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アルケミスト・ブレイブ!  作者: KAME
―境界の森林―
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ターレウィムの魔女 2

 僕の前世の世界には、ナマケモノという生物がいた。

 樹にぶら下がって生き、素早く動くことができず、代謝を抑えるために哺乳類でありながら変温動物になったというアイツだ。その名に七つの大罪のうちの一つを冠する、罪深き獣。

 前世でその生態を調べたとき、僕は驚嘆の意を隠せなかった。


 ヤツらは速く動くことができない。一日に摂取する僅か八グラムの餌を一ヶ月かけて消化する身体には、エネルギーをあまり貯めておけないためだ。冗談ではなく、激しく運動すると死ぬ生物である。

 それ故に天敵の多いジャングルに生息しながら、ナマケモノは擬態以外に身を守る術を持たない。



 だからナマケモノは、捕食者に襲われ死を覚悟したとき―――諦めて、全身の力を抜く。



 嘘みたいな話だ。正直疑ったし、今でも疑っている。

 その話の真偽を確かめないまま死んでしまったことが、前世における唯一の心残りかもしれない。


 だが、なんて潔い話だろうか。

 死ぬのは恐くない、などと言ってみたところで、いざ唐突に死が目の前に迫ると、僕の身体は強張ってしまった。


 矢は正確に僕の眉間へと飛来し、それを視界に捉えた僕は、死ぬ間際に引き延ばされた時間の中で覚悟する。

 いやあ、あっけない終わりだった。ていうかこれ、僕の反応速度じゃどのみち無理だな。



 カン、と。乾いた音をたて、飛来する矢を氷雪の剣がはたき落とす。



「下がってください」


 僕をかばうようにレティリエが前に出る。

 お……おう。あっさりだな。そういやこの娘、ボウガンの矢の一斉掃射を叩き落とした実績があったか。


「無断で里に入ったことは謝ります。ですが、いきなり矢を射かけられるほどの罪科には心当たりがありません。いかな理由をもってわたしたちに攻撃を加えるのか、お聞きさせてはいただけませんか」


 レティリエは油断なく剣を構え、樹上のエルフに問う。

 落ち着いているな。まあ曲がりなりにも屍竜と戦った経験があるんだ。エルフの一人くらいじゃ慌てないか。



「……罪科もなにも、あんたたち魔族でしょう!」



 答えた声は、意外にも高くて幼く。

 枝の上で弓を構えたまま、エルフが立ち上がる。


 少女、と言っていい見た目だった。人間だと十三、四歳くらいだろうか。頭から獣の毛皮を被っているが、エルフの特徴である長い耳はピンと自己主張している。腰まで伸ばした若葉色の髪に、気の強そうな琥珀の瞳も見て取れた。


「誤解です。わたしたちは魔族ではありません。先ほど言った通り、敵対する意思もありません。どうか武器を下ろしてくれませんか?」


 レティリエは当然の返し。

 ただ相手の見た目のせいか、声が幾分か柔らかくなった気がする。僕、今殺されかけたんだけどな……。

 あとそいつ、絶対見た目通りの年齢じゃないぞ。エルフに限らず長寿種は青年期が長いはずだから、幼少期の成長速度はそう遅くないはずだけど、それでも間違いなく年上だと思う。


「嘘をおっしゃい! 騙されると思ったら大間違いよ。そんな魔力を持つ人族がどこにいるって言うの? それに人族に似た魔族も、人族に化ける魔族もいるって聞いてる!」


 レティリエの説得もむなしく、エルフ少女は樹上で弓を構えたまま、敵意むき出しにまくし立てる。……ああ、それは勘違いされるな。

 エルフである彼女には、僕らの内包する魔素量がある程度分かるのだろう。そしてたしかに僕もレティリエも、魔力は普通の人間とは比べられないほど多い。……バハンで何入れられたんだろうなぁ、僕。



「この里に、サヴェかモーヴォン、あるいはミルクスというエルフはいるか?」



 僕はエルフの少女に問いかける。あの妖精が言った固有名詞だ。

 相手が聞く耳持ってくれないときは、否応なしに興味を惹く話題を振ってやればいい。手持ちの札ならこれが一番効果が高いだろう。


 案の定、エルフ少女の表情が変わる。

 ただし変化の仕方は予想外で、ぎぃ、と一瞬で憤怒と憎悪の表情へ歪んだのだ。彼女は持っている弓に矢をつがえる。

 ……あれ? なにかマズった?



