第13話 ようやくの帰還
「……ル様。アル様」
誰かが僕を呼ぶ声で目が覚めた。
目を開けるとそこはいつもの兵舎、即ち闇の洞窟の最深部に建てられた僕の部屋だった。
僕が目を覚ましたベッドの脇に座っていたのは光の聖女ジェネットだ。
彼女は心配そうに僕を覗き込んでいる。
あれ……僕、何をしていたんだっけ。
僕は身を起こして彼女を見つめ返した。
「ジェネット……ただいま」
「もうアル様。ただいま、ではありませんよ。なぜ洞窟の入り口からではなく、コンティニューによってご帰還されたのですか?」
ジェネットは不可解といったように眉を潜めてそう言う。
コンティニュー……そうだ。
僕はゲームオーバーになったんだった。
そこで僕はさっきまで自分が何をしていたのか克明に思い出した。
長身女戦士ヴィクトリアのNPC転身試験を手伝うために竜人ノアとの戦闘に参加して、その中でゲームオーバーになったんだ。
頭の中にヴィクトリアとの出来事があれこれ浮かんでは消えていく。
そしてヴィクトリアが最後に僕の頬に口づけをした場面を思い出し、急に僕は気恥ずかしさに襲われて思わず頭をブルブルと振った。
「アル様? 大丈夫ですか? 何だかお顔が赤いような……」
そんな僕の肩に手を置いてジェネットが不安げな視線を向けてくる。
僕はハッとして自分の頬に手を当てた。
ま、まさか跡が残っていたりしないよね?
「アル様? 頬をどうかされたのですか?」
「へっ? ほ、頬? い、いや。何でもないよ」
の、残っているわけないか。
ハ、ハハハ。
馬鹿だな僕は。
「大丈夫大丈夫。ちょっと色々あって……」
「もしやまた面倒ごとに巻き込まれていらしたのでは?」
ギクッ。
さすがに察しのいいジェネットは僕の異変なんかすぐに見抜く。
疑わしげな視線を向けてくるジェネットを前に、僕は変に取り繕うことはせずに素直に頷いた。
「うん。実はそうなんだ。だからすぐに戻れなくて……ミランダ、怒ってなかった?」
「それはもうカリカリしてましたよ。帰ってきたら全身の皮を剥いでやるって」
うぅ……やっぱり。
それにしてもヴィクトリアも同じこと言ってたけど、さ、最近は皮を剥ぐのが流行ってるのかな?
「と、とりあえず事情を説明するよ。ミランダは?」
僕がそう尋ねるとジェネットは少々困ったような顔をした。
「それが……ちょっと前にアル様を訪ねてお客様がいらしたのですけれど、その方とミランダがちょっとモメているところでして」
「来客? 僕に?」
誰だろう……。
もしかしてヴィクトリアがもうNPCになって訪問してきたとか?
僕は起き上がり、ジェネットと一緒に兵舎の外に出た。
するとその途端に、ガミガミと頭に響くようなミランダの怒鳴り声が聞こえてきたんだ。
僕らは兵舎とは目と鼻の先にあるミランダの根城である闇の祭壇に向かった。
すると何やら小さな人影がミランダと言い争っているのが見えてきた。
「うぬに用はない。ヒステリー魔女。早くあのヘタレ兵士を呼んでくるがよい」
「このチビ。誰に口をきいてるか分かってるのかしら? 子供だからって容赦するとでも思ってんなら泣きを見ることになるわよ」
あれっ?
えっ?
ええええっ?
僕はミランダと睨み合うその小さな人影に驚きを隠せなかった。
「ノ、ノア……」
そう。
ミランダと対峙しているのは、ついさっきまでヴィクトリアと戦っていた竜人ノアだったんだ。
僕の声に気付いた2人がこちらを向く。
「あ! アル! ようやく帰ってきた。ちょっとアル。何なのこのクソ生意気なクソガキは」
「クソクソ言うでない。下品な魔女めが。品がないのは顔だけにせよ」
「何ですって! 言わせておけば……」
ちょ、ちょっとちょっと。
そのくらいにしてよ。
僕は慌てて2人の間に入り、これ以上ヒートアップしないようにミランダをなだめにかかった。
「ただいま。ミランダ。遅くなってごめん。ちょっと事情があって……うわっ!」
そう言う僕の兵服を後ろから掴んで引っ張ったのはノアだった。
ノアは仏頂面で僕を見上げる。
ま、まさかさっきの戦いの仕返しに来たとか?
