丁半博打
「丁ないか? どうだ、丁に賭ける方はいないか?」
僕の呼びかけに、賭場が色めく。
「丁だって。どうする?」「あたし半だからなー」「足りないのは二つか」
ちょいちょいと指で数えて、みなが状況を共有していく。僕は急かさずにその光景を見守る。
ただ待つ。
つまるところ、このゲームは客同士の協力が無ければ成立しない。
全員で八人居て銀貨一枚ずつ賭けるなら、丁半で四人ずつに分かれなければならないのだが、そうそううまくはいかない。そしてこうして三人と五人で分かれた場合、成立させるなら三の方が賭け額を増やさねばならない。
「よし、うちがいこうじゃないか」
「おおっ、さすがメリアニッサ。じゃあ俺もだ」
メリアニッサが一枚上乗せして、後追いでラスコーも賭ける。すると、おおー、と場が軽く沸いた。
僕はニコニコしながら宣言する。
「賭け額が揃いましたね。では……」
これにて成立。僕が芝居がかった調子でツボを持つ手に力を込め、皆の注目が手元に集まったのをしっかりと確認した。
「勝負!」
少し焦らしてから、威勢を発してツボを開ける。
出た目は……二と六。
「ニロクの丁。丁の勝ちだ」
結果に、丁の三人は歓声を上げ、半に五人は落胆の声を漏らす。モーヴォンが半側から賭け額を徴収し、丁の三人に配る。メリアニッサとラスコーには二枚ずつと、後輩兵士君の片方に一枚だ。
「とまあ、こんな感じだ。皆様方、分からないことはないでしょうか?」
僕の問いかけには、肯定の声しか返ってこなかった。
僕はニコニコしながらツボと賽を構える。
はたして、どれだけの者が今ので、このゲームのルール以外の部分を完全に理解しただろうか。
まあどちらでも問題ない。そのうち分かってくることである。
今のように三人と五人で分かれた場合、三人が多く負担しなければゲームが成立しないのは自明の理だ。
だが多く賭ければその分、見返りも大きい。そして逆に……五人の方は、空気を読むならそれ以上賭け額を追加することができない。
多額を賭けたいなら最初にどかっと賭ける手もあるが、それは他者の選択を逆側へ強制させてしまう。何度も行えば不満が積もるだろう。
身勝手な賭け方をする者は顰蹙を買い、賭けを成立させるために額を継ぎ足す者は褒めそやされる。
長くやればいずれ客達にも順位や賭け方の個性がついてきて、先に決めるか後から決めるかのどちらが良いだの、誰々と一緒は気にくわないだの一緒にどっちかに賭けようだの、果てはアイツは強いコイツは弱いだのと笑い合う。
持ち金の少ないミルクスが、同じく持ち金の少ないスズと二人で共闘し始める。
負けた者は次回、賭ける順番が優先されるという暗黙の了解が作られていく。
勝ち続けでかなり浮いたメリアニッサが、上機嫌で全員に酒を奢った。
駆け引き、交流、そして金のやりとり。―――そう。丁半の楽しさの本質とは、ただ出目を当てることではない。
参加者の全員で成立させるという協力関係と共同作業、そしてその上で参加者同士が金を奪い合うという、陽と陰の入り交じったゲーム性だ。
人数が集まり賭場が立てば、人間模様が十色に鮮やぎ、たかがサイコロの出目にも躍起になって大の大人が一喜一憂する。
そして……少しずつ少しずつ、その目が真剣になっていき、心のタガが外れていくのだ。
結果。
「丁。金貨三枚だ」
「半。金貨三枚」
ラスコーの仕掛けを、ヘイツが受ける。彼らの間でバチバチと火花が散る。
時間は過ぎて、空はもはや宵闇を告げていた。明け方近くの自分が何やってるかわけが分からなくなるころだ。
賭け額が釣り合えば成立するのだから、当然こんな事態もありうる……ありうるのだが、金貨は大金だ。三枚と言ったら一般兵の月給並である。
馬鹿だこいつら。救いようのない馬鹿だ。初日からそこまでやるんじゃない。
だがこれが丁半博打。僕の前世で生きた国でかつて流行った、麻薬のような娯楽である。
「メリアニッサ。あの二人に水をおごってやれ」
「あいよぉ」
僕の頼みを快く引き受けてくれる吟遊詩人。彼女は立ち上がって給仕係のレティリエから水を受け取ると、ズンズンと歩いて行って二人に頭からぶっかけた。賭場に悲鳴と笑いが巻き上がった。
