あの女がいそうなルートは避けよう
「というわけで、ゾニは魔王軍だったんだよ」
宿屋の食堂で朝食を食べながら説明を終えて、黒髪の少女―――レティリエに向き直ると、やはりというかなんというか……愕然としていた。
ああ、まったく気づいていなかったんだな。だと思ってた。
「聞いてません……聞いてません」
「今言ったからな」
僕らはゾニやピアッタと別れ、ロムタヒマの国境近くにある宿場町にいた。
宿場町、というか村だ。村だろこれ。人間より家畜の方が多そうだもん。宿屋の店主、さっきヤギの世話しに行ったし。よく言い張るよな。
「なんで! そういうことを! 秘密にするんですか!」
「いやしょうがないよ。アレは完全に対処不可能だったもん。真正面からやって勝てると思うか?」
「それは無理だと思いますけど!」
よしよし、実力差が分かるなら上々だ。まあ屍竜戦の時の人外度を見りゃ、普通は無理って思うだろうが。
つーか、序盤で会っちゃいけない敵だろアイツ。負けイベントとかリアルでやりたくないんだけど。
「まあ、レティリエにはこの先、ゾニに勝てるくらいには強くなってもらわなきゃ困るわけだが」
「うぐ……」
気持ちは分かるが絶望的な顔をするな。
「一応言っておくが、単純な力なら君の方が上だぞ」
「……そうなんですか?」
「屍竜戦、ゾニは押してたのに決め手に欠いてただろ? 彼女には君ほどの破壊力は出せないんだ」
まあこれ、だからどうした、って話ではあるけどな。
ノールトゥスファクタの屍竜の再生力が尋常じゃなかっただけで、レティリエ相手ならゾニの火力は十分だろう。
「あと、属性相性もある」
「属性相性? 勇者の力は魔族を弱らせるという伝承の話ですか?」
「ああ。その話は、聖属性の魔素が瘴気を浄化するってことを言ってるんだろうけどな。君は魔族の天敵なんだ。ゾニは厳密には魔族と言えないが、彼女も瘴気を力の源にしてるから、君の攻撃は十分効くはずだ」
攻撃が当たればだけどな。
「問題は力の使い方だな。あのときは全力を叩き込めるお膳立てをして、なんとかぶち当てた感じだ。その調子じゃこの先は厳しいだろう」
「それは、はい……」
「君はその力について習熟する必要がある。だから、まだ魔王の居城へ向かうのは早い」
レティリエの身体はまだ定着しきってないから、いつ行動不能になるか分からないし。どう考えても、今はリスクが高すぎるというのが僕の結論だ。
……というか、真っ直ぐ行きたくない理由ができたんだよなぁ。
「ただ、戦闘技術については追々でいい」
「いいんですか?」
「焦っても死ぬだけだからな。それより目下のところの問題がある」
僕は沈痛な声で、絶望の言葉を紡ぐ。
「ゾニは国境辺りで、魔族軍を率いて待ち構えてる気がする」
「え」
「あの女、そういうの遠慮しないだろうからなぁ……ぬるいことするのは逆に失礼とかぬかすだろ絶対」
手心とか加えてくれるような気がしないもんアイツ。満面の笑顔で歓迎してくれそうで、本気でヤダ。
「たとえそこまで絶望的な布陣を敷かれてなくても、僕らの情報が魔王軍に漏れた以上、直線的な動きは避けるべきだ。だから迂回する」
僕はテーブルに地図を広げる。
この世界、正確な地図など出回っていないから大半が白いし怪しいが、それでも大まかな位置関係は把握できる。
「次の目的地はロムタヒマ領内。ただし首都には向かわない。バハンとの国境沿いに大きく回り込んで、目指すは―――」
僕は地図の東部、その端を指さした。
その場所は人界の最端。
その先以降を記した地図は存在しない。
その先に行く物好きなど、人族ではそれこそ、かつての勇者パーティ以外にいない。
「ボルドナ砦。ターレウィム森林で魔界との境界を監視していた、そして最初に魔王軍の強襲を受けた、始まりの戦場だ」
