吟遊詩人の女
「それでね、次の時にあの二人をくっつけられないかなって」
「くっつけるって……頼まれもしてないのに酔狂だな。方法は?」
「それはまだ考え中だけどー」
うーむ……。なんでこうなった?
朝食だか昼食だか分からない食事を摂った僕は、なぜかスズと共に買い物に出かけていた。
最初の原因は、スズと食事を共にしたことだったのは間違いない。
そして次に、彼女にレティリエたちの様子を見に行ってもらった事も原因だろう。
僕らが食事を終わっても、レティリエたちは誰も降りてこなかった。
よくよく考えれば、ここまでずいぶんと無理をしてきた旅だった。エルフの里での戦闘からはゆっくり休む暇なかったし、そもそもエルフの姉弟にとっては旅自体が初めてだ。疲労が溜まっていてもおかしくない。
そう思った僕はそこでレティリエの発作が心配になって、しかし女子部屋に無断で入るのわけにもいかず、また疲れて寝ていた場合起こすのも悪いと考え……スズに頼んで様子を見に行ってもらった。
結果だが、彼女たちはまだ泥のように寝ていたらしい。ついでにモーヴォンもまだ寝ていた。
安心したが、となると三人が起きてくるのを待つべきか否か。
一応だが、レティリエの発作を抑える魔術陣はモーヴォンにも教えてある。ミルクスにもそういう症状を起こすかもしれないことは伝えている。
僕がいない間に発症しても、エルフ姉弟がいれば対処してくれるだろう。そう考えた僕は一人で町に繰り出すことにしたのだが……スズに買い物に出る旨を伝えたところ、自分も出るので一緒に行こうと言い出したのだ。
僕の頼みで女子組の様子を見に行ってくれた直後である。しかも、聞けば賭場を開いたおかげで酒の在庫が減ったので注文に行きたいのだが、今の町を一人で歩くのは物騒だとか言う。
酒については完全に僕のせいだった。あと明日の夜までに補充しないといけないのも僕のせいだ。
彼女には頼みを聞いて貰った直後でもあり、これからも場所を貸して貰う宿屋の娘さんでもあり、僕の賭場の客でもある。
うん、断れる理由が無かったな。
「酒蔵は近いのか?」
「そこまで遠くはないわ。あ、安心して。樽を担いで貰うために連れてくわけじゃないから。注文すれば届けてくれるの」
「そもそも店用の酒樽担ぐのは無理だろ……」
チェリエカの町は今日もそれなりに賑わっている。特に意外と安全そうだと知った、商魂たくましい者たちが多い。
兵隊たちを相手に商売しに来た者もいれば、町の住民を客と見定めて来た者もいて、さらには集まった商人を目当てに来た者もいるだろう。道ばたには簡素な拵えの露店がまばらに点在し、さまざまな品物が並んでいるのが見て取れた。
とはいえ、賑わいといってもさすがに通常の大きな町ほどではない。バハンよりはマシだが、僕が暮らしていたルトゥオメレンの首都ソナエザとは比べるべくもない。
おそらく、以前のチェリエカの町よりも劣るだろう。道を行き交う人の量も、質も。
「よお、若いお二人さん。どうだい見ていかないかい? 魔術大国ルトゥオメレンの魔術師が造った、恋愛が上手くいく護符だよ」
「え、本当に? そんなのあるの?」
……スズ、君はラスコーたちのために興味を惹かれたかもしれないが、その露天商のハゲオヤジは僕と君がそういう関係だと思ってるって分かってる?