「どこで、誰に聞いたの? 答えなさい」



 殺意の籠もった声。

 矢の狙いは真っ直ぐに僕を向いていて、レティリエが剣を構えて間に立つ。


「森で蝶羽の妖精に会った。その名はそいつに聞いたんだ。ともだちと言っていたが、何かマズい名だったのか?」


 なんでここまでの殺意を向けられるのか本当に理解できなかったので、僕は両手を挙げて降参の意を示す。矢はきっとレティリエが防いでくれるが、これ以上拗らせない方がいい。たいして時間もないしな。


「………………」


 少女は樹上で弓の狙いを定めたまま、ジッと僕とレティリエを睨む。


 しかしこの反応……もしかしてこの三人の名前、罪人の名前だったりするのだろうか。だとしたら目も当てられない迂闊だったが。


「僕らはその妖精にゴブリンの大群をけしかけられて、命からがら逃げてきたところだ。ただそいつは、そのゴブリンたちの進路上にエルフの村が在るから助けてほしいとも言っていてな。死にそうな目に遭わされた上で業腹ではあるが、警告くらいはしないと寝覚めが悪いと思って来たんだ。必要ならば避難の手伝いもしようと思っていたが、迷惑ならばこのまま出ていくよ」


 まあ、僕らの用件は本当にこれだけだ。

 迷いの森の術士が異変に気づいていないはずもないし、最初から無駄足だったとは思うが、とはいえ万が一がある以上は来ない選択がなかった……ああうん、レティリエには、だけどさ。

 このままこの場を離れることには、なんの抵抗もない。警告はしたのだから、レティリエももう満足だろう。


「……そう。ポンペに会ったのね。ならいいわ」


 エルフ少女は弓を下ろす。ただし矢はつがえたままだ。

 警戒はしつつも、今敵対する意思はなくなった、というところだろうか。


 というか、ポンペって名前なのかアイツ。なんかお腹痛くなりそうな名前だな。


「一応、今の話は信じてあげる。……あんたたちが邪悪な存在ではないこともね。あの子、そういうものにはあまり近寄らないから」


 妖精は環境によって変異しやすく、瘴気は環境に影響を及ぼしやすい。だから妖精は人族には近寄ってきて悪戯するが、魔族からは逃げ惑う。


「けれど、ただの人族ではないんでしょう? 魔族が押し寄せてきたことも知ってるはず。あんたたち、何者?」


 問われて、僕とレティリエは顔を見合わせる。

 どうしよう。そういう覚悟はしているつもりだけれど、知らない人に名乗るのめちゃくちゃ恥ずかしいぞ。

 だってこれ、普通に頭がおかしい人と思われてもおかしくないし。


 え、マジで名乗らなきゃダメ? すごいイヤなんだけど。



「ええっと……勇者パーティ……です」



 ……尻すぼみの敬語になってしまっても、頑張ったと褒めてくれ。誰か。






「あたしがミルクスよ。サヴェ婆に会わせるから、ついてきなさい」


 獣の毛皮を被ったエルフの少女は体操選手のような身のこなしで地上に降りてくると、そう言って僕らを先導し始めた。

 どうやら罪人の名前だという僕の推測はハズレらしい。それはいいのだが、じゃあなぜあんなに怒ったのだろうか。……聞きたいが、デリケートな問題かもしれないよな。

 エルフは森が違うと風習も違ったりするから、その辺は難しい。


「サヴェ婆ってのは、エルフの老人か?」

「そうよ」


 素っ気ない返答だ。あと口調がトゲトゲしい。誤解が解けたならもう少し警戒を解いてほしいのだけど。せめて十メートル以上距離をとるのはやめない? パーソナルスペース広すぎだろ。


