サイコロと包み焼きと新たな出会い
「というわけで、今回酒場のマスターに頼んだメニューはこれだ」
大通りから少しだけ外れた場所に見つけた宿屋の一階にある酒場で、運ばれてきた料理に皆が注目していた。
レティリエ、ミルクス、モーヴォンだけではない。店中の視線が集まっている。……若いエルフの二人と、この大皿料理のおかげだな。とても良い。わざわざ中央のテーブルに陣取ったかいがあった。
「ええっと、なに? こればっかりってこと?」
ミルクスが困惑しているのも無理はない。
テーブルの中央に置かれた大皿の上には、小さめの包み焼きが山盛りになっていた。四人で食べきれるか怪しい量で、付け合わせなどは一切無い。
……とはいえ薄いパン生地は色よく焼けており、できたての香りがいかにも美味しそうで空腹を急かしてくる。うん、いきなりの変な注文も引き受けてくれたし、いい店に当たったな。
「いいや、実は中の具が一つ一つ違うんだ。肉だったり魚だったり、野菜だったり果実だったりな。もしかしたらシチューとかもあるかもしれない。食べてみてのお楽しみ、ってやつだ」
僕はニコニコと微笑みながらミルクスに料理の説明をする。うんうん、こういうのはフェアじゃないとな。
「あの、リッドさんの笑顔がすごく不安なんですが……」
「そりゃまあ、食事ってのは楽しんで行うべきだからな」
めざとく表情を伺ってくるレティリエ。だいぶ警戒してるなこれは。
つまり趣旨は伝わってるって事だ。
「何かのまじないですか?」
「うむ。いい質問だモーヴォン。実はちょっと僕の故郷のゲームを思い出してね。君らに付き合ってもらいたいのさ。なに、ルールは呆れるほど簡単だから心配はない」
僕は雑貨屋で買っておいたサイコロを二つ取り出すと、空のコップに入れて軽く振ってから、ポンとテーブルに逆さに置いた。
三人の目が注目する。チラチラと、店中から好機の視線も感じる。
「丁半といってな、このコップの中のサイコロ二つの出目の和が、偶数か奇数か勘で当てるんだ。完全に二分の一の勝負で、魔術とかのズルはなし。ほら簡単だろ? 三人いるから二回やって順位をつけて、勝った者から好きなやつを選んで食べていいってことにしよう。そして全員が一個ずつ食べたら、また順番を決める」
本当に簡単なルールなので、理解できなかった者はいないようだ。
どちらかといえば、どうやって、より、どうして、に困惑が向いているようだ。三人とも申し合わせたように、何か絶対に裏がある、というジト目である。なんだかすごく警戒されているようで僕は悲しい。
疑り深いヤツらだな。とても正しい。
「リッドさんはどうするんですか?」
「僕は四番目でいいよ。言い出しっぺだし、ツボ振り係だ」
「好きなのって言うけど、何にどんな具が何が入っているか分からないじゃない」
「そりゃ、それもゲームの内だからな」
「他の料理を普通に注文するのは?」
「いいぞ。こっちの料理もちゃんと割り振り分食べられるのなら」
三人共が一つずつ質問して、肩をすくめたのはミルクスだった。
「いいわ。酔狂にのってあげる。奇数よ」
「ああ、すまない。奇数に賭ける時は半と言ってくれ。偶数は丁だ」
「……変なの。半」
雰囲気が大事なんだよ。
「リアさん、お先にどうぞ」
モーヴォンはレティリエのことをちゃんと偽名で呼んで、先を譲る。彼女が半を選んだら丁を選ぶつもりだな。
早くもゲームを理解しているが、その気遣いは主体性がないのか、それとも少しでも長く真意を僕の真理を探りたいのか……後者だろうな、この少年の場合。
「では、わたしは丁にしましょう」
レティリエが決めて、モーヴォンはさらに少し考えた後に決める。
「自分も丁に賭けます」
良し、これで揃ったな。開示の時間だ。
「では、勝負」
僕がコップ―――ツボを開ける。
現われた出目は、一と四。
「ヨイチの半。ミルクスの勝ちだ。さすが狩人、いざって時の勘が鋭いな」