「ちょ、ちょま、いいだろ俺ら二人の勝負なんだから迷惑かけないだろ?」
「そうじゃそうじゃっ。口を出されるいわれはないはずじゃ」
「メリアニッサ、蹴っていいぞ」
「「ひでぇ!」」
今日はそこそこ楽しんでもらって帰らせるつもりだから、禍根を残すような賭け方はマズいんだよ馬鹿ども。
「そろそろ空が白んできたな。夜が明ける。今宵はこのくらいで終いにしとこうか」
お開きには丁度いい時間なので、僕は皆に宣言する。スズとかもう眠そうだしな。
惜しむ声もあったが、馬鹿が馬鹿なことやったせいで異論は出ない。それに僕らはこれから寝るだけだが、これから仕事の者もいるだろう。徹夜とか大変だながんばれ。
「思った以上に面白かったね。なあ、あんたたち、いつまでここに居るんだい?」
「星の動きをちゃんと識るには時間がかかる。まだ帰る予定はたててないな」
ラスコーとヘイツを蹴ってから振り向いたメリアニッサの問いに、僕は期限を設けず答えた。
僕らがここを出るのは、ロムタヒマ行きの目処がたった時だ。現状ではいつになるか分からない。……とはいえ、そこまで悠長をする気もないが。
少なくとも僕の錬金術でできる準備が終われば、少し強引な形でも動くつもりである。
そうだな……だいたい一ヶ月ほどか。
それまでには最低限のことはしておかなきゃな。
「じゃあ、次はいつにする? 当然やるんだろう?」
大きく手を叩いてメリアニッサは聞いてくる。彼女は今回勝ってたから、ずいぶんと乗り気だ。もともと賭け事とか好きそうな性格だしな。
他の者も期待の目で僕を見てきていた。―――さすがだいぶ落ち着いたとはいえ、今なお魔族の脅威に晒されるロムタヒマだ。娯楽の価値が違うな。
「僕は星を見ればいいだけだから暇だが、毎日徹夜はみんながツラいな。二日か三日に一度くらいがいいだろう」
「なら明後日だね。みんな、予定を空けておくんだよ」
元々リーダー気質なのだろう。美しい仕切り屋によって次の予定が決まってしまったが、好都合だ。軌道にのれば情報収集も楽になる。
僕は息を吐いて、早くも次回の話で盛り上がる客達を眺める。
今回は酷く負けた者もいなかったし、皆が十分楽しめたようで何よりだ。メリアニッサがちょくちょく奢ってたのも効いたな。後で礼を言っておこう。
ラスコーとヘイツについても因縁はできたが、ケンカにまで発展する前に止めることもできたのも大きい。総じて見れば上々な滑り出しだろう。
……でもこれ、結局酒場の一人勝ちだけど。結構飲んだよなコイツら。最後の方とかレティリエに軽食まで作らせてたし。
「ところで、だ。なあ、リッド。お前は占い師なんだろ。最後にどっちか当ててみてくれないか?」
余計なことを言ったのはカヤードだった。
「真剣勝負の場なら、出目が読めるんだよな? どうだリッド、今ならいけるんじゃないか?」
カヤードが興味津々という顔で聞いてくる。
そういえばこの男、同僚のラスコーの熱にも引っ張られず、マイペースに賭けてたな。もしかして真剣に流れってものを読もうとしてたのか? ……なんて無駄なことを。
「そうだそうだ。たしか真剣勝負の場なら流れってのが見えるんだろ?」
「ほう、面白い。最後の座興じゃ。当ててみてくれ」
「いいねそれ、これ当たったら後で占って貰おう」
ラスコー、ヘイツ、スズの順に僕へ期待の目が集まる。
こら、乗り気になるなお前ら。というか占いを期待するな。やめてくれ僕は偽物なんだ。
「いいでしょう。では余興に一つ、丁半を当ててみましょうか」
後に引けなくなって、僕は笑みと共に頷く。引きつらないように超がんばった。
……マズい。これはマジでマズい。
ここで外れれば場がシラける。やはりサイコロの出目を当てるなんて無理なのだ、と皆が悟ってしまう。
そうなると次の賭場が立たない。今日は楽しかったね、で終わってしまう。
それはダメだ。
どっちだ。考えろ。丁か、半か、確率は二分の一。
ただ一度の真剣勝負。今後を左右する本日最後の一番。
負けるわけにはいかない。ここは絶対に当てなければならないっ。どうしてもだ!
