賽音の余韻
「自分には魔力の動きを感じられませんでしたが、アレはどうやって出目を知ったのですか?」
部屋に戻るなり、モーヴォンは僕にそう聞いてきた。
この宿は男子部屋と女子部屋で分けてとっているので、彼と僕の相部屋だ。隣ではレティリエとミルクスが寝る準備をしているだろう。
「別に分かってないさ」
ベッドに腰掛け上着を脱ぐと、早くも眠気が襲ってくる。
徹夜は慣れてる方だが、やっぱり陽キャラをやるのはキツいな。頭痛がするレベルだ。途中で虚無感に襲われるたび魂がひび割れてくるし、ホントにこの役向いてない。僕はもともと引きこもりなんだ。人が大勢いる場所に行くだけで精神が削られるんだぞ勘弁してくれ。誰だこんなやりかたで情報収集しようとか考えたヤツ。
「では、どうして当てられたんです? やはり流れでしょうか」
「まさかだろ」
僕はエルフの若き術士をたしなめる。サリストゥーヴェの後継ならば、彼にはもっとしっかりしてもらわないといけない。
「あんなのに騙されるんなら術士として失格だ。もう少し裏を読め。……僕は勝ち負けがどちらでもいいよう、保険を賭けたに過ぎない。当たったのはたまたまだ」
「ああ、やはりその類の話術でしたか」
なんだ、分かってるのか。じゃあ説明は要らないな。じゃあおやすみ。
「妙に小難しい話で深い事を考えていると錯覚させれば、間違っていてもある程度の納得が得られる。成立しっこない大勝負を仕掛けることで皆の興味を惹かせ、賽の出目そのものから目をそらす。開く直前で宣言を変えることで、深読みしすぎたと言い訳できる。―――よくもまあ、あのとっさであそこまで負けの保険をかけましたよね」
……やるな、モーヴォン。そこまで見通されるとは思わなかった。
結果的に当たったから最高の形ではあったが、外れてもそこまで問題は無かっただろう。
あのときは最終的に、みんなの意識は僕が当てられるかどうかではなく、ラスコーが外れていたかどうか、へと微妙にすり替わっていた。
ここは異世界だ。神の加護が信じられ、実際に魔法があり、僕の師匠のようにチートレベルの占い師だって存在する。
だから、神秘的な力を完全否定する者はいない。運命の流れだって存在すると信じている。
僕ですら、この世界なら存在してもおかしくないくらいには思っている。
あの場ではみんな、僕の語りを真に受けて半が出ると思っていたはずだ。
なら、半が出てもいい。なんだやっぱりお前の言うとおり、半だったじゃないか、と思わせればいい。僕個人の選択は外れでも、占い師としての僕が言ったことが当たっていたのなら問題ない。
おやおやまだ僕も修行が足りないな、などと言ってから、けど降りておいて良かったなラスコーと笑って声をかければ、注目は彼に行っただろう。
「二分の一の単純な勝負なのに、あなたはゲーム以外の場所で戦って、勝ちも負けも余興にしたのです。……婆ちゃんが気に入るわけですね」
「僕はサリストゥーヴェに気に入られてたのか?」
「ええ。でなければ魔力のリンクなんて繋ぎませんよ」
勝手に人のスライムで遊び倒した時か……まあ、たしかにあれは勉強させてもらったが。
「けれど、それでも金貨十枚を賭けるのはやり過ぎだったのでは?」
「……店で料理を注文することも知らなかったのに、金貨の価値が分かるのか?」
「ある程度は分かりますよ。あの場面を見れば」
ラスコーとヘイツのやりとりと周りの反応を見てれば、常軌を逸していたことくらいは察せられるか。
「もし、ラスコーさんが賭けていればどうしたんですか? 負けてましたよね?」
「その時は仕方ないな。なんとかして金貨十枚作るしかない。そうだな、ラスコーとカヤードの二人に口利きしてもらって、錬金術師として造った薬や魔具をフロヴェルス軍に卸すとかどうだろう。これでも魔術大国で最高峰の学院仕込みだからな。神聖王国の木っ端術士よりはマシなのが造れる自信がある。上手くやればここでサイコロを振ってるより、有益な動きができそうだ」
「……転けてもタダで起きる気は毛頭なかったんですね」
呆れるエルフの少年。
まあ、そっちのルートは自由度がだいぶ削られそうだから遠慮したいが。忙しそうだし。
「あのままツボを開けば、ラスコーとヘイツの間での賭けが成立する可能性があった。まあ負けた方は無効を主張するだろうが、後々の面倒になり得る。だから一応、完全に流しておいたのさ」
「そこまで考えますか……」
「術士なら先の可能性まで読むのは当然だ。仮にサリストゥーヴェがここにいたなら、もっと上手くやっただろうさ。……まあ、あの婆さんならそもそも百発百中させそうだが」
自分で使えないのでよく分からないが、魔素感知は長く慣れるほど精度が上がると聞いたことがある。千年間盲目だったサヴェ婆さんなら、ツボに隠れたサイコロの凹凸を読み取って全部の出目を当てるだろう。
「……そういや、魔法でイカサマしてるやつはいなかったか?」
可能性に思い当たって聞いてみると、モーヴォンは首を横に振った。
エルフの術士である彼は、初見でレティリエの聖属性を見抜き勇者だと言い当てたことがある。魔力に対する感受性は人間の比ではない。
「いませんよ。みなさんは正々堂々やってました」
「君だったらイカサマできるか?」
「振る役でなら」
即答だった。どうやらそうとう自信があるな。
残念だ。この少年がどんな賭け方をするのか、少し興味があったのだが。
「ならすまないが、これからも君をゲームに参加させることはできない。次も僕のサポートとイカサマの監視を頼む」
「……意外ですね。やれと言われるかと」
君は僕をなんだと思ってるんだ。これでも正義の勇者パーティの一員なんだが? だが?
