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アルケミスト・ブレイブ!  作者: KAME
―王女救出―
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天の星と賭場の酒

「さて、それでは楽しい天体観測の時間だ。準備はいいか、三人とも」


 時刻は夜。陽が完全に落ちて、夕食も食べ終え、家々の生活の火もあらかた消えて、数多の星々だけが美しく空に瞬く時間。

 宿屋の主人に許可を貰い屋根に登った僕は、先に来ていた三人にそう話を切り出した。


「……まず、なぜこんな無駄なことをしなきゃならなくなったのか、あたしたちに謝るべきじゃないかしら?」

「ああ、暖かい季節でよかったな」

「突き落としてほしいの?」

「嘘をつくには本当のことを混ぜた方がいい。でないとすぐバレるからな。第一、どんな役を演じたところで何かやってるふりをしなきゃならないさ。これも必要なことだよミルクス」


 占星術師の弟子であるのは本当だからな。星の位置の調査という名目は、疑われて星について尋ねられても、ある程度は答えられる利点がある。

 問題点は、そう名乗った以上はちゃんと星を観測するふりをしなければならないことだが、大した時間は必要ない。あくまでふりだしな。今後のために象限機くらいは用意しといた方がいいかもしれないが、それも今日はいいだろう。


 豆知識でも語りながら、楽しくやればそれでいいさ。


「天体観測をする前に、この大地が球形なのを知っているか?」

「あたしたちは上側に住んでるってこと?」


 ありがちな反応サンキュゥ。モーヴォンも首をひねっているところを見ると、残念ながらサリストゥーヴェの守備範囲に天体の分野は無かったらしい。


「世界は球形なのだ、という話ですね。真偽はともかく、話だけならわたしも知っています」

「大地が平らか球形か、は学者の間では二百年前から論議されていて、理論上球形であるとした方が様々なことに説明がつくため優勢だ。が、未だに公的には平らであるとされている。神聖王国であるフロヴェルスが断固として認めないからだ」

「……では、リッドさんも球形であるとおっしゃるのですね?」

「ああ。僕も球形であると主張する」


 夜闇に紛れて、レティリエが肩を落とすのが分かった。も、と言うからには、他に誰かが、彼女に同じ主張をしたのだろう。

 姫さんだろうな。前世の世界でこの話は常識だ。

 そして同じく異世界転生者である僕の言質でもって、彼女の宗派の間違いがより確実なものとなってしまったのだから、肩だって落としたくなるだろう。


 ……もっとも、前世の常識をこの世界に当てはめすぎるのは禁物だ。魔法だの異種族だの何でもありの世界だからな。

 僕も師匠に教わるまでは、大地が平らでも驚かない自信はあった。


「引力って言ってな。メチャクチャ重い物には、他の物を引きつける力があるんだ。そしてそのメチャクチャ重い物、ってのが、球形の大地だな」


 僕は羊皮紙を取り出して円を描き、その周囲に四つ、円の方を示す矢印を書いた。


「引きつける力を図にするとこんな感じだ。つまり僕らが下だと認識しているのは、この球形の大地の中心部というわけさ。だから大地の裏側でも、人が住んでいる可能性がある」

「なるほど……分かりました。おもしろいですね、これは」


 モーヴォンがいち早く理解する。ミルクスは首を傾げていたが、まあこれはなんとなくわかってくれればいい。


「けれど、その証明はできていません」

「ああ。魔界があるからな」


 人界と魔界は地続きだ。そしてロムタヒマより東は魔界である。

 フロヴェルスは大地が球形であるという論に対し、実際に世界を一周した者がいるならばそれを証拠とする、とのたまった。


 つまり証明したければ西へ西へと何年も旅して、最後に魔界を突っ切って戻って来い、というわけだ。

 これには学者も黙るしかなかった。誰だって命は惜しいからな。


「けれど学者たちにとって、大地が球形であるのはもはや疑いようのない事実なんだ。そしてそれと同じく、この空に浮かんでいる星は全てがこの大地と同じメチャクチャに大きくて重い物で、球形なんだ」


