運命は狂う
「まあ、つまりこういうことなんだよ。魔王は……いや、もう前魔王と言った方がいいかな。彼はとても馬鹿だったんだ」
あの時の様子を思い浮かべると、どうしても笑いがこみ上げてくる。
だってあんなの反則だ。魔族の流儀など完全に逸脱している。けれどそれが分かった上で傑作だ。本当に最高だった。
ああいうことができるなら、魔族も捨てたものじゃない。とてもいじりがいがあると認めざるを得ない。
「魔族はね、決闘で王様を決めるんだ。その代で一番強い者が魔王になるんだよ。だって他に共通点が無いからね。魔族はバラバラで自分勝手で偏っていて、けれどどんな種族でも、強さにだけは敬意を払う。畏れと共にね」
だからこそ、今回の事件は異常だ。あるはずがなかった事態だ。さすが転生者、と諸手を挙げて賞賛してしまう。
歓迎だ。こんなの大歓迎だよ。だって面白すぎる。
「だから、己の強さを示すために、魔族たちがいつでも王の力を確認できるように、前魔王はこう宣言していた。―――俺は逃げも隠れもしない。相手が誰でも、いついかなる時でも、魔王位を賭けた決闘を受けつける。我こそは、と思い立った者は遠慮無く玉座へ来い、と。……そして事実、男はその言葉を違えたことは一度も無かった。素晴らしい王だろう? だから人気があったし、皆が従っていた」
ああ、その辺りはさすが我が友だ。魔族の王として、彼はとてもはまり役だったと思う。
難しいことも、面倒くさいことも言わない。
俺の背中についてこい。俺が気に入らないなら正面から挑め。……彼はこの二つだけで、魔族を率いた。それが心地よくて、多くの者が彼の配下であることを誇りとした。
「けれど、だからこそ王位簒奪は本当に短時間で、簡単に済んでしまったのさ。―――なんと新魔王は、彼が留守の間に、玉座に向かって決闘を宣言したんだ」
あまりに馬鹿馬鹿しい話だ。それはいったいなんの冗談だろうか。
この計画を聞かされたときは思わず大笑いしてしまった。そして依頼を快諾してしまった。
「いつでも受け付ける。思い立ったら玉座へ来い。なるほど言葉通りならば、玉座にさえ向かえば魔王が留守中でも決闘の申し込みは受理される。―――そして結果はもちろん、前魔王の不戦敗。魔族も人族もひっくるめた歴史上初めての無血革命だ。なんという完璧な手際だろう……いや違う断言しよう、これは前魔王が馬鹿なだけだったと!」
だってしょうがないじゃないか。悪いのは間違いなくあの男だし。
「ああ、しかし、だ。もちろんこんなの普通は通らない。魔族の誰もが納得しない。それで自分が新魔王だと名乗ったところで、鼻で笑われるだけだ。―――けれど、今回は違う」
それに、こんなのゾクゾクするしかない。今回は本当に怖いものを見た。
あの遺跡で見た世界法則改変にも匹敵するかもしれない。
「この事件、主題はそもそも王の交代ではないんだ」
そう、これはそんな単純な話ではない。
もっともっと面白い話だ。
「前魔王の彼は馬鹿で、お調子者で、それでいて……あまり褒めると気持ち悪がられるだろうけれど、あれでなかなか凄いヤツだったんだ。彼が即位した後の魔界はどんどん変わっていった。飢えや渇きが改善され、多くの種族が交流を持ち、知識が広まって技術が発展して、着々と良くなっていったのさ」
もっとも、これは彼自身が特別優秀だった結果ではない。どちらかというと、彼が魔族にしては変わり者だったという点が大きい。
魔族は弱肉強食の法則が染みついていた。強者は弱者から奪うという単純な理が当たり前だったのだ。
だから、今までの魔王はただ搾取した。己が満たされるだけで足りていた。
けれど、彼は魔族全体の発展を目指した。彼は歴代の誰よりも強欲だった。
弱者を庇護し、生活を改善し、文明の礎を作り上げた。
それも魔王として己の案をただ命令するのではなく、多くの者の知恵を借りることに躊躇しなかった。
