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アルケミスト・ブレイブ!  作者: KAME
―王女救出―
93/250

チェリエカの町にて

「さあ、張った張った! 丁か半か!」


 宿屋の一階にある酒場の一角で、僕はサイコロを二つ入れた木のコップを逆さに床に叩きつけ、声を張る。

 テーブルも椅子も端に寄せられたその場には、十人ほどの客が床に直に座っていた。


 客たちが銀貨を賭ける。彼らの前には黒塗りの棒が一本横たわり、それぞれ手前側か向こう側かを選んで置いている。

 中央に立ったエルフの少年が素早くソロバンで枚数をカウントして、偏りを割り出し僕に合図する。


「半方ないか、ないか。ないか半方!」


 僕の呼びかけに応えたのは兵士のカヤードだ。上機嫌でこれまで勝っていた分を、丁半の枚数が揃うまでつぎ込む。

 彼は丁と半で銀貨の枚数が揃うよう、わざと最後に賭ける事が多い。出目を当てに来るのではなく、場の雰囲気を楽しむタイプだ。丁半の賭場にはありがたい客だが、運や流れを信じないためあまり熱くならない。


「コマが揃いました」


 モーヴォンからの合図を受けて、僕は重々しく宣言する。……コマ札使ってないけどな。でもこういうの雰囲気が大事だろ。


 客達が前のめりになる。

 鍛冶屋のヘイツも、吟遊詩人のメリアニッサも僕の手元のコップ―――賽の出目を隠すツボに注目する。なぜかミルクスも同じようにして混ざってるがまあいい。

 特にカヤードの同僚であるラスコーは、腰を浮かせて床に手を突く有様だ。彼は完全に熱くなるタイプだな。

 いいね、鉄火場にふさわしい者たちだ。



「勝負!」



 勢いよくツボを開く。






 魔王軍の進行を受け、ロムタヒマという国は陥落した。有力な貴族は軒並み魔族によって処刑され、村や町は暴虐の限りを尽くして荒らされ、国としての統治能力を失い魔境となった。

 はずだった。


「速攻で神聖王国が介入した上、強めな魔族は王都に意味不明の籠城してるからな。……下級魔族は掃討され、中級魔族もなんとか倒しながら、王都の周りに包囲陣が敷かれはや半年以上。今や遠くからカタパルトやバリスタの照準だけ合わせ、ただ監視する日々、か。そりゃ、ある程度復興するよな」


 というか、下手な田舎より賑わっていると言っていい。

 さすがに王都の東側の地には人が居ないようだったが、ここは別だ。兵士達が逗留しているため、商い目当てに少しずつ人が集まりだしているのである。なお現在のロムタヒマは為政者が不在なので税金がない。


「ふぅん、これが町なのね。雑多で落ち着きの無いところだわ」

「話には聞いていましたが面白いところですね。こんな活気があるのにお祭りでもないなんて。……ところで、やはりエルフは珍しいんでしょうか? 注目を集めてる気がするのですが」

「エルフの子供が二人もいたら、何事かと思うくらいには珍しいな」

「子供じゃないし」


 雑談しながらも、ミルクスとモーヴォンの二人は物珍しそうにキョロキョロと辺りを見回している。

 森から出るのも始めてな二人だ。ここまで人の姿のない小さな村を二つ通ってきたが、この規模の町は無かったからな。


 ここはロムタヒマの交易路の中途。王都の目と鼻の先にある、チェリエカという宿場町だ。

 王都へ向かう者はここで一泊し、朝早くに出発して入門の順番に並ぶ。王都から来た者はここで一服し、まだ日が高ければ次の町へ急ぐ……地図的にはそういった立地であり、人通りが多い故に規模もなかなか大きい町だ。

 石畳の大通りの両脇に様々な店が建ち並び、大勢の人が行き来しているその光景は、とてもじゃないが魔族との戦時中とは思えない。


 ただし……今はどうやらフロヴェルスの軍が駐屯地として活用しているようで、町の半分が一般人立ち入り禁止区域とされていた。


「以前は天幕を張っていたのですが、冬を越すにあたって貴族の多くが本国への一時帰還、あるいは兵数の縮小を行い、人数がかなり減ったのです。そして、この数ならば近くの町の一角を拠点として徴収した方がいい、となって……あのまま続いているなら、他の宿場町も同じようになっているでしょう」


