第10話 芽吹く邪悪の種
「死神達の接吻」
ミランダの指令を受けた6人の小魔女たちが放った黒い靄のドクロが、一斉に天使長のイザベラさんに襲いかかった。
さっきはミランダの放った死神の接吻から生還したイザベラさんだけど、今度ばかりは6連続だ。
これならいくら3分の1の確率だからって……。
やがて黒い靄のドクロが消え去ると、イザベラさんに組みついていた小魔女たちがサッと空中に離れていく。
彼女たちは死神の接吻に巻き込まれながら、全員が生還していた。
ってことはまた失敗……いや!
僕はイザベラさんの様子に目を見張った。
その場に立ち尽くしていたイザベラさんだけど、ふいにグラリとよろけたかと思うとすぐに仰向けに倒れた。
せ……成功だ。
死の嵐に巻き込まれたイザベラさんのライフが一気に0になっていた。
「こ、これはさすがに反則……ですよ」
力のない声でそう言うとイザベラさんは静かに息絶えた。
た、確かに3分の1の確率とはいえ、ああして何連続も死神の接吻を続けられたら受ける方はたまらないだろう。
イザベラさんの頭上に輝く光の輪のうち、2つ目から光が失われる。
残りはあと1つだ。
そんな彼女を見下ろしながらミランダが傲然と言い放つ。
「フンッ。何が反則よ。命が3つもある奴に言われたくないわね」
だけどミランダはそこでガックリと膝をつき、そのままその場にしゃがみ込んでしまった。
「ミランダ!」
イザベラさんの苛烈な打撃をまともに受けてしまったから、やっぱりミランダは相当なダメージを負っているんだ。
僕は我慢できずに駆け出すと回廊を駆け下りていく。
イザベラさんのライフが0になったことで、小天使たちは姿を消していた。
だけど僕は、階段を下りる途中でいきなり数人の小魔女たちに捕まって足を止められた。
小さな彼女たちだけどその力は強く、僕は腕や足を掴まれて動けなくなってしまう。
「ど、どうしたの? 放してよ。ミランダが……」
「そこにいなさい。アル。まだ戦いは終わってないわ」
ふいに広場にミランダの声が響き、僕が視線をそちらに向けると、彼女は小魔女たちに肩を借りながら再び立ち上がっていた。
広場には最初からいた小魔女と合わせて総勢で40人以上の小魔女たちが残っている。
すごい数だ。
ミランダはいったい何人の小魔女を呼び出せるんだろうか。
ミランダの能力の高さにあらためて驚く僕だけど、そんな彼女でもかなりの痛手を被ってしまっている。
すっかり傷ついたミランダの姿に僕は胸が痛んだ。
すでにミランダはライフも魔力も残り20%を切っている。
いくら多くの小魔女を従えているからって、もう一戦行うのはどう考えても無謀にしか思えない。
それでも彼女は少しも衰えない眼光の鋭さで、倒れていているイザベラさんを見下ろした。
「さて。いよいよ追いつめたわよ。イザベラ。さっさと起きなさい。最終ラウンドを始めようじゃないの」
そう言うとミランダは倒れているイザベラさんの周囲に小魔女を配置する。
さっき気付いたんだけど、イザベラさんは新たな命を発動させて復活する際に、ほんの少しだけダメージ無効時間が発生するみたいだ。
起き上がりざまに攻撃を受けないように補正されているんだろう。
だけどああして周囲を何重にも取り囲まれた状態なら、遅かれ早かれイザベラさんは再び死神の接吻の嵐をその身に浴びることになる。
ちょっとズルイけど、これも戦いだ。
こっちは負けられないんだ。
そう思って僕は事態を見つめていたけれど、イザベラさんは倒れたまま、なかなか立ち上がろうとしない。
彼女のライフはゼロになったまま一向に元に戻る気配がなかった。
2つ目の命を失ってからすでに1分が経過しようとしている。
おかしいな。
もうとっくに復活していてもいいのに……。
ミランダも怪訝な顔で状況を見守っている。
その時だった。
僕らの頭上に唐突にシステム・ウインドウが展開されたんだ。
【システム・エラー。第3ライフが正常に起動できません】
システム・エラー?
イザベラさんが復活できないってことか?
突然の出来事に僕は困惑してミランダを見下ろした。
彼女は眉を潜めながら、それでも油断なくイザベラさんの様子を注視している。
するとふいにこの裏天樹の中央広場に警告音が鳴り響き、再びシステム・ウインドウが展開された。
そこには先ほどの白字とは違い、赤い字で点滅する警告文が表示されていたんだ。
【警告:詳細不明なプログラムが実行されています】
詳細不明なプログラム?
鳴り響く警報音に加え、中央広場の中の照明がすべて赤色灯に変わって視界を赤く染める。
明らかな異常事態に僕とミランダは困惑して視線を交わし合った。
するとその時、床に横たわっていたイザベラさんの体がピクリと動いたんだ。
ミランダは即座に反応し、黒鎖杖を構えて警戒する。
イザベラさんのライフはまだ0のままだ。
動けるはずがない。
だけどイザベラさんの様子は明らかにおかしい。
動いているとはいっても、全身を痙攣させながら腕がいきなり跳ね上がったするなど、不自然な動きを見せている。
ど、どうなってるんだ?
