救いを求められたならば、勇者は
若葉色の巻き毛に、琥珀の瞳。
おそらく彼がモーヴォンだろう。弟というだけあってミルクスによく似た、整った顔立ちをしていた。
違うのは服装で、ミルクスの動きやすそうな半袖膝丈に頭から毛皮を被った野生児スタイルに対して、彼はサヴェ婆さんと同じタイプのローブ姿だった。
「あれ? お客さん? どなたでしょう?」
彼は僕らを視界に収めてきょとんとする。
……うーん、ていうかこの顔、なんか見たことあるぞ。ミルクスじゃなくて、もっとイラっとするような。えっと。
「あ、やくたたずのふたりだー」
テメェだ妖精。
ポンペというらしい蝶羽小人はニョキッとモーヴォンの背後から姿を現し、僕らの方へパタパタ飛んでくる。うーん、どう考えても物理法則を無視した飛行だ。この世界で今更だけど。
というかそうか、ポンペがあの姿になったのは彼の影響が強いからか。ということは相当マナとの親和性が高いんだな、この少年。
まず間違いなく魔術師だ。
「もー、ふたりがあしどめしてくれなかったから、ぜんぜんじかんかせげなかったじゃないかー」
おう良い度胸だな蚊トンボ。
「なあエルフのお三方。僕らこのバカ妖精のせいでゴブリンの大群に追いかけ回されるハメになったんだが、とりあえずコイツ切り分けて素材にしていいか?」
「ころされるーっ?」
「リッドさん、気持ちは分かりますが落ち着いて……」
レティリエが僕の両肩を掴んで止めてくる。
やだなあ本気で言ってないよ。切ってもろくな素材とれないだろうし。やっぱ魔素で存在構築してる連中は煮詰めて抽出だよな。
「あ、あの。ポンペが大変失礼をしたようで! 多分情状酌量の余地はないでしょうが許してあげてくれないでしょうか!」
焦った様子のモーヴォンがわたわたしながら懇願してくる。姉と違って礼儀正しいじゃないか。
あと本気にするな。僕なんてどこからどう見ても人畜無害の錬金術師だろうが。
僕はやる気なくしたアピールで、はぁ、と大きく溜息を吐いてやる。
まあ素材に云々は本当に冗談だ。妖精なんかに踊らされた僕らも悪いし。ここは軽い疑問の解消だけして水に流してやろう。
「……そもそもポンペお前、時間稼いで何してたんだよ? ゴブリン対策か?」
「サヴェがもうじゅみょうだっていってたから、しんだらモーヴォンとミルクスはにげれるとおもってー」
……うわー。ミルクスもモーヴォンもドン引き顔で固まったよ。レティリエまで同じ顔してるし、なんなら僕もだ。妖精ってスゲー。
サヴェ婆さんだけがその空気を、アッハッハと笑い飛ばした。
「バカだねぇポンペ。私はあと百年生きるよ」
「ええー、だまされたーっ?」
「いや婆さんいくつなんだよ……最長記録なんか知らないが、エルフの寿命ってたしか千年くらいだろ?」
「さぁて、歳なんて二十を過ぎてからは数えてないからねぇ」
そこはもうちょっと頑張れよ! 二十なんてエルフだとまだ子供じゃねぇかミルクスより年下だぞ?
ていうか千年前の伝説に名を残してるなら、千歳以上は確実だよ!
「あ、あの! ……それより、そこのお姉さんはもしかして、伝説の勇者様ですか?」
ポンペの爆弾発言から抜け出したモーヴォンが、レティリエに詰め寄る。……なんで分かったんだ? 彼の前では誰も勇者だって言ってないよな?
「え……どうして分かったんですか?」
レティリエも驚いたようで、何度かまばたきをしながら唖然としている。
「? それはだって、そんな強い聖属性の魔力纏ってれば……婆ちゃんから勇者は聖属性だって聞いてますし」
モーヴォンの応答を聞いて、僕はミルクスへと顔を向ける。エルフの少女は顔を逸らした。
おいこら。
「し……仕方ないじゃない! 属性までは分かんないわよあたし魔術苦手なんだから! 明かりと聞き耳くらいしか使えないし!」
「十分才能あるじゃねーかざけんな」
世の中には、どれだけがんばっても魔術がまったく使えなかった僕だっているんだからな? ホントざけんな?