「すまない店主。僕らは別に恋仲というわけじゃないんだ。ほら、行くよスズ」
「あ、待ってよリッド君」
僕は彼女を急かしつつ先を行く。
「ちょっと、もう。ラスコーさんに持たせようと思ったのに」
「大丈夫だ。君の小遣いで買えるのは全部偽物の紙切れだから」
「う……でももしかしたらってことも」
「僕はこれでも術士の端くれだぞ。あの護符の術式がめちゃくちゃなのは見れば分かる。……それに、本物だったら本物だったで問題だよ」
ルトゥオメレン製な恋愛の護符とか想像するだに恐ろしいが、スズは小首を傾げる。一般人は純粋だなぁ。
「なんで本物だと問題なの?」
「ルトゥオメレンの術士は腕はいいが、だいたい人間性に問題がある。そんなヤツらに恋愛が上手くいく護符なんてフワッとしたもの造らせてみろ。できあがるのは間違いなく呪いのアイテムだぞ」
まあ最悪ヤンデレ死だな。マジ南無い。
「……たしかに人間的に問題ある人に、そんなの作ってもらいたくないわね」
魔窟だからな、あそこ。
アノレ教室はより取り見取りだったし、ドロッド教室だって遺跡調査に抜け駆けするようなヤツらだった。
歩きながら、僕は同じような露店の品揃えを横目で見ていく。……偽物、粗悪品、ぼったくりの見本市だな。良心的そうな店でも割高だ。
さすがこんなところまで商売に来るヤツらである。マトモにやる気はないらしい。今の街中は物騒だとスズが言っていたが、頷けるラインナップだな。
しかしこれ、探せば違法品とかも売ってるんじゃないか。
さっきの店程度じゃ話にならないが、麻薬の売人とか見つけてフロヴェルス軍にチクれば、恩を売れるかもしれない。
「ねえ、じゃあどうやってあの二人をくっつけるの?」
「……それ、僕が考えるのか?」
色恋には疎いんだがな……だが、占い師のふりするなら避けては通れない話題でもある。―――仕方ない。ちょっと真面目に考えてみよう。……そうだな。うん、よし。手っ取り早いのは弱みを握ることだな。こんな思考してる時点でダメくさいぜ。
「くっつけるとかの前に、メリアニッサがなんでこの町に来たのか知りたいな。何か糸口が見つかるかもしれないし」
「そんなの、詩うために決まってるじゃないか。うちは詩人だよ?」
酒の補充注文が終わり買うべきものを買って宿に戻ると、メリアニッサが酒場で酒をチビチビ飲っていた。まだ日が高いのにいいご身分だ。しかも聞けばさっき起きたばかりだと言うから、寝起きで酒とか完全にダメ人間である。
「こういうところには詩と音楽の力が必要だ。ツラいことがあって大変だからこそ、気分くらいは明るくなきゃならない。そして、詩人はそのためにいるもんさね」
そう語る彼女の笑顔は明るくて、思わず浄化されそうに眩しい。くっ、コイツもしや聖人か。いや寝起きで即酒飲む聖人なんかいてたまるか。
「つまり、娯楽の需要がありそうだから一稼ぎに来たってことだろ?」
「ちょ……直球過ぎだよリッド君!」
僕の指摘をスズが窘める。だって負の面で捉えなきゃ眩しさで惨めになっちゃうだろこんなの。
「いいさいいさ。歯に衣着せないとそうなるし。実際、稼ぎはいいよ。特に最初のころは良かった。フロヴェルスの兵隊さんは他に金の使い時がなかったみたいで、すっごく太っ腹だったよ」
悪びれずに肯定するから気持ちがいいよな、この女。
うん、ラスコーが惚れるのも分かる。
「メリアニッサさんが歌ってくれるから、この酒場も兵隊さんがよく来てくれるようになったのよ。すっごく助かってるんだから」
「あはは、助けられてるのはこっちだね。宿代オマケして貰ってる上、タダで演奏場所を借りてるんだ。こんなありがたい話はないよ」
つまり、宿とメリアニッサは協力関係にあるわけか。で、ラスコーやカヤードのようなフロヴェルス兵は宿泊しないが、食事と演奏目当てに常連やっている、と。
「最初のころはって事は、最近はそうでもないのか?」
「人が集まって街角女が立つようになったもんだからね。前よりは景気よくないかな」
「ああ、娼婦か」
僕の隣でスズが顔を赤らめる。女騎士や女性兵もいるが、軍隊って基本は男が大多数だからな。娼婦にとっては良い客になるだろう。
「ま、彼女たちも必死なんだ。先に来てたってだけで文句言うのは筋違い。客を取られたうちの精進が足りないだけってね」