 フードを目深に被ったレティリエが、ロムタヒマ戦線の事情を説明してくれる。

 彼女は勇者として冬の終わりまでこの戦場にいたからな。いろいろ知っていてありがたい。


「天幕は寒いもんな。雪が積もれば崩れるし」


 住処を徴収された住民の不満はあったに違いないが、ロムタヒマという国が墜ちた今、フロヴェルス軍は危険から守ってくれる相手でもある。そもそも一般人が軍隊にかてるわけないし、多少のわだかまりはあったとしても飲み込んだだろう。

 魔族のせいで空き家も多かっただろうしな。


「ところでレティリエ、君に渡しておくべきものがあった。これだ」

「え、あ。これ……」


 荷物から耳飾りを取り出して、黒髪の少女に手渡す。


「わ、なにそれすっごい綺麗! 宝石?」

「いや……違うよミルクス。あれは魔石だ。どんなものか分かりませんが、魔具ですよね、それ」


 エルフ姉弟がそれぞれ違った意味で目を輝かせる。

 レティリエは耳飾りを受け取ると、ちょっと気まずそうにして眺めた。


「そういえばピアッタさんが来たとき、借りたまま返してないって言ってましたね……」

「盗品みたく言うなよ。ピアッタが帰るときも回収しようとしなかっただろ? 師匠も必要だと思ってたってことさ」


 幻惑蝶の耳飾り。

 ハルティルクの遺跡調査隊に、レティリエが冒険者パーティの一員と偽って同行した時使っていた魔具だ。師匠が普段使っていたもので、ピアッタの作品でもある。

 幻術の力で装着者の顔の印象を変える、という効果があるアイテムなのだが、ここでは有用だろう。


 レティリエ・オルエンという少女は以前、勇者としてロムタヒマ戦線に参加していたからな。顔を知らない者がいないほど有名人でもおかしくない。


「……そうですね。ありがたく使わせてもらって、またいつか返しに行きましょう」


 多少引っかかりはしても、あるのに使わないという選択肢は無い。工芸魔法の作品だから減る物じゃないしな。


 レティリエが耳飾りを装着する。僕らの目の前で、彼女の顔の印象が変わる。

 なんというか、パーツごとで見ると元のレティリエとだいたい同じなのに、ハッキリ別人だ。目や眉が少し吊り気味になってたり、鼻がほんの少し高かったり、細部の特徴が強調されたり薄まったりして少しずつ違っているのだけど、それが全体になると他の人物に見える。

 人間の顔というのは本当に、僅かな差違で見分けられているのだな。


「へぇ、そういう魔具ですか……面白い」

「凄い。欲しい」

「レティリエ。その耳飾りはエルフに渡さないように。壊しそうだ」


 姉弟からブーイングが飛んでくるが、モーヴォンは喜んで分解しそうだしミルクスは雑に扱いそうだし、マジで不安なんだよ。

 あれ僕でも直せないし。


「どうですか?」


 耳飾りの位置や角度を調整し終えたレティリエが、フードをめくって顔を見せてくる。


「うん。完全に別人だ。もうフードはとっていいんじゃないかな」

「そうではなくて、その……」


 少女が何か言いかけて、口をつぐむ。少し顔が赤い。

 なんだ……? と聞こうとして、ああそうか、と納得する。顔の変化が酷いことになってないか知りたいんだな。


「大丈夫。印象は変わっても美人なのは変わってないよ」

「そ、そうですか……」


 レティリエはそう頷きつつも、またフードを深く被ってしまう。

 やっぱり不安なんだろうな、自分の顔が変わるの。どんなふうになっているか見せて安心させたいが、この世界だとまともな鏡は稀少で高価だからな……。


「……それで、これからどうするの?」

「ん? ああ、そうだな」


 ミルクスが聞いてきたので、僕は改めて周囲を見回す。

 やっぱ道行く人たちからは注目を集めてるな。まあ気持ちは分からなくもない。里から出ててくるエルフって普通成人してるし、そもそもエルフが珍しい。あとミルクスが被ってる毛皮が目立つ。