うぅ……僕、ヴィクトリアを手助けするために散々ノアに嫌がらせのようなアイテム攻勢をかけたからなぁ。
恨まれても仕方ないかも。
怯える僕にノアは口を開く。
「うぬに聞きたいことがあってノアはここに来たのだ」
「聞きたいこと? 僕に?」
あれ?
仕返しに来たんじゃないのかな?
虚を突かれて呆けた声を出す僕にノアは黙ってコクリと頷いた。
「竜酒と、それからノアをあの姿に替えた変幻玉。あれはどこで手に入る?」
思いもよらない唐突な質問に僕は思わず目を白黒させた。
「そ、それを聞きに来たの?」
そ、そういえばあの戦いの最中もそんなことを言っていたな。
僕を捕まえて上空高く飛び上がったあの時に。
一体どういうことなんだろうか。
不思議に思いながらも僕は正直に答えた。
「お、王城の城下町で買ったんだよ。あそこだったら大抵のアイテムは手に入るし」
竜酒と変幻玉は確かに世間一般では取り扱いが少ない部類のアイテムだ。
どこの街にでも売っているわけじゃない。
城下町はこの辺りじゃ一番大きな町で店も多いから、購入するのに苦労はしなかったけどね。
でも何でそんな物が欲しいんだろう?
竜酒はドラゴン退治を生業にする竜殺しや、ドラゴンを飼い慣らす竜使いにはおなじみのアイテムだけど、竜人であるノアが欲しがる理由が分からない。
変幻玉についても同様だ。
内心で首を傾げるボクにノアはいきなり言った。
「その店にノアを案内せよ」
「え? いや、僕は勝手にここを出られないから……」
そう言う僕にノアは槍を突き付けてきた。
「案内せよと言うておる」
「ひえっ!」
ノアの傍若無人な振る舞いにビビる僕。
だけどそこでミランダが怒気を振り撒きながら黒鎖杖でノアの蛇竜槍を払い落とす。
キンッという金属音が鳴り響き、次いでミランダの怒りの声が上がった。
「ちょっとチビ助。こいつは私の家来よ。私の許可なく勝手に連れ出そうだなんて、あんたボコボコにされたいの?」
「うぬには話しておらぬ。馬鹿面ぶら下げて、そこで黙って見ているがよい」
ミランダとノアが互いに殺気立つ。
ま、またさっきの続きが始まっちゃうよ。
僕が慌てて2人を仲裁しようとすると、そこにジェネットが割って入ってくれた。
彼女はミランダを目で制すると、ノアに朗らかな笑みを向けて言う。
「ノアといいましたね。城下町の道具屋でしたら私が詳しいので、アル様ではなく私がご案内いたしますよ」
「うぬには話し……」
そう言いかけるノアだけど、ジェネットはそれを許さない。
「あなたは竜酒と変幻玉をお求めなんですよね。でしたら品物が手に入ればそれでよろしいのでは? それともお供するのがアル様でなければならない理由があるのでしょうか」
穏やかな口調と柔らかな表情。
それでいて相手に与えるプレッシャーの強さ。
ジェネット特有の対人スキルには、さしものノアも分が悪いようで、口をへの字に曲げたまま黙り込んでしまった。
ジェネットは沈黙したまま、じっとノアを見つめて返答を待っていた。
やがて無言の圧力に根負けしたノアは降参というように両手を挙げた。
「ノアはアルフレッドのことが好きになった。だから一緒に連れて歩きたいのだ。城下町で逢引せぬか?」
……ファッ?
お読みいただきまして、ありがとうございます。
次回 第一章 第14話 『ノアはアルフレッドが好き』は
9月14日(金)0時過ぎに掲載予定です。
よろしくお願いいたします。