そう、メリアニッサは本当に気持ちよく笑った。
姉御肌っていうのだろうか。清濁併せ呑んで笑い飛ばす彼女は、僕にとっては聖女と同じくらい眩しく感じる。
「彼女たちより先に来たってことは、君はわりと初期のころに来たのか。その頃はまだ安全な保証なんてなかっただろ? 確実に儲けるアテもなかったはずだ」
「もちろんさ。でも、ほとぼりが冷めてから行っても意味が無い。うちの詩を一番必要としてる人たちは、間違いなくあの時のここに居た」
芸術家にはたまに、こういうのがいる。独自の理論や価値観を有し、そのためならリスクなんて全て度外視して突っ走ってしまう者だ。
宮仕えには向かないタイプだな。行動に常識が当てはまらずコントロールが利かない。
「さすがガチの吟遊詩人。覚悟が違うな。メリアニッサ、君は南西のウルグラ国出身だろ?」
「お、どうして分かったんだい?」
「音楽や芸術で有名だし、なにより隣国だ。ロムタヒマ陥落の噂が広まるにも時間がかかる。早期に到着するには即決する勇気も必要だが、まずは近くないとな」
ヒュゥ、と口笛で賞賛してくるメリアニッサ。
まあ他国から来た音楽家なら芸術国家ウルグラが真っ先に頭に浮かぶから、大した推理でもないが。
「というか、故郷の家族とかはさすがに反対したんじゃないか? 普通に考えたら自殺行為に思われるだろ、魔族に落とされてすぐのロムタヒマに行くとか」
怪獣が出現して逃げ惑う人混みの中を、一人だけ逆行するような立ち回りだ。正気の沙汰ではもちろんないが、そんな者がいたら普通の人間なら止めるだろう。
「ああ、それなら心配ない。うちは天涯孤独の身だからね。心配してくれる知人くらいはいたけど、うちが居なくなって困るヤツはいないさ」
あっけらかんと、重いはずの話をするメリアニッサ。笑ってるけど、さすがの僕も罪悪感がくるぞ、それ。
「あー……それは悪いことを聞いたな」
「別にいいって。辛気くさい顔すんな。それに、裏を返せば好きに生きれる身分ってことだからね。うちには正直、性に合ってるんだ」
僕の隣でスズが難しそうな顔をする。一人が性に合うって、ラスコーにとっては不利な話だからな……。
この世界は前世と比べて結婚の平均年齢ってかなり若いし、彼女くらいだともう焦り始めるくらいの年齢だったりするが、その様子が片鱗も見えないって事はそもそも身を固める意志がないんだろう。
ごめんなラスコー。これは僕にはどうしようもないや。残念だが見捨てよう。
「ま、そんなわけで、うちは故郷に帰る必要もないって話だね。先の予定なんて無いし、面白いサイコロ遊びも始まったし、しばらくは居座るつもりさ。……ここにはまだ、うちの詩が必要だと思うしね」
最後に付け足した言葉を聞いて、それが真意なのだとなんとなく分かった。
―――実際、彼女の詩は上手いし、心が躍る。
彼女の演奏と歌声は、この酒場に来る者たちの笑顔になっているだろう。そして、笑顔の力は強い。今のこの町が明るいのも、きっと彼女の影響が少なくないのではないか。
それは多分、芸術家としての戦いなのだ。
この地の人々の乾いた心を、僕は丁半博打という娯楽で利用しようとした。
だが、メリアニッサはその誇りに懸けて、彼らを本気で癒やそうとしている気がする。
まったく……とんだ善人だな。こんな時間から酒飲んでるくせに。
「それに実は、ここがこれからどうなるか、にも興味はあるんだ」
くいっと酒を飲んでから、メリアニッサはにひひと笑う。お、ちょっと良い笑顔だな。悪いやつの匂いがするぞ。
「これは詩人の性質でね。みんなには悪いが、うちはきっと、最後にこの町がどうなろうと、詩にする。してしまう。例えまた魔族が攻めてきて町が潰されようが、うちは喜んで悲劇の詩を歌いあげるよ。生き残ったらだけどね」
「うん……それはメリアニッサさんが酔うたびに聞いてる」
スズが困り顔で相づちをうった。……酔わないと言わないって事は、つまりはそういうことなのだろう。
「こういうとこには新しい詩のネタが転がってるもんだからね。詩いに来たのは本当だけど、うちはそれも求めてここに来た。ま……どうせなら悲劇なんかより、スカッとする英雄譚とかがいいけどね」
……ああ。僕もそっちの詩が聴きたいね。