「これは忠告だがな、モーヴォン。イカサマでサイコロの出目を操るなんてのは、オススメしない」
「なんでです?」
「ゴミのような人間になるからだ」
前世で僕の周りにいたヤツらみたいにな。
モーヴォンはしばらく黙った後、肩をすくめた。
「自分は人間じゃありませんけどね」
「違いないな」
一眠りして起きたら昼過ぎだった。
日の光が目に染みてまだ寝ていたかったが、眠気よりも空腹に負けてベッドから這い出る。モーヴォンはまだ寝ていたので、一人で身支度を調えて酒場へ降りていく。
店内は昼食を求める客が何組がいたが、レティリエとミルクスの姿は無かった。多分まだ寝てるのだろう。研究で徹夜慣れしてる僕と違い、昨夜の賭場は彼女たちにとってキツかったはずだ。
「おはよー、リッド君。朝ご飯だよね? ちょっと待ってね」
隅の席に座った僕へ眠そうに挨拶してきたのは、宿の看板娘スズだ。
寝不足なのか、料理の皿を運びながらもふらついている。大丈夫か。
「や、お待たせお待たせ。注文は?」
「おはようスズさん。湯冷ましの水と軽食をおまかせで頼む。……それより体調は大丈夫か?」
「あはは、ありがと。あれから目が冴えてなかなか寝つけなくって。実は今すっごく眠い」
「ああ、分かる。勝負の熱はしばらく残るんだよな」
身体が疲れて眠りを欲しても、気分は高ぶって意識が覚醒してしまうのだ。酷いときになると朝までずっと、寝台の上でひたすら煩悶し続けることになる。あれツラいんだよ。
スズは力なく笑いながら、フラフラと厨房へ引っ込んでいく。仕事があるって大変だな。
僕は料理を待つ間に、今日の予定を組み立てる。……といってももう昼過ぎだが。
まず術式を大量に書く必要があるから、インクの素材と羊皮紙を手に入れねばならない。町の状況も把握したいから、日中は買い出しと散歩がメインになるだろう。そして夜は術式用のインク造りに取りかかって―――うん、終了だな。決めるまでも無かったわ。
大きく息を吐く。
錬金術は時間がかかる。焦っても仕方ないことは重々承知しているが、しかし先が長い。
正直なところ、間に合うだろうか、という危惧はある。
魔王は……ターレウィムの森で遭遇したあの男は、玉座で待つと言っていた。その言葉に嘘は無いだろう。異世界の迷い子たる彼は最後の決戦になるまで、レティリエと戦おうとはすまい。
だが、待つ間に何もしないとも言っていないのだ。
誰がどう見ても、魔族がロムタヒマに籠城しつづけているこの状況はおかしい。
この町の状態を見るだけで異常だ。
魔族に占領された王都の目と鼻の先にあって、もう終わったかのように復興しようとしている。フロヴェルス軍が守っているとはいっても、彼らが掃討したのは雑兵だけで、魔族の主力はいまだ残っているのに。
理由があるはずだ。魔族が攻めてこない理由が。―――僕は思考を巡らす。
いくつかの推測が浮かび、あり得そうにないものモノを消して、危険性が少ないモノを保留して、最悪の可能性が否定できずに残る。
「何か待っている……だろうなぁ」
頬杖を突いて、僕は舌打ちした。
この思考実験は別に、今が初めてではない。何度も繰り返している。
そして、いつも同じ結論になるのだ。
―――何を待っているかなんて、分かりきっている。
球形立体魔術陣の制作者。魔族の芸術家。僕の敵だ。
「きっととんでもないことをしてくる」
その確信はある。間違いなく酷いことになる。人族全体の危機にすらなるだろう。
けれど。―――けれど、だ。
「僕はスタートで出遅れてる。多分間に合わない。……と思っていたんだが、まだ魔族は動いていない。ありがたいが妙すぎる。気持ち悪いくらい遅いな」
まあ、あの大馬鹿魔王のことだからそういうこともあるかもしれないが、とはいえ相手の無能を前提に考えると痛い目見るからな……。常に最悪のケースを考えるくらいでないと。
「難しい顔して何考えてるの?」
テーブルに料理が置かれて、僕は思考の海から現実へと引き戻される。見れば、スズが首を傾げながらも給仕してくれていた。
パンと根野菜のスープ、そして蒸した芋。手は込んでいないが美味そうだ。何より胃に優しそうで、寝起きには丁度いい。……が、皿の数が二人分あるのはなんでだ。
「落ち着いてきたから、休憩していいって。一緒していい?」
僕が返答するよりも早く、テーブルの向こう側にスズが座った。
どうやら拒否権はないらしいし、断わられるとも思ってないようだ。僕の明るいヤツ演技が効いてるな。でも今はちょっと遠慮したかった。
