星詠みの弟子は理由ありて賽を振る
「ええっと、こうやって持って、こう……わぁ、すごいすごい。音が鳴った」
「そりゃあ鳴るさぁ。楽器なんだから」
「メリアニッサさん、後で自分にも弾かせてもらっていいでしょうか?」
「もちろんさ。楽器仲間ができるのは大歓迎。手取り足取り教えたげるよ」
メリアニッサの見事な歌が終わった後は、皆の腹もふくれ満足し、とりとめのない雑談タイムとなった。
ミルクスとモーヴォンはキタラがずいぶん気に入ったようで、メリアニッサに弾き方を教えてもらっている。……壊すなよそれ。古いし珍しいし本職の持ち物だし、魔法のアンティークの可能性がある。
「なあリッド。あれくらいのエルフってのは、いったい何歳くらいなんだ?」
「聞いて驚けよ。二人とも二十六だとさ」
「げぇ、あれで年上かよ!」
砂色の髪のカヤードが聞いてきたので答えてやると、顎髭のラスコーが小声で驚く。やっぱあれくらいのエルフの年齢って気になるよな……。
「年上って……ラスコー、君は二十代後半に見えるがいくつなんだ?」
「いやいやまだ前半だぜ俺は。ギリだけどな。二十四だ。カヤードは二十五」
「メリアニッサは?」
「知らん……が、二十歳くらいじゃないか?」
「てことは、ここで一番年長があの二人だ」
ひぃー、と二人から悲鳴が漏れる。怖い幽霊でも見たような反応だ。まあ見た目が子供だもんな。
「ところで、君らはここの常連なのか?」
「ああ、ラスコーがメリアニッサ目当てで通い詰めてる」
「テメこのカヤード!」
どうやらメリアニッサはここの宿泊客兼、間借りの詩人のようで、気が向いたときに歌うのだそうだ。結構な美人で気持ちのいい性格なので、ラスコーが惚れてしまったらしい。
「君らこそどんな関係なんだ? どうしてこんな場所に?」
「ああ、僕はある占星術師の弟子でね。この地の星を見るために遣わされたんだ」
カヤードの質問には、あらかじめ考えてあった嘘を吐く。……とはいえ占星術師の弟子ってのは本当だ。星詠みの魔女セピア・アノレの名がここまで届くかどうかは分からないが、一応この世界の天体に関しては知識があるし、ありがたく使わせてもらおう。
「ほら、ここはずいぶんいろいろあったろう? こうまで地上が激しくと動くと、夜空もそうとう乱れるもんだ。で、それが師匠の占星術に影響しちゃってさ。この地の星の並びをこの目で見て、報告するのが僕の仕事。エルフ姉弟は助手で、こっちのリアは護衛の剣士さまってわけさ」
これについては他の三人にも口裏を合わせるよう言ってある。エルフは術士向きだから、修行は小さい内からと言い張ればギリいけるだろう。
「へぇ、占いか。だからサイコロ振ってるんだな?」
サイコロ占いはまあ、この世界ではメジャーではあるけどさ。賽で占う術士に本物はいねーよ。
道ばたであれやってるの、全員素人だぞ。
「賽で未来は占えないな。出目はその場で作ったその場限りのもの。時に何かの運命を左右しても、出目そのものは運命によって決まるものじゃない。本物の占術師はもっともっと大きな流れを見て、ほんの少し先を識るんだ。たとえば星の動きとかね」
とはいえ、と僕は続ける。
「丁半の出目は偶然でも神の意志であり、どちらを選ぶか、はその者の必然だ。であれば見えてくるものもあろうさ」
まあ、僕は占いなんてできないけどな。
アノレ師匠は弟子の誰にも予知を教えようとはしなかったし。
「つまり、どういうことなんだ?」
「サイコロの出目も、もしかしたら当てられるかもしれない、ってこと」
僕はコップに賽を投げ入れ、軽く振ってからテーブルに伏せ置く。そして、開かずに笑顔で宣言した。
「五と二。グニの半」
ざわ、とカヤードとラスコーが上体を引く。
「……マジか?」「本当に?」
僕は笑顔のまま、少しもったいつけてツボを開く。
二人の視線が現われたサイコロに注がれ……そして爆笑した。
出目は……六ゾロ。一個も合わない大ハズレだ。
「スゲぇ、ホントに合うかと思った!」「半ですらない!」
楽しんでくれて嬉しいよ。サイコロの出目なんて当てられるワケが無い。
「あはは、まあ僕程度じゃ無理ってことだ。そもそも今は読むべき流れも薄いしね。もっと真剣な場で何度もやるなら、流れは色濃く渦巻くんだが……」