…………いや無理だな。冷静に考えて確実に当てるのは無理だわ。煙に巻こう。
「シュレディンガーの猫という話がある」
僕は床に伏せたままのツボに手を置いて、そう切り出した。
「……シュレディ何って?」
いきなりな話に、メリアニッサが眉をひそめる。同じように、居合わせた誰もが怪訝な顔をしていた。
……そりゃそうだ。僕だって異世界でこんな話をするハメになるとは思わなかった。
「シュレディンガーの猫。小難しい話だが、術士の思考実験ってやつさ。みんな、ちょっと頭の中で想像してみてくれ。いいか? まず箱があるんだ。で、そこに猫を入れる」
僕はツボから手を離し、手振りで一抱えの箱を表現してから、空想の猫の首をつまみ上げてそこに入れた。
「そして、その箱の中に毒ガスの入った瓶を入れて、蓋を閉める」
「ええ! なんでそんな酷いことを……?」
うーん、レティリエ。可哀想なのは分かるがちょっと感情移入しすぎるのはやめようか。
「思考実験って言ったろ? 実際にやるわけじゃないよ。……とにかく、その瓶は一時間たつと自動的に割れて、中のガスが漏れるようにできているんだ。ただし職人の腕が悪くて、半分は仕掛けが失敗して瓶は割れない」
みんなは真剣に頷きながら僕の話を聞いている。
ヘイツは僕がイカサマしないよう、じっとツボを見ているな。どうやら隙を見て中を確認することはできないか。まあいいさ。
「さあ、瓶を入れて蓋を閉めて、一時間後だ。箱の中の猫は死んでいるか、それとも生きているか」
「そんなの、蓋を開ければ分かるんじゃないか?」
「ああ。ラスコーの言うとおりだ。……だが逆に、それは蓋を開けなければ分からないということでもある」
本来この話は、もっと難しい議題だ。
量子とか放射性物質とかそんなワケの分からない理論をどうこうする、頭がおかしいくらいに頭が良いヤツらが使う学術的ななんかだった気がする。正直よく知らん。少なくとも僕は正しく理解できていない。
けれど、この話は哲学の議題としても有名である。そして哲学なら解釈は自由だ。
「箱の中は、二つの可能性が一対一で渦巻いている。猫は箱の蓋を開けるまで、生きているか死んでいるか分からない。そしてそれは別の観点から見ると、箱の中という限定的な世界において、生きているし、死んでいるということなんだ。生と死、その両方が重なり合っている状態だな」
「ええと……アンデッド、ってことか?」
「いいや、不死族は死んでいるさ」
カヤードの的外れな言葉には、悪いが少し笑ってしまった。
シュレディンガーの猫は僕の前世の知識だが、あの世界にはアンデッドなんて存在しなかったからな。不死族という可能性はこの話に存在しない。
「つまり、どちらでもあって、どちらでもない、ってことさ。そして、それのどちらか……猫が生きているか死んでいるか、それを決定せしめる方法が、箱の蓋を開けて中を見るということ。即ち観測という行為なんだ」
僕は先ほど身振りで作った空想の箱の蓋に手をかけ、皆の顔を順番に眺めてから……ゆっくりと、蓋を開く動作をする。
「猫が死んでいるか、生きているか。箱の中で可能性の渦としてうねるそれは、僕ら観測者がその目で見ることで、初めて決まるんだ」
そこまで話して、僕はパッと空想の箱を手放した。注目していた皆がどよめく。
そんな彼らに、とん、と僕は床に伏せたツボを人差し指で叩いてみせた。
「この中のサイコロもそうだ。未だ誰にも観測されないツボの中で、可能性はずっと渦巻いている。故に賽の出目は、未だに決定していない」
「……本当ですか?」
「マジのマジ。大マジさ」
んなわけねーだろモーヴォン。少なくとも君は騙されないでくれるかな?