 うん、じゃあそれ利用しようか。


「まずは宿を探そう。それから食事だな。腹減ってるだろ?」

「そうね。でもそろそろ食材がないから、どこかで譲ってもらわなきゃいけないわ。たしかお金で買うのよね?」

「共用かまども探さないといけませんね。枯れ木はどこで手に入るでしょうか」


 たしかにここまで、ずっと自炊して来たけどさぁ。


「ああ。エルフの里には料理屋さんがなかったのですね」


 ポン、と手を叩いてレティリエが思い至る。

 ちょっと驚くくらいの田舎者だよな、こいつら。そりゃ婆さんも道連れにするわ。とてもじゃないが人の街でやっていけない。


「今までの村は人が居なかったから無断使用してたけど、共用かまどは普通、その町の人間しか使えないんだ。少なくともあまりいい顔はされない。町の人たちが自分たちのために管理してるものだからな。……旅人はこういうとき、店で料理を注文するのが普通だ」


 頼み込めば使わせてくれるかもしれないが、そこまで貧窮はしてないしな。サヴェ婆さんの研究部屋をあさって高価な魔石とか薬草とか持って来たし、換金すれば多少贅沢しても問題ないくらいの余裕はある。

 あと鶏ガラ―――ガルラ素材な。けっこうダメになっていたが、使えそうな部分はせっかくなので持って来た。やったぜ上級魔族希少種の極上素材だ。ちょっとビックリするくらいの値段になるぞ。

 ……入手経路どうやって誤魔化そうかな。あとここ、価値の分かる裕福な術士っているのかな。


「お店で注文……ですか。それもやっぱりお金で?」

「そう、お金だ。初めて使うか?」

「里にもお金はあったわ。たまに大人が人里におりて、必要な物を買って来てたもの」

「里からは主に革細工を売りに出してましたね。ただ、里の中ではお金は必要のないものでした」


 エルフはそういうとこ原始的だよな。そのくせ細工物や魔具なんかは一級品を生み出すから侮れないんだけど。

 この二人が着てる服も、一見は地味だが良い物だし。


「そうか。なら慣れておくべきだな。お金はすごいものだぞ。ただ物を買えるだけじゃない。人族の最大の発明と言っていい」

「なにそれ? 品物と交換する以外に何ができるっていうの? ねぇ、レティは知ってる?」


 話を振られたレティリエから、え、と声が漏れる。

 うんまあ、いきなり聞かれても困る質問ではあるよな。特にこの文明レベルだと、一般人は社会の金の動きなんか俯瞰しないだろうし。


「ええっと、それは……たくさん持っていると安心できる、とかでしょうか」


 うん、解答に性格が透けてる。お金の使い方が下手なタイプだろ君。


「ミルクス、あとモーヴォン。レティリエはここの兵士に顔がばれてる。これからは、リアって呼ぶように。姉さんとかでもいいぞ」

「あたしたちの方が十も年上なんだけど?」


 ……これだからエルフは!


「でもミルクス、オルエンさんのこと年下として扱える? 里の子たちみたいに」

「……無理ね。リアって呼ぶわ」

「というか、お二人はやっぱり双子なのですか?」


 レティリエがエルフの年齢の話に食いつく。その話題好きだよねレティリエ。


「そうですけど、あれ? ミルクスから聞いてませんでしたか?」

「ミルクスさんからは、弟とだけ聞きました」


 なんとなく分かってたけどな。長寿種であるエルフは、人間と同じペースでは子供を作らないはずだ。

 姉弟で同い年くらいなら、年子とかより双子の方が可能性が高い。


「似てない双子だよな。見た目はともかく、中身が」

「まあモーヴォンは運動音痴だから」

「ミルクスは魔術音痴ですし」

「すまん、やっぱ似てるわお前ら」


 これが双子ってやつか。能力も性質も真逆なのに、どこかでシンクロしている。

 やっぱテレパシーみたいなのできるのかな? 鼻で笑われそうだから聞けないけど。


「それで、お金って他にどんな使い方があるんです?」


 モーヴォンが改めて聞いてきたので、僕は難しい顔を作って頷く。


「うむ。そうだな、とりあえず目下の使い方では……人と人との縁作り、とかかな?」

「なんであんた、その台詞でそんな悪い顔してるの?」

「失敬な。少なくとも悪いことはしないぞ」


 ちゃんとグレーで留めるからな。

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