「真剣な場って、たとえば?」
ニィ、と笑んで、僕は人差し指を立てる。
「そりゃあ、喜怒哀楽の渦巻く混沌の世界。賭博の場さ」
僕の笑みにつられ、ラスコーも笑う。
「へぇ、いいな。やろうぜそれ」
「ダメダメ、やるなら準備もいるし、それなりに客の人数が必要なんだよ」
「人くらい集めてやるよ。これでも顔は広いんだ。今夜でいいよな?」
ありがたいが妙に乗り気のラスコーに、カヤードが堪えきれず笑いだして、小声で茶化す。
「メリアニッサに会う口実にしたいんだろ、お前」
顔を真っ赤にしたラスコーがつかみかかるのを、カヤードが余裕で避ける。
僕の横でレティリエが水を飲みながら、無言で様子を見守っていた。
「結局、あれはなんだったのですか?」
楽しい食事を終えて部屋に戻ってから、そう聞いてきたのはレティリエだった。
エルフ姉弟はまだ下の酒場でメリアニッサとじゃれている。キタラがそうとう珍しかったようで、熱心に弾き方を教えてもらっていた。
「美味しかっただろう? 惣菜パンっていってな、ああやってパンで包むとたいがい美味いんだ」
「パンのことではなく」
追求はされるが、怒っているようではない。ただ裏があるのは確信していて、だから事前に説明が無かったことに拗ねている。
信頼はしてくれているんだが、同じくらい信用されていないな。
「あらゆる事には意味がある、と先ほど言われましたが、まさにその言葉通りですよね。リッドさんは無意味にあんなことはしないでしょう?」
「確かに。気のいい人間のフリをするのは疲れる」
前世じゃそういうスキルも必要なときがあったが、終わった後は心がヘトヘトになるのが常だった。気を遣うし心が虚無になるし、本当にやりたくないんだよなこれ……。
まあ、それに見合う収穫はあった。むしろ思った以上にトントン拍子に進んでくれた。
エルフの二人が耳目を惹いてくれたおかげであるし、居合わせた三人にも恵まれた。正直に言えばここまで到達できるかがまず非常に不安だったから、この展開は暁光である。
「フロヴェルス軍にコネを作りたいんだ」
ベッドにどっかと腰掛け、僕は白状した。
演技臭くなるのが嫌だっただけで、もう隠す意味もないしな。
「魔王に聞いた話だが、君の姫さんは一番見晴らしのいい塔の最上階にいるらしい」
「はい。それは聞きました。それで、一度ロムタヒマ王都に忍び込むという話だったのでは?」
魔王が帰った後、姉弟を迎えに行く道すがらに、僕は改めて魔王とした話の内容を伝えていた。
あの森で力不足を痛感した僕らだったが、それはそれだ。魔王は玉座で待つと言っていた。ならば玉座に行かなければ、ヤツとは戦わないで済む。
あの男がレティリエに期待している限りその約束は破るまい。もちろんゾニみたいな敵に出くわせば危険だが、その時は全力で逃げればいいし……その準備だって僕がしていく。
とはいえ、それも状況次第だ。
「その件でもう一つ。姫さんは魔族相手に勉強会をしているってのがあったろ?」
何やっているのだという話だが、僕の同郷であるお姫様は魔族と集会しているらしい。まあ囚われの身だし、強要されているのであれば同情ものだ。
「つまり、ロムタヒマにただ忍び込んで姫さんの居る場所にたどり着けたとしても、そこに魔族が大量に集まってました……なんて事態が予想されるわけだ。ヤだろ?」
「それは……嫌ですね。とても」
渋面で同意してくれる。最悪の事態だからな。
「と言うわけで、僕らが行くときは陽動が要る。そのためにフロヴェルス軍を動かしたい。彼らが正面から突撃かましてる間に、僕らが裏から行く形が理想だ」
「軍を巻き込むんですか?」
「……レティリエ。その言い方は無いぞ」
魔族は強い。軍を動かし魔族軍と戦闘となれば、当然かなりの被害が出るだろう。
しかし、それを案ずるのはお門違いだ。
「彼らは戦うのが仕事だ。それも自国の姫さんを助けるために、ここに居る。今の君の言葉は侮辱だよ」
……まあ、それとは別に、なのだが。
レティリエを切り捨て新しい勇者を迎えよう、なんて発想を良しとした国のことなど、僕は脳の一片たりとも考えるつもりはない。あのハルティルクの遺跡の出来事を思い出せば、今でもフツフツと怒りが煮えてくる。
滅びてしまえばいいとすら思う。滅ぼしてやりたい、とすら思う。
