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アルケミスト・ブレイブ!  作者: KAME
―転生錬金術師と儚き勇者―
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魔王の所持品

 コンコン、とノックする。はい、とすぐさま返事が返ってきた。

 静かに扉を開いて、中に入る。

 レティリエはすでにベッドの上で身体を起こし、僕を待っていた。


「やあ、調子はどうかな? 背中のヤツの調整が上手くいってると良いのだけど」


 燭台が照らす彼女の顔色を観察すれば、だいぶん血の気は戻っているように見えた。


 あれから僕は寝て起きて、スライムの調整をし、レティリエに使用した。そしてすべてをワナに任せてまた寝た。

 結局、彼女がいてくれて非常に助かったといえる。

 休息する時間ができたし、女性のデリケートな部分は僕には無理だしな。

 ……とはいえ、任せきりにしすぎてしまったのは反省しなきゃいけないだろう。起きたらもう、すっかり暗い時間だったもんな。ワナには後でお礼言っておかないと。


「ありがとうございます。ほとんど治ってしまったみたいで、痛みもありません。すごいですね……ヒーリングスライム、でしたか? もうなくなってしまったようなのですが」

「ああ、そういうものだから気にしなくていい。基本的に消耗品なんだ。なくなったのなら、その分効きが良くなったってことだろう。背中を見せてもらっていい?」


 彼女は頷くと、ベッドの上で向きを変えた。服をずり上げ、背中を露わにする。

 燭台の赤い炎に浮かび上がる、白い肌と細い身体。妙な艶めかしさを感じて近寄るのを躊躇ったが、言い出したのは自分である。診なければ終わらない。


 ゆっくりと近づき、触れはせず目視で診察する。―――ああ、ちくしょう。やっぱり。


「ありがとう。傷口はほぼ塞がっているようだ。ただ、大きな傷だったから少し痕が残ってしまっている。すまない、僕の力不足だ」


 仕方なかったとは思う。最善は尽くした。

 現に彼女は助かったじゃないか。

 けれどもう少し早く勇者の特質について理解できていれば、痕は残らなかったかもしれない。

 そう思うとやりきれない。女の子なのに。


「そんなこと……私は勇者です。命を賭して戦う覚悟をした身。傷などを厭うものではありません」

「それにしては、君の身体は綺麗すぎる」


 レティリエは絶句し、慌てて服を戻して赤面する。

 異性に肌を晒す状況に、今更ながら恥じらいを感じたらしい。僕、医者としか見られてなかったんだな……。まあいいけど。


「やましいことはしていないさ。昨日ここに運び込んだとき、一応他に外傷はないか確かめたんだ。血まみれだった服も着替えさせないといけなかったしね。悪いとは思ったけど、必要な措置だったから勘弁してくれ」

「そう、でしたか……」


 実際、あのときは下心どころの話じゃなかった。スプラッタだったからな。


「きっと今まで、君の隣には腕のいい治癒魔術師がいたんだろう。フロヴェルスは神聖王国だ。勇者のお供なら、高位の神官戦士がダースでついてもおかしくない。僕のスライムは治癒魔術に勝てるほどの性能はないから、そこは謝るしかない」

「そんな……! 命を助けていただいて、怪我まで治してもらったのです。わたしには感謝しかありません」


 レティリエは必死になって訴えかけるが、僕の気分は落ち込んだままだ。

 もう少し、もう少しだけこの研究の先に踏み込むことができていたなら、あるいは。あの傷痕は未熟の象徴のようで、自分への苛立ちと後悔が抑えられない。


 しばらく、沈黙が続いた。僕は言葉を持たなかったし、レティリエも喋りづらそうだった。暗い部屋に重い空気が落ち込み、互いに居心地が悪くなったところで、少女が違う話題へ話を逸らす。


「あの、ワナさんはどこに?」

「ワナなら、一旦戻るって書き置きがあったよ。もう夜だからね。明日また来ると思う。……そういえば、食事はちゃんと摂れた? 一応、書き置きには二回食事を出したってあったけれど」