 ぽかん、と三人の口が開いていた。まあこの文明レベルの人間に宇宙の話をしたらそうなるよな。

 町から町へ何日も歩いて移動する僕らは、自然がどれほど広大で、己がどれだけ小さいかを知っている。特にバハンの山脈とかヤバかった。人生観まで変わりかけた。

 けれど、その大地ほどに大きい物があの星の数だけ存在するなど、規模がデカすぎる話だ。


「まあ、全部が同じ大きさってわけでもないが」

「そ……そうですよねいくらなんでも」

「ああ。この大地よりもっと大きな物もたくさんある」


 レティリエが愕然とする。まあ小さいのもたくさんあるんだけどね。

 古代において、星とは天に刻まれた魂と物語だった。世界創造の助力をした神の腕たちは全て星座として記録されているし、勇者を筆頭に歴史や物語に登場する英雄達の魂も、敵である強大な怪物も星として天に召し上げられている。


 星とは何なのか、に人々はそう、理由をつけたのだ。


 けれど本当は、世界は人々が考えるよりもっともっともっと広大でとんでもなくて、僕ら人間なんて馬鹿馬鹿しいほどにちっぽけだった。それだけの話だった。


「以上を踏まえた上で、空を見るんだ」


 セピア・アノレ師匠に初めて会ったときのことだ。

 魔術が使えなくて落ち込んでいた僕に、あの人はこう言った。



「我々がどんな運命を辿ろうと、星々はあの美しさのまま、常にそこにある」



 空を見上げる。……師匠も同じ夜空を見ているだろうか。

 あの後、さらに師匠が僕に言った言葉は覚えているが、しまっておきたい記憶だ。けれど、忘れたくない大切な宝でもある。


「モーヴォン、月の満ち欠けと、北西のあの一番明るい星、あと水竜座とサヴェ婆さんの香水座と、その上下にある明るめの星を絵で書いておいてくれ。だいたいの位置関係が分かればそれでいい」

「え、サヴェ婆さん星座になってたの? どれ?」

「僕も初耳です」


 ミルクスとモーヴォンがビックリした顔で聞いてくる。

 ああ……知らなかったか。まあ自分の星座とか恥ずかしくて教えないよな。


「あれだ。あの五つの星の並びが香水の小瓶の形をしているだろ?」

「そんなふうに見えないけど」

「星座ってのはそういうものだ。ミルクスも今日はあれだけは覚えておけよ。それだけでも夜空を見上げたかいがあるってもんだ」

「……そうね。そうする」


 自分を育ててくれた老婆を思い出したのだろう。いつもよりも真剣な顔で、少女は星を見上げる。

 ……星は常に空にありて地上を見下ろす。もしサリストゥーヴェの魂が空に昇って星座になったのなら、きっとここを見下ろしているだろう。

 もっともサヴェ婆さんはついこの間まで生きていたし、香水座はずっと前からあったのだけど。


「書けました。他は何の星なのですか?」


 モーヴォンが簡素な絵を見せながら聞いてきて、僕は目をこらしてチェックしながら答える。


「星座は位相の目安だが、あとは惑星だ。あれらの星は普通とは違う動きをする。占星術では特に重要な役割を持つ。まあ、惑星の話も面白いんだが、またにしとこう。聞きたければ明日この時間に」


 仮にも星詠みの魔女の弟子であり、また前世の記憶もある僕は天体に関して結構な量の知識(たいがい無駄)を持つし喋れるが、あまり長話はしてられない。なにしろ人を待たせている。


「下に行こう。ラスコーたちが首を長くして待ってる」






 丁半博打というのは結局のところ、二分の一のどちらかを選ぶ賭けだ。

 確率的には完全に半々。ヒントは無し。

 カンでどちらかに賭ければ、あとはツボが開くのを待つのみ。実のところゲーム性は皆無である。


 当然、それでは娯楽としては面白くない。何度か振れば飽きてしまうだろう。

 しかし、それがかつての日本では流行った。


 なぜか。理由がある。

 このゲームは一人で行うものではない。かといって賭博の親はツボを振るだけで、賭け自体には参加しない。

 これは客と客が戦うゲームなのだ。しかも、それでいて客同士が協力しないと成立しない。駆け引きが存在する賭博。

 それが丁半という博打なのである。


「さて、それではまずは挨拶を。今宵ツボ振りを務めさせて頂きますリッド・ゲイルズと申します。どうぞみなさま、お見知りおきを」


 僕は板床に正座し、記念すべき初めての客達に頭を下げる。


 場所は一階の酒場。宵も更けて食事目当ての客がいなくなったのをいいことに、テーブルも椅子も端にどかしてしまって空間を空けている。

 そこに、七人の客がいた。

 昼間に会ったカヤードとラスコー、そしてメリアニッサの三人。そしてラスコーが連れてきた、僕ぐらいに若い兵士の二人に、筋骨隆々のドワーフの爺さん。


「おう、よろしく。こっちは俺らの後輩二人と、鍛冶屋のヘイツ爺さんだ」

「お初お目にかかります」


 僕は三人に向けて再度頭を下げる。

 ……というかラスコー、昼間は顔が広いって言ってたよな。後輩っていうあの二人はどう見ても下っ端で、ドワーフは兵士の装備を世話する鍛冶屋だろう。兵士としてごくごく普通の無難なチョイスにしか見えないんだが。