「そ、そんなことより、勇者様、お願いです!」
ミルクスと僕のやりとりを遮って。
焦った調子のモーヴォンは……ターレウィム森林のエルフの少年は、滅びかけた里の生き残りは、必死に―――
「どうか、自分たちと一緒に戦ってくれませんか?」
真っ直ぐに、レティリエへ助力を求めたのだ。
「え、あ……」
モーヴォンに詰め寄られて、レティリエが言葉に詰まる。
……マズいな。これで無下に断れるほど彼女は強くない。
「いやぁ、面白くなってきたさね。ねぇ今代の勇者、ここで退いたら腰抜けだよ」
サヴェ婆さんが煽る。ミルクスは険しい顔で流れを見守っている。
僕は冷めた目で三人を眺める。
サヴェ婆さんは逃げる気はない。
ミルクスはサヴェが逃げない限り残って戦うだろう。強いから歓迎する、などと言っていたし、僕らを戦力として見ている。
そしてモーヴォンも、共に戦えと懇願した。
「君たちは本当に、三人で戦うつもりだったのか?」
僕はモーヴォンとミルクスの二人に聞いた。
婆さんはもう相手にしない。あれは話しても無駄だ。そんな時間はない。
「よにんだよー」
忘れられていたポンペが、空中でパタパタと自己主張する。おう、三人と一匹だな。
「あたしは戦うわ。エルフの戦士だもの」
「エルフの戦士は勝てない戦いをするほど愚かなのか? ……ああいや、愚かだったな。実際に全滅しているんだから」
きり、と弦が引き絞られる音。
ミルクスはあの早業で弓に矢をつがえ、僕に向けていた。
「その、汚物のような口を閉じなさい。殺すわよ」
「僕を殺せば事実が消えるというなら、やってみるといい。気に入らないから黙らせたいだけなら、愚劣の重ね塗りだがな」
「この……っ!」
「覚えておけよミルクス。君のそれは諦めだ。勇気なんかじゃない」
僕はミルクスから視線を切って、モーヴォンに向き直る。
少年はぽかんとした顔で僕を見ている。……いや、違うな。これはおそらく、計られている。
いいな、ちゃんと魔術師じゃないか。
「君はどうだ? この心中に意味はあると?」
「そうですね。……自分も馬鹿げているとは思います」
「モーヴォン、あんた!」
エルフの少年は僕から一度視線を切って、自分の姉に微笑みを向ける。―――ああ、覚悟決まってるな、これは。
おそらく姉よりも。
「でも、自分はこの里のエルフですから。……きっと貴方だって、同じ立場ならそうするでしょう?」
「しないよ」
僕は彼からも視線を切って、レティリエに顔を向ける。
黒髪の少女もまた、僕を見ていた。口を閉ざしてはいたが、何かもの言いたげに己の胸に手を当てていた。
エルフの説得は無理だ。時間があれば可能だったかもしれないが、ゴブリンが来るまでには終わらない。それはもう確認できた。
じゃあ僕らはどうするか。
「……そういえば、君が勇者としてこうも純粋に助けを求められたのは、初めてなんじゃないか?」
エルフの少年の肩に手を置いて、僕は問うてみる。
レティリエ・オルエンは、胸に当てた手を握り込んだ。
「……はい。あの、リッドさん」
彼女は―――今代の勇者は僕を真っ直ぐに見て、続きを口にする。
「なんとか、なりませんか?」
まったく。まだまだだな、この勇者様は。遠慮が過ぎる。
本物の勇者なら、みんなに勇気を分け与えるくらいでないと。
……まあ、頼られるのは悪い気分じゃないけどさ。
「承った」
僕はローブ姿の少年へと視線を向ける。
「モーヴォン。君は魔術師だな。戦闘用の魔術は使えるか?」
「あ、はい。それなりには」
「エルフのそれなりなら十分だ」
次に、宙に浮いている妖精。
「ポンペ。人数に入ると主張するんなら、なにか手伝えるんだろうな?」
「いたずらするよー」
「少しでもいい、引っかき回せよ」
魔法も使えるはずだし、猫の手よりマシだろう。
僕は白髪の老婆へと振り向く。
コイツは、本気で対峙しなければならない。
「サリストゥーヴェ。ガキどもと心中を選んだクソババア。憎悪の闇しか見えなくなった復讐者。貴女は最悪だ。初代勇者の名を貶めたぞ」
「ハン……綺麗に生きたいなら、勇者の仲間なんざやめちまいな」
「ならやめる理由は無いな。僕はとっくにドブ底に浸かってる」
どうやらまっとうな勇者の仲間だったとしても、日の当たる道ばかりは歩けないらしい。
―――ああ、そうだろうよ。いいさ。最初っからそのつもりだ。
鼻歌交じりとはいかないだろうが、先導役だってやってやる。
「ゴブリンが来るまであとどれくらいだ?」
「もう里の入り口くらいに来てるよ。やつら臭いから、大勢で来られると香気の効きが悪くっていけないね」
「なら最低限の準備時間はあるな。……うちの勇者は半人前だ。魔力が要る」
「だからなんだい?」
しら切るなよ婆さん。高性能の迷いの森どころか、あんな空間魔術まで晒しといて。
悪いがこっちも必死だ。カツアゲさせてもらう。
「霊穴の―――この森の支配権を寄越せ。貴女にはもう、その資格が無い」
「く……あはははっははは!」
殺されてもおかしくない暴言ではあったが、香水の魔女は腹を抱えて大笑した。
「たしかにその通りさ。まいったね反論できやしない。四十にも届かない小僧に教えられるなんて爽快だね!」
魔女は他人の経歴を抉りながら、清々しそうに顔を上げる。
……見れば、盲目の上の包帯が濡れていた。泣くほど面白いことかよ。
「いいよ、持っていきな」
よし。これでなんとか……ならないかな?
確実に勝つなんて無理な話だ。ゴブリンの数は多く、こっちの戦力はレティリエ含め完全に把握し切れていない。こんな状態じゃ、できる範囲で最善を尽くす以外にない。
「ちょっと! なんであんたが勝手に仕切ってるのよ!」
……ああ、そういえばまだコイツがいたな。婆さんで気力使ったから忘れてた。
エルフの少女は憤慨した様子で詰め寄ってくると、僕の襟を掴んで締め上げる。……こういう力任せなことをやられると、エルフの非力さがよく分かるな。
「なんなのよあんた! 意味分かんないことやムカつくことばっか言って! やる気があるのかないのかどっちかになさいよ!」
「ミルクス。君はしばらく隠れてろ」
「な……バカにするな! あたしだって―――」
「違う」
僕は彼女の目を見ながら、真剣に諭す。
「君が要だ。一番の大役を担ってもらう」