「はい。その……ワナさんは料理は得意じゃないみたいですね」


 ……遠慮がちだが痛烈な指摘だ。


「雑だからね。強火で焼くか強火で煮るだけだ。そうか、けが人にはキツかったか。消化に悪そうだもんな、ワナの料理」

「そういうわけでは……。あの、よろしければ、明日はわたしが何か作りましょうか? まだ本調子ではないと自覚していますが、料理くらいはできると思いますので」


 慮外の提案に、僕は顎に手を当て考える。

 傷は塞がったし、体力的にも回復してきているのは見て取れた。そろそろリハビリに動いてもらうのは悪くない。

 何より、彼女も手持ちぶさたなのだろう。


「料理か。あんまり激しい動きは傷に触るからダメだけど、気をつけるなら大丈夫かな。わかった、お願いしよう。食材は工房に錬金術用の買い置きがあるし、足りないものは明日言ってくれれば買ってくるよ」

「ありがとうございます……錬金術、用?」


 あれ、なんか変なこと言ったけな? レティリエが信じられないものを見るような目で見てくるんだけど。


「ん……? ああ。錬金術は厨房で生まれたっていうくらい料理と密接な関係にあるんだ。たとえば蜂蜜やミルクはそのままでも調合材料たり得るし、麦や葉野菜だって成分を抽出すれば……」

「今朝わたしが食べたのは、すべて錬金術の材料だったのですね……」


 なんかショック受けられてるなぁ。なぜだろう。別に普通の食材と変わらないのに。

 やっぱビーカーで出したのがまずかったかなぁ。


「……そうですか。そういえば、リッドさんは錬金術師でしたね」

「そうだよ。なんだと思ってた?」

「医師かと」


 知ってた。


「あの、ご迷惑をかけているのに厚かましいとは思いますが、一つ頼み事をしてもよろしいでしょうか」

「ん? まあ、僕にできることなら」


 改まった様子に僕は首を傾げる。いったいなんだろう。わざわざ錬金術師って確認したからには、錬金術の領域な話なんだろうけど。


「わたしの服のベルトに、石の入った袋が吊り下げてありませんでしたか?」

「ああ、そういえばあったね。ちょっと待ってて」


 彼女の服はこの部屋の隅に畳んで置いてあった。所持品もその隣だ。破れてるしどうせ洗っても無駄なので、そのまま放置してある。血のシミって落ちないよね。

 僕はその中から問題の袋を拾い、彼女のそばに戻ってから中身を取り出す。

 レティリエの持ち物の中で、一つだけ異彩を放つ黒い魔石。時間がなかったので調べるのは後回しにしていたのだが。


「それは、魔王が持っていたマジックアイテムです」

「…………なんと」


 驚く……驚くしかない。だって魔王の所持品だ。嘘だろマジかよ。


 そういえば、彼女は朝にこう言っていた。

 王女が魔王に攫われた、と。

 そして、目の前で攫われた、とも。


 ならば彼女はすでに魔王と会っていて、場合によっては交戦しているのか。


「魔王はそのマジックアイテムで、フロヴェルスの王城を守る浄化の結界に侵入してきました。かなり強力な結界ですので、それを無効化するその魔石も、そうとうな力を持つ物かもしれません」

「なるほど、依頼はこいつの調査か」


 僕は魔石を目の高さに掲げる。

 直径は人差し指ほどの球形。色は黒……黒いが、どこか濁ったような黒さだ。まるで、すべての絵の具を混ぜたみたいな。


「フロヴェルスの研究者には見せた?」

「リッドさんに見せるのが初めてです。学者の方とは縁はありませんでしたし、すぐに前線へ向かったので。それに……その、拾いはしましたが、それは自分の中で決意の証にするためで。実のところ、今まで調べようとも思いませんでした」