「実は……ゾニが興味深いことを言っていたんだ。うん、その話をしよう。だからちょっと立ち止まろうか。いや、ちょっと重要な話になるし、せっかくだからこのでかい木の根っこに腰掛けて落ち着こう。ああ、それが良い。きっと良い」
僕は苔むした樹齢千年近くいってそうな大木に手を突いて、肩で息をしながら提案する。
背の高い大樹が多い森だ。日の光を遮る枝葉の屋根が厚いせいで、日中なのに薄暗いほどである。
そのおかげか背の低い植物が少ないのはありがたいが、いやに湿気っていて不快だし、足下が滑るせいで歩きづらい。これ進むの、かなり体力いるぞ……。
「ああっ、すみません! 歩くペースが速すぎました」
「いや全然疲れてないから。まだまだ余裕だから。でも今のうちにしておくべき話だからちょっと座ろうか」
顎からしたたる汗を拭いながら、バレバレの強がりを口にする。
くっそ、体力面羨ましいな神の腕の力。
僕たちは周囲の危険を警戒しながら、そして植生を確認しながら、ターレウィム森林を進んでいた。
足場が悪くて進みにくいが、もうそろそろロムタヒマに入るころだ。ノールトゥスファクタもここまでは魔族を駆逐しに来ないだろう。
安全地帯は越えている。ここからは魔族の領域だ。
「これから話すのは、今回の目標と優先順位だ。けれどその前に、共有しなければいけない情報がある」
大きくせり出した根っこに腰掛け、幹に寄りかかって一息吐いてから、僕は話し始める。……あ、この樹めっちゃ珍しいキノコ生えてるな。食えるし美味いヤツ。後で採取しよう。
「ゾニはこう言っていたよ。魔王は魔界の食糧問題を改善した、と」
山脈を登っている最中の雑談で、僕は確かにそれを聞いた。
そのときも厄介なことしてるなと思ったものだが、後から再度考え直すと、無視できない可能性が見えてくる。
「この前の村では噂レベルの情報しか入手できなかったが、あまり大きな動きはなさそうだった。ロムタヒマは籠城戦を続けている。元大国だけあって首都は都市化され、自給率は決して高くないはずなのに。冬を越え、春も終わりになって、未だに」
「たしかに、おかしい話です。ロムタヒマの厳しい冬に戦いを避けるのは分かります。雪や寒さが酷いですから。ですがこのままだと農業も、当然ですが交易もできなくて……」
言葉の途中で、レティリエの表情が変わった。気づいたな。
「そう。このままだと魔王軍側の備蓄はじり貧だ。いずれ尽きる。けれど、魔界からの供給が期待できるなら話は変わってくる。……そして、補給部隊があるなら間違いなく、ボルドナ砦を通るはずだ」
これが、今回の目的地を選んだ最大の理由。
これからの戦いのために、まずは魔界と人界の境界へ、僕らは行かなければならない。
「……つまりボルドナ砦を制圧し、補給線を絶てば、魔王軍は籠城戦をしてはいられなくなるのですね?」
………………え?
「いや違うよ? ああでもうん。確かにその通りではあるんだけどさ?」
「え、違ったのですか?」
「僕ら二人で砦を攻略なんてできるわけないじゃん」
むぅ、と唇に拳を当てて考え込むレティリエ。おいそこ考えるとこじゃないだろ。
「わたしの勇者の力と、リッドさんの竜の女王からもらった力があればいけませんかね?」
「黙れひよっこ勇者。あと戦闘面でこの無能錬金術師を頼りにすんな」
……なんか、この娘ちょっと変わってきたな。
ゾニとピアッタの雑&楽観コンビに会ったからか、自らの手で屍竜を倒したからか、それとも女王からもらった氷雪の剣に手応えを感じているのか。
あるいはあの山脈で、自らが勇者であることを……初めて覚悟と共に受け入れたからか。
その身にこびり付いていた悲壮感のようなものが、薄れた感じがしたのは……はたして、気のせいだろうか。