ああ。モチロン、彼の一番の親友であるこの学徒も大いに助力したさ。あれはなかなかやりがいのある仕事だった。
「けれど、その執政方針に不満を持つ者がいた。まあ当然だよね。万人に受け入れられる為政者なんか存在しない。光があるところに影があるように、どんなに良くやってるように見えても、必ずワリを食う者はいるものだよ。……まあ具体的に言うと、上級魔族の皆さんなんだけどね」
前魔王の魔界改革―――その恩恵を受けるのは、主に下級や中級魔族だった。
「前々魔王の代まで、上級魔族はその強さでいくらでも奪うことができた。飢えも渇きも知らなかったし、弱者との交流など片腹痛かった。知識も技術も、己が元々究めていたものがあれば満足だった。けれど今代の魔王になってから、騒々しくて野卑なだけの下級はいたずらに増え、中級どもは寄り集まって手出ししにくくなった。……しかも、魔王はよりにもよって自分たちに、奪わず働いて対価を得ろ、だなどとのたまう」
個の力の時代の終焉だ。
強い魔族種は基本、個体数が少ない傾向にある。数の力の時代は肩身が狭かろう。
「彼らは暴力で好き勝手にやれていた時代が終わったのを悟って、苛立った。……改革っていうのはね、現体制で甘い汁を吸っている者が一番嫌がることなんだけど、まさにそういうことさ。上級魔族にとっては、強者が弱者から奪うだけの時代の方が都合が良かったんだ」
話し相手はマジメな顔で聞いてくれている。
うんうん。とてもいい。けなげで好感が持てる。ただ、ちょっと面白味は薄そうかな。……さすがに異世界転生者の三人と比べては可哀想だけど。
「けれど流れは止められない。もはや後には戻れない。それに彼のもたらした新しい贅沢はたしかに魅力的で、自分たちにとっても手放すには惜しいものになってしまった。だから個の力の意味が薄くなる時代への変換はもうしょうがないが……上級魔族の一部は特権を欲しがった。弱者と同列にされるのは嫌だったんだね」
前魔王ゴアグリューズの失策はそこだろう。あの男は分け隔て無く接しすぎた。
能力に見合う役職を割り振ることはあっても、ゴアグリューズにとっては全員が等しく、己の舎弟という括りだった。それが上級魔族には気に入らなかったわけだ。
「その思考が地位―――貴族階級、あるいは選民思想というものに辿り着いたのはどうにも魔族らしくないけど、その辺はフロヴェルスの王女である彼女に影響されたんだろう」
まあもっとも、と続ける。たっぷりの皮肉を込めて。
「―――ボクに言わせれば結局、今まで通りに自分たちが格上ですよって示して、安いプライドを守りたかった、というだけのことさ」
けれど、それが面白いのだ。
だってイカしている。破綻して迷子になって行き詰まったあげく、なんだかよく分からないが一足飛びに先へ進んだ。
まったくもって理解不能で危なっかしいが、その駆け足には敬意すら抱いてしまう。
「ロムタヒマにいた上級魔族の皆さんはね、あのお姫様の……新魔王様の近衛騎士となったんだ。あの語り部から湧き出る話を最も身近で、一番最初に耳にできる選ばれし者となった。そしてなんと、強いが故に協力なんて思慮もしなかった彼らが、力を合わせて彼らの不満の源たる前魔王へ叛逆する決意まで固めたのさ。―――そう、もう分かっただろう? 新魔王は実は、自らの意思で魔族の王になったワケではない。むしろ周囲に騙された被害者と言ってもいい。けれどそれがとてもいい!」
ボクはあのときのお姫様の顔を思い出して、大笑いしてしまう。
あんなに慌てた、困った顔はなかなか見れない。それだけでも一枚噛んだかいがあった。
「今回の事件は、ただの魔王交代劇ではないんだ。力の誇示で決まる原始的な王政だった魔族が、民の意志によって新たな為政者を決めたという加速。その大きな一歩こそが本質なのさ! 未だ人族ですら、どこもかしこも世襲の君主制を続けてるっていうのにね!」