 なるほど。目の前で姫を攫われた悔しさをいつでも思い出せるように、とかだろうか。そういう気持ちは分かる。臥薪嘗胆ってやつだ。

 そして今は他にやれることがなくて、目の前に専門家がいると。


「いいよ。僕も興味ある。魔王の魔具なんて研究しがいのあるお題じゃないか。是非やらせてくれ」






 とまあ、そんな感じで魔石を調べることになったのだけれど。正直な話、僕は大して期待していなかった。

 魔族の魔道具の資料は結構ある。勇者の伝承にも出るし、正規の討伐隊の記録なら学院に公開されている。魔族専門の研究者、なんて物好きの論文にも目を通したことはある。

 そして程度の差はあれそれらに共通するのは、どれも機構は単純だってことだ。



 非常に強い魔術補助の杖。ただし強いのは埋め込まれた天然物の魔石が強力だから。


 すごく強い魔力を帯びた剣。稀少金属製だが製法は時代遅れ。


 付けると身体能力を強化するお面。お面自体は大したことないが、使用する魔族は筋力増強魔術の親和性が異常に高い。



 こんな感じだ。

 魔族って基本、強いからな。魔具なんか作るより自分の力で殴った方が早いってヤツばかりだ。魔道具作りなんて流行るわけがない。

 どうせこの魔石も消耗品だろう。貴重で強力な魔石を一回こっきりの使い捨て。

 いくら神聖王国の結界が強力だろうと、短時間ならそれでごまかせる。きっと魔力はもうすっからかんで、魔術式だって単純なのがいくつか、ってのが関の山だ。


「ま、見たことない魔石ってのはそそるけど」


 僕は工房の椅子に座って、改めて魔石を眺める。

 手触りは水晶や宝石の類だけど、光沢がない。吸い込むようなマットブラック。こういう黒だと闇系の魔素だろうか。色合い的には単色ではなく複合属性に見えるが、いったいなんの色だ……と考えて、はっと息をのむ。


「瘴気属性。そうか、魔族の魔道具ならあり得る」


 人間には瘴気属性の魔素は扱えない。まだ扱えるほどの技術を獲得していない。濃い瘴気はそれだけで身体を蝕むため、あまり研究が進んでいない分野だ。

 けれど、魔族ならば。瘴気で覆われた魔界に暮らす者たちならば、瘴気属性の魔素を使いこなせる。


「……俄然面白くなってきた」


 僕はにやりと笑って、魔視鏡の準備に取りかかる。

 解析の魔術陣を書いて、その上に水を満たした皿を置く。薬品で磨いた銅鏡を浮かべ、魔石を載せた。精製した魔素を振りまき魔術陣を起動させる。

 何度も何度も繰り返した、手慣れた工程。こうすれば魔石に施された魔術式がホログラフのように浮かび上がる。簡易的なものだが、単純な魔道具の解析ならこれで十分……。



 一瞬、とんでもない情報量が魔視鏡に映し出された。



「は?」


 本当にたった一瞬で映像は消えてしまう。何が起きたかすら分からなかった。

 魔術陣と魔術式の集合体でできた球形。そのように見えた。けれど一瞬過ぎて全然読み取れていない。


「待て、まて、マテ……」


 魔術陣を動かすマナが足りない。もっと大きな陣としっかりした式も必要だ。銅鏡は仕方ないが映し水は蒸留水にすべきだろう。

 慌てて準備しなおすが、手が震えてうまく式が書けない。

 パッと見のあの球形。その意味が頭にチラついて離れない。

 やっとのことで設置すると、僕は虎の子の天然石を四つ、魔術陣の東西南北に設置する。


 魔視鏡によって浮かび上がったのは、やはり球形。目をこらせば、先ほどよりもハッキリと内包する陣と式が読み取れる。それを見て、僕は呟くしかなかった。


「完全なる帰結にして無限。三次元上の至高書式。アンサルクロストフの真球。―――球形立体魔術陣」


 引きつった笑いが漏れる。まるでできの悪い冗談だ。

 これを見たすべての術師は言うだろう。ただただ羨望の意を込めて。


 芸術の域だ、と。

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