そりゃ魔法のある異世界だし、魔術的には有り得る話かもしれないが、こんなただの木のコップと雑貨屋で買ったサイコロでそんな面倒くさい現象が成立するはずないだろ分かれ。
「流れとは、即ち可能性を引き寄せる力だ。出目という事象はツボが開かれるとき、運命という名の偏りに引っ張られて、観測者の双眼が見るべき結果へと定着するのさ。……そしてその流れを読むという行為を達人が行うと、それは結果の予測を超えて事象の固定になる。観測されていないが故にまだ定まっていない未来を、先に決めてしまうワケだ」
僕はしれっとした顔で、微塵も信じていない自説をそらんじる。
重要なのは真剣に語ること。本当にそうかもしれないと、ほんの少しだけでも思わせることだ。
「まあそこまで行ったら、その術士はもう神の領域に片足を突っ込んでいる。僕には真似できないが……手繰り寄せるくらいはしてみせよう。なあヘイツ、君はさっき半に賭けたな?」
僕はドワーフの鍛冶師に確認する。彼はいつの間にか話に聞き入っていたようで、びくっとなって驚いたが、それを豊かな髭をしごいて誤魔化しつつ頷いた。
「ん……? ああ、どっちじゃったかな。多分だが半じゃったような」
「君は三連続でラスコーに負けて煽られたが、賭け額を多くした前回は勝って、負け分を取り戻した。だがそれで熱くなったラスコーが大金を賭け、君もそれに乗った」
「そうじゃな」
「いや、煽ったって……その前に爺さんが俺にネチネチ言ってきたからだろ?」
それは君がメリアニッサと同じ方ばかりに賭けるからだ。
露骨な好意が透けているのは見ていて笑えるからいいが、マズいことに彼女は今回一番ツイてる参加者である。
負けている者からすれば、彼女に合わせるだけで何度も勝っているラスコーは、尻馬に乗ってるみたいで腹が立ってくるのだ。
「決まりだな、ラスコー。君の言い分にも一理はあるが、最後の仕掛けはマズかった。―――熱くなった君はヘイツと一騎打ちするためだけに大金を賭けた。出目が丁か半か、を読むことを二の次にしたんだ。そういう者に運命の流れは向かない。何も見えない濃い霧の中で、当てもなく彷徨うのみだ」
出された結論に、おおー、と皆がどよめいた。
ヘイツがふふんと笑み、ラスコーがムッとした顔になる。それを確認して、僕はニヤリと悪魔の笑みを浮かべた。
「半に金貨十枚賭けよう。どうだラスコー、受けてみるか?」
ざわっ、と騒然となる。
金貨三枚でも止めたのに、今度は金貨十枚の勝負を親の僕が持ちかけた。驚きに、みんなの視線が僕とラスコーの間を行き来する。
僕は自信満々に笑み、挑まれた当の彼はといえば、予想外の展開と提示された大金に顔が引きつっていた。
ラスコーは一度か二度、何か言いかけては口をつぐみ、そして―――
「す……すまん、降りる。許してくれ」
うん、そうだろうな。金貨十枚はデカすぎる。
さっきの熱があればまだしも、シュレディンガーの猫なんてワケの分からない話で冷めさせた頭では、さすがに賭けられる額ではない。
「賢明な判断だ。この勝負はお流れだな」
僕はニコニコ顔で深く頷いて、そして言ってやった。
「けどここで君が引くのなら、出目は丁だろう」
みんなから「へ?」「え?」「は?」などと間抜けが声が漏れて、僕はツボを開く。
ツボの中の賽が、白日の下にさらされる。
結果は―――
「うわあああああああああ!」
ラスコーの悲鳴が響き、どっと笑いが巻き起こる。
出目は二と六。
ニロクの丁。