 被ってる毛皮も相まって、なんだか野生の獣みたいだ。吊り目がちょっと山猫っぽい。


「モーヴォンという方は?」

「弟」


 レティリエが問いかけてもこの調子だ。答えてくれるが、最低限だけ。

 さっきの様子を見るに、口下手というわけでもないだろうが。


 ミルクスは里の奥へ奥へと向かっていく。時間的にも暗くなってしまって、ついていくのが大変だ。


「あの妖精が取り上げてともだちと言うからには、君らは三人で一緒に居ることが多いのか? サヴェ婆さんは子守役とか?」

「もう子供じゃないわ」

「いくつなんですか?」


 やはり気になっていたのか、レティリエが食い気味に聞いた。うん、分かる。聞きたいよな。


「あんたたちよりは年上よ。人間でしょ? 初めて見たけど」

「えっ、初めてなんですか?」

「う……まあ、ね。この森に他の人族はあまりこないから」


 これ、ターレウィム森林を指しての発言じゃないよな。ボルドナ砦あるはずだし。

 迷いの森から外に出たことがないのか。


「それで、結局何歳なんだ?」


 僕が聞くと、ミルクスはムッとした顔で睨み付けてくる。いや、だって気になるし?


「……にじゅうろく」


 見た目の倍くらいか。思ったより若かったな。

 ただやはり、エルフだと一人前と認められる前だ。たしかアイツら五十くらいで成人するって話だからな。この世界の人間だとそろそろ死ぬくらいの歳だぜそれ。


「すごい、本当に年上です!」

「そりゃそうだろ……エルフなんだから」


 なぜか驚くレティリエに、呆れる僕。なんで君、そんなことで目をキラキラさせてるの?


「サヴェ婆さんは子守役じゃなければ、教師役か?」


 エルフの里では、小さな子供の面倒は年寄りや怪我人など、身体の自由が利かない者が見るらしい。狩猟採取が主な生活をしていれば、里に長期間帰らないことも多いからだろう。


「そうよ……。ねぇ、勇者ご一行さん。あんたたち、たぶん少し勘違いしてるわ」

「何を?」

「ポンペは三人しか名前を挙げなかったわけではないの」


 ミルクスのその言葉は、迫る暗闇のように怖気を呼ぶもので。



「この里には、もう三人しか残っていないのよ」



 僕もレティリエも、絶句する。

 そういえば里に入ってから家らしきものはいくつもあったが、肝心の住人はミルクス以外、誰一人見かけていない。

 ……理由は、問うまでもないだろう。ここは境界の森。一番に魔族が押し寄せた場所だ。


「歓迎するわ。勇者様と、そのお仲間さん。とてもそうは見えないけれど、強いんでしょ?」


 待て。

 なんで強いと歓迎されるんだ。


 まさか―――。


「あそこよ」


 そう言って、ミルクスは振り返る。


 僕らはギョッとする。

 この先にもたしかに森と里が融合したようなエルフの集落が続いていたはずなのに、霧が晴れたように、突如大きな湖が姿を現していた。

 地形的に不自然で、湖の形はほぼ真円であり、同時に中央に陸地が見えるドーナツ状。そして一カ所だけちょうど道のようにその陸地へ渡れる場所があり―――そこには、一際デカい大樹が根を下ろしている。


 違和感が酷い。

 突然現れたのも驚いたが、ここは明らかに人の手が入っている。少なくともそう見て取れる場所だ。

 あんな、森に紛れるような住処を使っている連中が、こんな露骨に。


「サヴェ婆さんは、魔術師か?」

「そうよ。とてもすごい魔術師。よく分かったわね」


 分かるさ。これは魔術陣だ。

 この湖の真円は魔術陣のそれだ。


 ミルクスが進む。一カ所だけの道を通って、大樹に近づいていく。

 おそらく霊脈のヌシなのだろう。樹齢にしては千年など軽く超え、さらに千年ほど重ねているだろうか。


 僕は魔術陣の様相から術式を逆算する。中央に樹木、囲いは水。おおよそなら分からないでもないが、この規模は桁外れ。

 ならば、おそらく……いや、しかし。


 思考を巡らせるうちに中央の陸地に辿り着き、僕はいまだ魔術陣の明確な推測には届かぬまま、次にミルクスが取った行動に目を剥いて驚くことになる。


 彼女は大樹の根の上を伝って幹へ辿り着くと、なんの造作もなく両手でその樹皮に触れ―――まるでカーテンを開くように、グニャリと空間をねじ曲げたのだ。

 その先には、明かりが灯る広間が覗いていて。



「どうぞ、入って」



 ターレウィムの森のエルフは、それがなんでもないことのように、僕らを招いたのである。


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