「ありがと。でもただの当てずっぽうよ、こんなの」
素っ気ない言葉とは裏腹に、エルフの少女は得意そうに笑んでいる。一発目を一人で勝ってちょっといい気になってるな。
「ああ、たしかに当てずっぽうだけどな。けれど、ただそれだけじゃない。賽の目は偶然だけれど、選ぶのは自分だからな。己の意志で、二分の一の正しい方を選び取れる、ってことに意味があるんだ」
僕はサイコロをつまみ、目線の高さに持ち上げてから蘊蓄を語る。
「僕の故郷では、この世の森羅万象はすべて意味を有する必然であるって言われててね。それは一つ一つは小さな渦のようなものだけど、それらの必然は複雑に絡み合い、やがて大きな流れとなって世界の運命までもを翻弄する。っていう考え方をするんだ。……そして、これは神事にすら通ずる」
声も、表情も真剣に。
僕は大まじめに二つのサイコロを掲げる。
「サイコロの出目は偶然だが必然……つまり神の意志なんだ。それを読み取り、選び、そして結果を任せるという行為はただの遊びではない。どちらかしか選べないときに、正しい方を直感で選び取る力の訓練なのさ。昔の話だけど、このゲームを本気でやるときは教会のような、神聖な場所で行われることが多かったくらいだ」
僕が異世界転生者であることを知っているレティリエが、目から鱗が落ちそうな顔でふむふむ頷いている。彼女は神様とかの話に弱いからな。
ミルクスも真剣な顔だ。軽い気持ちだったのが、思いの外深い話が出てきたと感心してくれている。
神事……つまり大別において魔術にも通じる話なのか、とモーヴォンも口元に手を当てて考え込んでいた。
うん、全部嘘だけどな。流れなんてあってたまるか馬鹿馬鹿しい。
僕に言わせれば、そんなものは甘えだ。あと一回、あと十連、いい流れが来てるからor流れが変わる予感がするから! なんて引き際をズリズリ引き延ばすための言い訳で、言ってるヤツは何にも読み取れてなくて希望に縋ってるだけのカモでしかないんだチクショウ! ファック!
「あの……リッドさん、どうしました?」
「ああいや、なんでもない」
……危ない危ない。今は楽しいゲームの最中だ。笑顔笑顔。
危うく内なる怒りで身を灼くところだった。
「ま、そんなわけで包み焼きも、中身の具はノーヒントってわけだがね……一種の訓練だとは言ったが、実のところ普通はそう気張ってやるものじゃない。気軽に遊び感覚でいいから、僕の酔狂だと思って付き合ってくれ。さあミルクス、勝者の権利だ。一番に選んで食べなよ」
「そうね。じゃあ、遠慮無く」
ミルクスは迷ったのか、大皿の上で手が少し泳いだが、山の一番上の一つを手に取り口に運ぶ。
思ったよりもマジメで意味のあるゲームだったことと、偶然とはいえそれに勝ったのが嬉しかったのだろう。とても上機嫌にかぶりつき―――
ビシィ、と表情が石化のように固まった。
「……ちなみに包み焼きには、具にカラシをたっぷり詰めてもらったものが三つある。大当たりだなミルクス。いや、これは店の主人の意地が悪かったか」
「ふざけんな馬鹿リッドこの性悪男!」
真っ赤な顔で涙目になって罵倒してくるミルクス。うんいい反応だ。期待通りすぎる。しかも一番最初に食べてくれるとかありがたすぎだろ。
……いや仕込みなんだけどね。一個は一番上に置いといてくれって頼んだし。山が崩れないよう誰かは食べるだろうな、と。
ほら、こういうのって最初のインパクトが大事じゃん。
「とまあ、こんな感じだ。ルールは分かったな。ではレ……リア、モーヴォン。次に食べるのがどっちか決めようか」
僕の宣言に、ピリッ、とテーブルに無駄な緊張感が趨る。かまわずサイコロをツボに投げ入れ、軽く振ってからテーブルに逆さに置いた。
ミルクスが舌を出してヒィヒィ言いながら、湯冷ましの水を飲む横で……改めて真剣勝負が始まる。
娯楽には力がある。
人々の心を沸かせ、癒やし、明日へと繋がる英気を養う力だ。