「そうですね。……そうでした。立場は違っても、目的は同じです。ですが、どう軍を動かすのですか?」
「それが問題だな」
溜息を吐いて、僕は目をそらした。
フロヴェルスは万の軍であるが、効果的に使うにはまず戦闘の準備をしっかり整えさせなければならない。今日のカヤードやラスコーのように、のんきにゲームに興じているような有様では困るのだ。
だが、たとえば強い魔族が出たと騙して誘導したとしても、動くのはまず数人の斥候で、それを誤魔化しても討伐に動く兵は数百くらいだろう。それでは陽動には足りない。
僕らがどう頑張って策を練ったところで、軍全体を動かすのは難しい。少なくとも僕にはそんな策、思い浮かばない。
「まあ、まずは情報収集だ。軍関係者と仲良くなって、現在のフロヴェルス軍の状況を聞き出す。そうすれば、何か糸口が見えるかもしれないしな」
少なくとも一朝一夕にどうにかなる問題では無いのだ。できることを地道にやっていくべきだろう。
それに、どうせ少し時間が欲しかったところだし。
「それと、もう一つ大きな問題が。あの瘴気の壁はどうするんです?」
「あれは僕がなんとかしよう」
僕は言い切った。
それは僕が勇者パーティとしてここに居る理由でもあり、時間が欲しい理由である。
「できるのですか?」
問いに、僕は荷物からある素材を取り出す。
魔王が置いていったガルラ希少種。あの鶏ガラの死体から採取した品。
「これを加工する」
二つの鷹の目。ガルラ素材でも最上級の魔素適性を誇る、猛禽の眼球である。
文字通りというかなんというか、これが今回の目玉アイテムだ。コイツのデキで全てが決まるだろう。
そして、その加工を行うのは錬金術師たる僕以外にない。
「まあ、それは任せてくれ。他にもスライムの補充や調整もしなきゃだし、しばらくはこの町で滞在だな。だから目処がつくまでは、サイコロでも振りながら軍の様子を探っていこうと思う」
「フロヴェルス軍に関しては、わたしが正体を明かして直談判する、という手もありますが」
―――それは、考えなかったわけではない。
けれど彼女の口からその案が出たのは、少なからず驚いた。
「ダメだな。フロヴェルス軍はおそらく君の身柄確保を優先する。少なくとも敵の本丸に潜入なんて無茶を許してはくれない」
勇者の力は、宿主が死ねば他者に引き継ぎができるらしい。つまり勇者は死体回収可能な場所で戦わせるべきである……と、フロヴェルスは考えるだろう。
そもそも、ヤツらはレティリエに見切りをつけて殺そうとした者たちだ。彼女が少し強くなった程度では、また同じ選択をとらないとは限らない。
……それにだけれど、フロヴェルスはレティリエの怒りと恨みを買っていると考えているのではないか。であればレティリエがいかに説得しても、信用などされないだろう。
「やはり、ダメですか……」
なぜか肩を落とすレティリエ……もしかしてだけど、この娘マジメだから戦線抜けたの気にしてないか? だから一度は挨拶しておきたかったとか?
殺されかけたのに。ていうか殺されたのに。
なんて人のいい娘だ。―――だが、その理由は容易に想像できてしまう。
「そりゃ状況によってはありかもしれないが、少なくとも今は無謀過ぎるさ。軍がどんな状態か分からないし、こっちも何も準備できていないんだ。勝ちの目が無いよ。さすがに賛成できないな」
レティリエが先走ったりしないよう、僕はしっかりと念を押しておく。
彼女はきっと、この戦線に居たころの己の力不足を悔いている。見切られて当然だった、などと馬鹿なことを考えている。
たしかに、フロヴェルスの行動は一理あるのだろう。一人を殺してでも、より強く適任な者に力を渡すのは、国家を預かる者の選択として当然と言える。
それが歴代最強と謳われる、二百年前の勇者であればなおさらだ。
―――けれど。
だからといって彼らの狼藉を許す道理など、こちらには一欠片も無い。例えレティリエが不問にしても、僕が判決を言い渡そう。
それで良しとした者はすべて、地獄に落ちろ。
「……是が非でも動いて貰うぞ、フロヴェルス軍」
レティリエに聞こえないよう、口の中だけで低く呟く。
そのためならば、賽振りの道化くらいいくらでも演じようじゃないか。




