりに背中を預けた。青い空にはうろこ雲。


「ちがーう! だって、学ラン持ってたもん。このボタン、学ランの第二ボタンだもん」


ころん


ももしおは掌を開いて、金のボタンを見せた。


「はっ。オレらよりも、女子の情報網の方が、そーゆーの早いんじゃね?」


オレはボタンの模様も見ずにあしらった。


「ダメなの。シオリンはね、このメンバーでしか株のことを話してないから、女の子たちには聞けないの。株主総会で出会ったなんて言えないでしょ? 宗哲クン、どこの高校か知りたいの」


とねぎま。


ももしお×ねぎまは男子が勝手につけたあだ名で、女子の間では、ももしおが「シオリン」、ねぎまが「マイマイ」と呼ばれている。


カノジョの頼みとあれば、無視するわけにはいかない。むくりと体を起こせば、目の前には無駄な肉がないスレンダーな2本のももしおの脚。


「ももしおちゃん、株絡み?」

「午前中の株主総会で出会ったの。斜め前に座ってて。ステキだなーって一目惚れしたの」


ミナトの質問に、胸の前で手を組んで乙女ポーズで答えるももしお。


「ももしお、授業さぼって株主総会行ってたのかよ」


オレは呆れた。授業をさぼることを、鼻くそほども気にしないももしおを、ある意味尊敬する。


「**ホールディングス。株主総会のお土産にお菓子が出るの。株主は母なんだけどね、売買してるのは私だから、確定日に買って株主総会の招待状をこっそり取っておいたんだー」


ももしおは、素人のオレ達にはおかまいなしに、株の専門用語を挟み込む。これには慣れた。スルー。


「そんなに株主総会に出たかったの? ももしおちゃん」

「うん。美味しいお菓子だもん」


だもんじゃねーよ。菓子目当てにん十万動かしたのかよ。菓子だけ買えよ。


「シオリン、**ホールディングスって、データ改ざんで問題になったとこじゃない?」

「うん。なんだか偉い人達がずらーっと並んで頭下げてたよ」


うっわー。目の前で見たのかよ、ももしお。

しかし、最近、そーゆーの多いよなー。もう慣れてきた感すらある。


「で、お土産は? ももしお」


オレは掌を上に向けて差し出した。


「食べたよ。マイマイと2人で」

「あっそ」


人探し頼むなら持ってこいよ。


「ももしおちゃん、ボタン貰ったくらいなら、直接名前聞けばよかったのに」


確かに。ミナトの言うことはもっとも。


「えーっと。席を立ってる隙に、こっそり第二ボタン貰っちゃったんだー」

「はいそれ、窃盗ー」


間髪入れずに突っ込むオレ。


「学校知りたかったんなら、ボタンの写真撮ればいいだけなのに。シオリンたら、乙女なんだから」


おい、ねぎま。犯罪者を甘やかすな。


「うーんとね、こんな感じの顔」


ももしおは、指先にペットボトルの外側の水滴をつけて、コンクリートに、へのへのもへじのような落書きを始めた。どーでもいいけど、スカートを気にせず自然に脚をM字に開くって、どーなの?


「ももしお、パンツ見えてっぞ」


ジェントルマンなオレは注意してやった。


「見せパンだからいーの」


ももしおの膝に自分のカーディガンを脱いでかけたのは、ねぎま。優しい。こんなところも好きになったんだよな。


「ねぇシオリン、その絵はちょっと」


優しいねぎままで、人間の顔に程遠い似顔絵にNGを出した。

ぜんっぜん分かんねーし。分かったの髭の感じだけだし。ももしお、めっちゃ絵ぇ下手だな。


「あ! 私の絵よりも、ゼットンに似てる」


ももしおは人差指をピンと立てて言った。


「そーなの?! シオリン。それ、めちゃカッコいいかも!」


ねぎまが目を見開いて反応。


「きゃーー、ゼットンだよ、ゼットン」


ももしお×ねぎまは立ち上がり、手と手を取り合ってぴょんぴょん跳ねて喜んでいる。

オレの頭の中ではウルトラ怪獣が暴れた。


「ももしおちゃん、ゼットンって?」


ミナトが聞くと、


「ちょっと待って」


ももしおはスマホを操作してゼットンとやらの画像を見せてくれた。


それは少女漫画の絵。

中央に裸の男が1人、正面を向いてベッドに腰かけている。そいつの両太ももに1人ずつ半裸の女がしなだれかかり、両肩にも1人ずつ半裸の女。ベッドや足元にも横たわった女がいっぱい。


そーいえば、妹が友達から借りてきたエロい少女漫画の脇役に出て来ていた。敵チームのバスケ部エース、スーパーモテ男として。この少女漫画エロ過ぎだろ。なんで18禁じゃないわけ?


「ももしおちゃん、こんな高校生いないから。てか、これ、人間レベルじゃないから」


ミナトの言う通り。


「でもね、女だったら憧れちゃうの。

 何度も何度も求められて、一睡もせず朝を迎える。朝起きて気づく、体中のキスマークと腰のダルさ」


「シオリン、お口にチャック」

「マイマイだって、憧れてるくせにー」



ねぎま。この手のタイプが好みなわけ? オレ、ちょっとご期待に応えたられねーかも。ここまでの自信ねーよ。でもってキスマークって、そんなにつけなきゃいけねーもんなの? メンドクサそうじゃん。そんな余裕ねーだろ。分からん。AVと少女漫画が違いすぎる。リアルってどーなんだ?


「すごいね。ももしおちゃん」


ももしおのエロ妄想に呆れたミナトは、大きな左手で自分の顔を覆った。


「ベッドを下りて歩こうとしたら、足腰に力が入らなくて崩れ落ちるんでしょ?」


ももしお! 無垢な目でエロいこと語るんじゃねー。


「普段部活で鍛えてるももしおちゃんとねぎまちゃんなら、大丈夫だよ。ははは」


4人の中で1人だけ大人な(推測)ミナトは、恥ずかしそうに笑った。

そーなのか。ちょっと安心。ダメだ。この手の話、女子の前では恥ず過ぎる。


「シオリン、顔は誰系?」

「竹野内豊」

「はっはっはははは。いるわけねーじゃん。高校生だろ? 一般人だろ?

 竹野内豊が街歩いてたら、スカウトされちゃうーの、芸能活動しちゃうーの、じゃね?」


すこん


おっと。


笑い飛ばすと、ももしおにボタンを投げつけられた。すかさずオレは、肩に当たって跳ね返ったボタンをチャッチ。


「ホントに竹野内豊がマッチョになった感じだったの!」


オレの掌の上には、「Z」と「高」の字が重なった金ボタン。もはや「Z」は絶倫のZにしか見えねーし。


「シオリン。ちゃんと探そう。そうだ! 制服のお店で聞いてみるのはどお?」

「そうする。男子なんてきらい。行こ、マイマイ」


ふんっと鼻息荒く、ももしおはオレからボタンをもぎ取った。


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