特にこのロムタヒマにおいて、その力の大きさは無視できない。
魔族に脅かされ、大きな悲しみを背負い、それでもこの地で生き抜いてきた彼らにとって、生きることの喜びを与える娯楽は何にも代えがたい価値がある。
そしてそれは、フロヴェルスから出向している兵士達も同じだ。故郷を遠く離れ、命を賭けて魔族を駆逐する日々を送った彼らもまた、心は割れそうなほどに乾いている。
……とはいえ本当ならば、歌や踊りなど耳目を惹くものが良かった。しかして僕は不才なため、そういった技術にはとんと縁が無い。
できることといえば、誰がやってもかまわないサイコロ振りくらいである。
「すまない店主、水! 水をくれないか!」
喉を押さえ手を挙げて、僕は大声で注文する。大仰なリアクションに店内がどっと笑いに包まれた。
なんだかそうなる予感があったが、二つ目のカラシ入りは僕が引き当てた。しかも二巡目という運の悪さである。クッソ、これが日頃の行いってやつか。
だが丁度いい。僕は早々に抜けておこう。ここからが本番だ。
「お水です。どうぞ」
「ありがとう、ひぃ、これは辛いな」
僕はウエイトレスに礼を言って水を受け取ると、すぐに口に流し込みたいのを我慢して尋ねる。
「ところでさっきから視線を集めてしまっているようだが、ここのお客さんたちはこういう賭け事が好きなのかな?」
視線を巡らすと、店内がざわめく。
ウエイトレスからの答えは求めていない。きっかけ作りに利用させて貰っただけだ。
「どうだろう。誰か、次からは僕の代わりとして参加しないか?」
僕は客達を品定めする。
どうせならできるだけ目を引いて、ノリが良く影響のありそうな者がいい。
「そこの美人なお姉さん、どうだい?」
「おや、ご指名か」
目をつけたのはキタラを足下に置いた吟遊詩人風の女性。頭の高い位置で金髪を纏めた彼女は、芸事を生業とするだけあって見た目も露出が高く派手だし、いかにもノリが良さそうだ。
「兄さんはもう食べなくていいのかい?」
「自分で仕掛けてなんだが、もう懲りたよ。変わってくれるとありがたい」
「お連れさんが不満そうにしてても?」
「僕はもうカラシ入りを食べたしね、すまん三人とも。許してくれ」
僕が三人に向き直って頭を下げると、そういうことじゃないんだけどね、と吟遊詩人の姉さんがぼやく。……じゃあどういうことなんだ。
「……いいですよ。リッドさんのことですし」
含みのある言い方をして、レティリエが了承する。なんか怖いが、ここはお言葉に甘えよう。他の二人も特に異存は無いようだ。
が、ここで別方向から横槍が入る。
「メリアニッサが入るんなら、黙ってはいられないな」
「よおよお兄ちゃん、俺たちも仲間に入れてくれよ」
おそらくフロヴェルスの兵士だろう。見るからに鍛えられている、体格のいい二人組が笑顔で寄ってくる。
一人は砂色の髪を肩まで伸ばした優男で、一人は灰色の短髪で顎髭をはやしている。ガタイはいいが笑顔と姿勢のせいで威圧感がない、爽やかな感じのする二人だ。
「よく食べそうな二人が来たな。これは追加を用意するべきか?」
「ああ、その心配はない」
砂色の髪の男の返答に首を傾げていると、さっきのウエイトレスがやってきてテーブルに新たに包み焼きの大皿を置いた。
「もう頼んであるからな」
「準備がいいな、歓迎するよ。僕はリッド、君らは? 非番の兵士さんかい?」
「カヤード。ご推察通り兵士をやってる。よろしく」
「同じくラスコーだ。面白いヤツだな、兄ちゃん」
二人の屈託の無い笑顔に、思わず僕も笑みが漏れる。
ありがたい二人だ。釣れるまで数日は粘るつもりだった。
自己紹介の流れにのって、詩人の女性も上機嫌に名乗る。
「うちはメリアニッサ。見ての通り詩人さね。よしっ、うちがカラシ入りを引き当てたら、特別にタダで歌おうじゃないか」
余談だが、この後、彼女は見事にカラシ入りを引き当てた。