「しかし最後の一人は意外だな」

「えへへ、スズですヨロシク」


 そう手を挙げたのは、昼間にウエイトレスをしていた女性だった。

 たぶん十八くらいだろうか。ふんわりした銀杏色の髪を肩まで伸ばした彼女は、二列に並んで座る客達のうち、右側の最後尾で座っていた。


「昼間のが楽しそうだったから、お邪魔しようかって思って。ほら、仕事中は怒られるでしょう?」

「真面目だな。もちろん歓迎するよ」


 営業スマイルを投げておく。彼女は宿屋の主人の娘さんだったはずだし、これからも参加するなら宿屋の許可もとりやすいだろう。


 まあ、最初ならばこれくらいだろう。むしろ普通に開催できる数でほっとした。

 とはいえ、最初だからこそ少し困る。


「しかし、七人か。できれば偶数がいいんだが……君ら三人は誰か入らないか?」

「じゃ、あたしやるわ。お金ちょうだい」


 ミルクスがいち早く手を出したので、僕は銀貨を五枚乗せてやった。


「無くなったら終わりだぞ」

「はいはい」


 彼女は銀貨を握りしめると、少し弾んだ足取りで移動して最後尾のスズの横に座る。……気に入ったんだな、丁半。


「リア、モーヴォン、君らはどうする?」

「遠慮します」

「自分も。ゲイルズさんのお手伝いしますよ」

「じゃあ、モーヴォンは賭け金のカウントと振り分け。リアはウエイトレスさんの代わりに、場所代の追加注文を聞いてやってくれ」


 参加者の手元にはみな、飲み物のジョッキがあった。酒場を借りるので、場所代として各々に飲み物を頼ませているのだ。

 ……ちなみに今回の規定として場所代の追加なんて必要ない。が、飲みたいヤツは飲むだろう。賭け事は酒を入れるくらいが熱くなれて丁度いいしな。


「さて、ではルールのおさらいを」


 僕はサイコロをコップに入れて軽く振り、ポンと床に置く。


「もうお知りかとは思いますが、このゲームは丁と半、つまりは偶数か奇数かのどちらかを当てて貰います」


 ここまでは皆も知っているはずだ。丁半博打の最も基本的なルールである。

 そして次はやり方の説明。


「賭け方としては、皆様方の前に黒い棒があると思われますが、ご自分から見て奥側に銀貨を置けば丁、手前側に置けば半となります」


 これも簡単なルールなので、理解できなかった者はいなさそうだ。皆がウンウンと頷いている。

 そして、最後。これがこのゲームのキモ。


「そして皆様方で丁と半、どちらもが同じ賭け額になった時点で、賭けは成立。ツボを開かせて頂きます」


 場がざわめく。これは事前には説明していないルールだ。


「偏ったらどうなる?」


 鍛冶屋の……たしかヘイツという名前のドワーフが、ルールを確かめてくる。


「その時は、足りない方にさらに賭ける方を募集します。それでも合わなければ、多い方の賭け額を減らしてもらうよう交渉します」

「それで合わなければ?」

「流れですね。賭け金を戻してもらい、賽を振り直します」


 説明にドワーフが目を細め、豊かな髭を撫でる。彼はもうこのゲームのことを分かったようだ。

 するとメリアニッサがぐびりと酒を飲んでから、ジョッキごと手を挙げた。


「つまり、勝ったら倍になって戻るってことでいいかい?」

「その通りだ。理解が早いな」

「お世辞どうも。誰だって分かるさ。なあみんな、簡単だろ?」


 どうやら彼女は細かいことを気にしない性格のようで、早く始めたいらしい。そしてその言葉には、誰もが頷く。


「それでは、やってみましょう。―――入ります」


 僕はそう、お決まりの文句を言って、記念すべき最初の賽をふる。

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