イザベラさんの動きは見る見るうちに激しくなっていくけれど、やがてそれも止まり、沈黙に変わった。
だけど異常な事態はそれでは終わらなかった。
「うぅぅぅぅぅぅ……ああああっ!」
突然、イザベラさんが叫び声を上げ始めたんだ。
依然としてライフがゼロの彼女は自分の腹部を手で押さえながら、激しく悶え苦しんでいる。
その口から震える言葉が漏れ聞こえてきた。
「まさか……あ、あの子が……ううぅぅぅ」
あの子?
それ以上はよく聞き取れなかったけれど、イザベラさんは自分のお腹を押さえながら必死に何かを堪えようとしていた。
そんな中、点滅し続けるシステム・ウインドウの警告文が異常を見せる。
【異常なプログラムがhfho**af/hu//fiq>>>beuh%%ohfoijp……】
も、文字化けしてる。
システム・ウインドウもいよいよおかしくなってきたぞ。
だけどそれからすぐに警告が止まり、イザベラさんは再び地面に横たわると動かなくなった。
尋常じゃない様子だったけれど、一体何が起きているんだろう。
そこで再びシステム・ウインドウが開き、意味のない文字の羅列が続く。
だけど……。
【g\y**ou//who%d&h##aohaufodufhudho……堕天王 プログラム起動】
だ、堕天王?
ふいに表れたその文字に僕は眉を潜める。
あれは一体何を表しているんだ?
困惑する僕の耳にミランダの緊迫した声が鳴り響いた。
「アルッ!」
ミランダのその声に反射的に広場を見下ろした僕は思わず目を見張った。
広場に倒れているイザベラさんの体に思わぬ異変が起きていた。
突如として彼女の体中から黒い煙のようなものがうっすらと立ちのぼり始めている。
すると彼女のお腹からいきなり黒と白の陰陽模様をした球体が現れたんだ。
そしてそれはグルグルと回転を続け、徐々に球体から人の姿へと形を変えていく。
な、何が起きているんだ?
人の姿をした黒い煙は次第に実体化していき、ある人物となってそこに現れた。
それは子供くらいの背丈であり、非常に分かりやすい特徴を持っていた。
左右一対に背中から生えているのは白い天使の翼と黒い悪魔の羽。
頭には天使の輪と悪魔の角を見せ、白い衣の上に黒い甲冑を着込んでいる。
それは……堕天使だった。
ど、どうして堕天使が……。
だけど僕の驚きはそこに留まらなかった。
僕はその堕天使の顔を見て思わず息を飲んだ。
それは僕の知っている顔だったからだ。
その顔を見間違えるはずもない。
「……キャ、キャメロン」
そう。
そこに現れた堕天使はゲームオーバーになったはずの商人キャメロンと同じ顔をしていたんだ。
僕が知る彼よりも目つきは鋭く、表情も佇まいも禍々しい雰囲気を帯びているけれど、それは確かにキャメロンだった。
彼は自分の体を確かめるように手足をしげしげと眺め、満足げにニヤリと笑みを浮かべた。
「自分の望む姿に生まれ変わるというのは、いい気分ですね」
キャメロンはそう言うと、すぐ傍らに倒れたまま動かないイザベラさんを見下ろし、次に近くにいるミランダ、そして周囲にいる小魔女たちへと視線を転じていく。
そして最後に回廊の上の僕に目を止めると、フッと口元を歪めた。
「ごきげんよう。アルフレッド様。お元気そうで何よりです」
以前と同じように彼はそう言って笑みを浮かべた。
だけどそれは以前の彼の優しいそれとは似ても似つかぬ邪悪な笑みだった。
僕は思わずたじろいでしまう。
あ、あれがキャメロンだなんて信じられない。
おののく僕をよそに、ミランダは厳しい視線をキャメロンに向けた。
「あんた。どうしてその女の体から出てきたわけ? そしてここに何しに来たのよ。答えなさい」
「これはこれはミランダ様。天使長殿を2度も倒されるとは驚きの勝負強さですね。ワタクシがなぜ、何のためにこのような場所に出向いたのか……」
そう言ったキャメロンの目に鋭い眼光が宿った。
「……全て計画していたからに決まってるだろう。愚かな魔女めが。そしてこの俺がここに来たのは、貴様らを俺の餌にするためだ」
キャメロンはそれまで聞いたこともないような不遜な口調でそう言うと白と黒、左右一対の翼を大きく広げた。
その姿はまるでこの世界を終わらせるために降臨した堕天使の王のようだった。
お読みいただきまして、ありがとうございます。
次回 最終章 第11話 『降臨! 堕天の王』は
1月24日(木)0時過ぎに掲載予定です。
よろしくお願いいたします。