まあ昼時を過ぎてる時間だから、慣れない徹夜で体調悪そうな彼女は休ませた方が良いという判断だろう。そしてその責任は僕にあるのだから、たしかにここで無下にはできないか。
「それで、何を難しい顔してたの?」
「いや、大したことは考えてないよ。ここは思ってたよりずいぶん平和だな、ってね。現地調査を命じられたときは、結構覚悟してきたからさ。……ありがたいことではあるけど、少し驚いてる」
「ああ、それね」
スズは皿の縁に盛られた塩を芋につけて一口囓り、水で流し込む。
「最初のころは大変だったのよ? 町の中にも魔族が入ってきてね。居合わせた冒険者さんたちが頑張ってくれたり、町のみんなで団結したりしてなんとか倒したんだけど……かなり被害は出たし、別の町に逃げる人も多かった。けど、フロヴェルスの兵隊さんが来てからは、そんな騒動は起きてないわ。泊まるお客さんは減っちゃったけどね」
立地的に王都ありきの宿場町だからな。王都がなくなれば閑古鳥だっただろう。
今だって宿の部屋は結構な数が空いている。酒や食事目当てに来る客は多いようだが、やはり魔族が攻めてくる前と比べれば寂しい経営状況のはずだ。
「君たち家族はなんで逃げなかったんだ?」
「さっき言ってた冒険者の人たちの何人かがね、うちの宿を使ってくれてたの。で、この町のために頑張ってくれてる宿泊客を置いて逃げられないだろ、ってお父さんが。その人たちも兵隊さんが来たら旅立っちゃったんだけど」
「つまり、逃げる機会を逸したわけか」
宿屋として誇りを持った偉い選択だが、当時の状況ならかなり勇気の要る決断だっただろう。この地は宿一つにも歴史がある。
「そうそう。まあなんとかやって行けてるからいいけど、仲が良かった友達も逃げちゃったのは寂しいわ。手紙も来ないの酷いと思わない?」
「まだまだロムタヒマは危険と思われてるからな。行商人に手紙を預けるだけでも大変な金額請求される。ほとんどぼったくりの値段だよ。お友達だってお金は新生活に回したいだろうさ」
「それは分かるけどさー」
不満顔のスズを横目に、僕はパンをスープに浸して口に運ぶ。
「けど、昨日……今日? は久々に楽しかったわ。ミルクスとも友達になれたし。エルフってもっと気難しい人たちだと思ってたけど、話してみると全然そんなことなかった。モーヴォン君も良い子そうだしね」
そういえば、彼女はミルクスと一緒に賭けてたっけ。
少ない持ち金を合わせて、二人で相談しながら一枚ずつ銀貨を置いていたのを覚えている。結果はちょい負けだったようだが、二人とも楽しそうだった。
「エルフは二百歳超えると人生経験が凝り固まって偏屈になる。厄介な爺さん婆さんみたいにな。ミルクスもモーヴォンも子供だからまだそうなってないだけさ。……あの二人はまだ人間の友達はいないから、君がなってくれるならありがたいよ」
「あら、リッド君は二人の友達じゃないの?」
「ああ。あの二人は師匠から託された助手扱いだからね。残念なことに完全に舐められてるけど」
「……ちなみに、リアさんとは友達?」
「頼りになる剣士で、仕事仲間かな。あの二人とリアは……どうだかね。仲は良いけど」
ふーん、とスズは僕の顔を覗き込んでくる。……なんだなんだ。そんなにマジマジと見ないでくれよ。
……目やにとかついてないよな?
「ところで、リッド君。ラスコーさんとメリアニッサさんについては気づいてるよね?」
「そりゃ、さすがに分かるさ」
話題が一瞬で変わって面食らったが、話し好きな女の子ってこういうとこあるよな……。とにかく新しい話題が尽きないからずっと喋ってられるみたいな。ワナとかもそんな感じだった。
「上手くいくと思う?」
「それは占い師としての僕に聞いてる? 一個人としての僕に聞いてる?」
「どう違うの?」
僕は水を飲んでから、一息吐いて答える。
「まず、僕個人としてはくっつくと面白いと思ってるよ。けど、あれだけあからさまなんだ。メリアニッサがそうとう朴念仁じゃないかぎり気づいてるだろうし、なら彼女が上手く躱してるって見るのが普通だろう。今のままじゃ成就の芽はないな」
「……んー、言いたいことはあるけどおおむね同意。それで、占い師としては?」
僕はニコリと笑って、右手を差し出す。
「占い料金が発生する」
「ああー、そうくるかー」
あんまり占い師として動きたくないからな。当たらないのバレるとマズいし。




